2 遠距離介護はじまる
私は北海道出身で現在夫と二人暮らしで東京在住。
東京でコンサル業の個人事業を営んでいる53歳。
自営業であり自由業でもある。専門学校を卒業後、会社員経験は1年のみ。あとはその日暮らしで生きてきた。組織には向かないタイプである。
15歳で親元を離れ、21歳で上京しその日暮らしで好き勝手生きてきた。
今思えばかなり危なっかしい生き方をしてきたが、幸いなことに人間関係と運はとても良かった。
どこに行っても助けてくれる人たちに恵まれてきた。
仕事を紹介してくれたり、飲食を振舞ってくれたり、空いている部屋を自由に使わせてくれる人もいた。
26歳までは東京に住んでいたが、横須賀に流れ着いて夜遊びがてらそこに定住した。
その時に知り合ったアメリカ米軍のパートナーとの間に未婚で長男を出産した。
結婚という形をとらなかった理由はいくつかあるが、野良猫のように生きてきた私にはこのスタイルが快適であった。
18年のシングルマザーを経て、日本人の現在の夫と2017年に結婚。
彼も又色々な味わいある人生を経て、現在はドライバー業を営んでいる。
考えている事が驚くほど同じだったり、真反対の部分もあるが、相対的にお互いの苦手が得意分野であるので、生活していく上では非常に助かる事が多い。18歳の息子との二人暮らしに、すんなりと入り込んできた。
私は他人と生活する事は出来ないと思っていたが、この人は気が付いたらこの難しい環境の一部となっていた。
私と両親は昔からなにかとぶつかり合っていた。
常識や普通を愛する両親と、非常識で破天荒な生き方の私。
そんな水と油である私と両親の間に夫は、なくてはならない潤滑油的な存在となっていた。
両親は北海道で一軒家に二人暮らし。
父は89歳、パーキンソン病とレビー小体型認知症で要介護2
公務員を勤め上げ、定年後も短時間で何かしらの仕事をしていた。仕事が生きがいのような人で、これといった趣味はなかった。
年賀状の付き合いはあるが、特定の友人と遊びに行くまでの交流はなかったようだ。時々母と旅行にいくくらいしか娯楽らしい娯楽はなかったのであろう。
母は89歳、認知症で要介護1
父とは対照的で多趣味、自治体のさまざまなサークルに顔を出していた。
コーラス、ダンス、陶芸、そしてクリスチャンであったため、毎週日曜日には礼拝に参加していた。
何かの集まりがあるとビデオカメラで撮影していたので、四畳半の自室には大量のビデオテープ、楽譜、美術本、陶芸作品、様々な会報が所狭しと詰め込まれていた。
両親が結婚10年目にして私は生まれた。
家を購入し、狭いアパートから引っ越した直後であった。
母は36歳で当時では高齢出産であった。
子供は私一人である。
加筆修正しながら67話まで続きます。
加筆修正前の内容です。
その後
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