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創作大賞応募作品| 寧々 《第14話》

《第14話》 牢獄、そしてその看守


 寧々の担任だという、その教師の名に聞き覚えがある気がした。

 透哉がその記憶を引き出すことができずにいるうちに、寧々が答えを提示した。マウスをクリックして動画サイトにアクセスする。そこに映された壮年男性。

「…… 逮捕されたのか?」

 警察官に囲まれて連行される映像。『性的姿態撮影等処罰法』違反とある。つまりは盗撮だ。

 寧々も撮られたのか。喉元まで疑問符が込み上げたが、発声することができない。寧々は、透哉の言わんとすることを汲み取ったようだった。

 わからないの、と寧々は言葉を濁す。

 中学生当時の寧々の写真は、今でも小児性愛者が集っていると思われるサイトで見つかるのだという。それがAIで加工されたものなのか、盗撮なのか判断がつかない、と。

 ただし投稿したのは……、ネットの海に拡散して、永遠に削除し尽くすことができない所業をしでかしたのは、間違いなくこの人物だと。寧々の同級生は、言葉巧みに唆されたに過ぎないのだと。

「くたばれ。変態鬼畜野郎……」

 寧々が顔を歪めて、聞いたこともないような罵詈雑言を繰り出すのを、透哉は息を殺して聞いている。

 この白い家屋から一歩も外界に出ることなく、寧々は戦っていた。パソコンのフォルダーに纏められていたのは、警視庁および各都道府県警の生活安全課の連絡先一覧。そしてホットラインセンター。

 ネットの海を彷徨い、自分自身の写真だけでなく、同じ境遇にある少女の画像を発見しては通報する。その地道な作業の繰り返し。

「私はただ『自分の裸の写真を所有される』ってことが、どういうことなのか、同級生に知らしめたくて。それと同時に可哀想だと思われたくて、被害を水増しするような嘘もついた……」

 これは、贖罪なのか。戦うべき相手を誤った。中学生の寧々が訴えるべきは、同級生でありそこから繋がる担任の教師だった。それを躊躇して、無実であり社会的弱者の人間を陥れた。

「だから、ここに閉じ籠ったのか?自分で自分を罰するために?」

 そうだよ、と寧々は笑う。牢獄にしては快適過ぎるけどね、と言いながら。

 安全地帯ではなく、牢獄。外界との、社会との繋がりをあえて寸断した。自らを囚人と見做すなら、寧々を庇護しているつもりでいた透哉の役割とは……。

騎士ナイトじゃない、看守だ」

 ようやく、壁の書棚を埋め尽くす少女漫画の意味を悟る。

 子供っぽいと、揶揄していた。きらきらと煌めくその世界は、寧々が完全に喪失した青春そのものだ。誰とも交わることなく、孤独に耐えていた寧々が喉から手が出るほど欲していたものだ。

 そして透哉は自分の行なってきた行為の残酷さに気づいて、衝撃を受ける。

 寧々の居場所を常に監視していた。携帯を盗み見ては、男と会うのを阻止してきた。実際に男と会っていた寧々を、無理矢理連れ帰ったこともある。

 庇護するという名目で。寧々が、これ以上傷つくことのないように。これ以上危ない目に遭うことのないように。

「ねえ、私……、もうこの家から出てもいい?」

 柊生と会ってもいいか、と寧々は尋ねる。それを俺に訊くのか、と叫びたくなった。牢獄からの解放と恋愛の解禁を願い出ているつもりか。意図せずして、看守にさせられていた自分に。

「嫌だと言ったら……?寧々は、俺のものだ」

 ただの男と女だ。囚人と看守ではない。姉と弟でもない。そうでなければ、この関係をどう捉えればいいのか。

 寧々が、背後で笑う気配がした。

「俺の女って言われて、喜ぶとでも思う?私の心も身体も、私自身のものだよ。誰にも明け渡しちゃいけないの。人の所有物に成り下がった時点で、それは自分の人生ではなくなるから」

 透哉は、後ろを振り返る。そして、寧々の顔を見つめた。視線を逸らすことなく、透哉を見据えてくる彼女の眼差しは毅然としていて強い。

 こんな女性だったのか、と呆気にとられていた。

 庇護を必要としている女性だと思っていた。性被害に遭った可哀想な女性。安全地帯に閉じ籠り、ひとりでは何もできない女性。

 世間知らずで、おっとりとしていて、年齢を重ねても幼い印象を与える女性。雨の日しか出かけることのできない、可愛い寧々……。

「透哉は、弱くて可哀想な『被害者』の寧々が好きだったんでしょう?」

「…… そんなことない」

「否定しなくてもいいよ。男の人って、みんなそうだから。女が自分を打ち負かしたり貶めたりしない存在でいるうちは、男は優しいの。自分を超える存在になった瞬間に、豹変するの」

 中学生のときの、バスケットボールの男女対抗試合の逸話を寧々は語る。事もあろうに、女子が勝利してしまったのだと。

 だから男女平等な世の中なんて有り得ない、と寧々は言う。

「だから女は、始めから勝負を挑まないの。わざと負けてあげてるの。愛されたいなら、自分を偽って弱くて可愛い女の振りをするしかないの」 

「つまり、俺に愛される必要がなくなったから、もう自分を偽る必要もないと?」

 そこまでは言ってないよ、と寧々は笑う。そしてその手がマウスを掴む。クリックして開かれた、そのページは……。

 『sexual consent form』

──  互いの自由意思のもとにおける、合意の上での性交ですか?

 寧々は、『いいえ』のチェックボックスにレ点を入れる。堪らず、透哉はその腕を掴む。

「同意してただろ ⁉︎ 」

 してないよ、と寧々の返事は氷のように冷たい。

「今日は生理前で体調が悪いからしたくないって、私言ったでしょう?でも、透哉は聞こえない振りしてた。生理前ってことは、このあと生理がくる。今日を逃したら、しばらくはできないって計算したんでしょう?」

「 ………… 」

「性被害者かもしれないって思ってたときは、腫れものに触れるみたいに優しくしてくれたのに。生理前のただの体調不良だと、自分の欲望を発散するほうが優先なんだね」

 なにひとつ、反論できない。言葉で反論することができないから、ただひたすら寧々の腕を押さえつける。

 『sexual consent form』の送信先は、警視庁生活安全課。対応するのは生身の人間ではない。警視庁が独自に開発を依頼したAIが対応する。

 被害を相談する相手が人間ではなく機械であることが、告訴のハードルを下げていることを指摘する人間は多い。言葉は悪いが、気楽に訴えることが可能なのだ。

 気楽に訴えられた男性のほうは、堪ったものではない。

「…… やめろ」

 口から漏れた声は、掠れ声に近かった。

 愛していた。それと同時に侮っていた。

 寧々は、決して世間知らずなどではない。幽閉されたような環境で、インターネットという窓から世界を眺めている。寧々は、女なりの……、弱者としての戦い方を熟知している。

「お願いだから、やめてくれ。通報されたら、会社に連絡が入る。人事部からの呼び出しも受ける。だから……」

 実際に柊生は、謹慎処分を言い渡されている。その処遇をものともしないのは、柊生だからだ。『不同意性交』などしそうにない男だからだ。

 合鍵、渡してもらえる?と、寧々は静かに要望する。

 逆らうことができるはずもなかった。床に脱ぎ捨てたままのジーンズのポケットから、キーケースを取り出す。この家の鍵を取りはずして、寧々に渡そうとした。

 できなかった。寧々の掌ではなく、渾身の力で床に叩きつける。鈍い光を放つ鍵は床を跳ね上がり、そして転がった。

 猛然と衣服を身に纏い、リビングのソファに放置していた荷物を掴みとって、始発が動いていない時間にも関わらず家を飛び出した。

 玄関の鏡に映し出された、自分の姿と視線が合った。自尊心を完膚なきまで打ち砕かれた、惨めで滑稽な男の顔だった。

 そして、寧々の寝室からは、まるで絶叫するような……悲鳴にも似た泣き声が聞こえてきた。



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