AIに給与明細を101人分読ませたら、社会保険の届出漏れが出てきた
毎月、給与の振込前に101人分の給与一覧を確認しています。
労務担当が作った一覧表と前月分を並べて、一人ずつ見比べる。手当が不自然に増えていないか。控除が突然跳ね上がっていないか。介護事業所を経営していると、この作業が毎月必ずやってきます。
去年まで、私はこれを手で全部やっていました。今はAIに下読みをさせています。
そして先月、そのAIが「私が何年も見逃していたもの」を見つけました。
給与チェックという、地味で逃げられない仕事
千葉県柏市で介護事業をやっています。訪問看護、訪問介護、デイサービス、定期巡回、福祉用具。スタッフは90名を超え、給与の支給対象は101名です。
給与計算そのものは労務担当がやってくれます。私の仕事は、その結果を振込前に確認すること。
なぜ経営者が見るのか。理由は単純で、間違えると取り返しがつかないからです。
支給が少なければスタッフの生活に直接響きます。多すぎれば返してもらう話になり、これはこれで気まずい。社会保険や税の届出が絡んでいると、行政への訂正手続きまで発生します。介護事業所は人件費が支出の大半を占めますから、金額の規模も小さくありません。
だから毎月、確認していました。ただ、これが本当に憂鬱でした。
手作業の限界は「見る場所が多すぎる」こと
101人分の一覧表には、支給と控除の欄が横に何列も並んでいます。基本給、各種手当、その他手当、健康保険、厚生年金、雇用保険、所得税、住民税、その他控除。
これを前月と見比べるわけですが、人間の目が拾えるのは結局のところ**「大きく変わったところ」だけ**です。
先月と比べて振込額が3万円増えた人。手当が急に付いた人。そういう「差分が大きい行」には気づきます。
一方で、こういうものは絶対に気づけません。
毎月ずっと同じ金額なので、変化として現れないもの
金額としては小さいが、構造的におかしいもの
一覧表を横に見るだけでは分からず、他の書類と突き合わせて初めて分かるもの
つまり手作業のチェックは、「先月と違うところ」は拾えても「ずっと間違っていたところ」は永遠に拾えないんです。
これが後で効いてきます。
最初の関門は、AIではなく「紙」だった
やったことは、そんなに大したことではありません。ただ、つまずいたのは意外な場所でした。
給与まわりの書類は、うちではまだ紙が主役です。労務担当が作る給与一覧。タイムカード。賃金台帳。どれも紙で回ってきます。
つまり、AIに読ませる以前に、そもそもパソコンの中にデータが無いわけです。
そこでドキュメントスキャナ(ScanSnap iX2500)を導入して、この3種類をまとめてPDFにするところから始めました。タイムカードのように紙のサイズがバラバラなものも、束のまま流し込めます。
正直に書きますが、この工程が一番地味で、一番効きました。紙のままでは、どれだけ賢いAIがあっても何もできません。逆に言えば、PDFにさえなればあとは全部その先の話です。
「AI導入」と身構える前に、やることは紙をデータにすることでした。
AIに下読みをさせる
PDFになってしまえば、あとは読ませるだけです。
スキャンしたPDFをページごとに画像に変換する
AIに読ませて、氏名・支給項目・控除項目を表データにする
前月のデータ、タイムカードの勤務実績、賃金台帳と突き合わせる
変動やズレが閾値を超えた人にフラグを立てて、私に一覧で出す
3種類を並べられるのが大きいところです。
給与一覧だけを見ていると、分かるのは「金額が変わったかどうか」だけです。そこにタイムカードの出勤日数と実労働時間を並べると「働いた分と支給が噛み合っているか」が見えます。賃金台帳を重ねると、その月だけでなく積み上げの流れとして見られます。
人間がこの3つを101人分そろえて突き合わせるのは、現実的に無理です。私はこれまでやっていませんでした。
私はプログラムを書けません。AI(Claude)に「こういうことがしたい」と話しながら作りました。
確認作業そのものは、丸1日から15分になりました。
ただ、正直に言うと時間が短くなったことは、この取り組みで一番どうでもいい成果でした。
AIが見つけた、社会保険の届出漏れ
本当の収穫は別のところにありました。
前月比較だけでは物足りなかったので、AIに追加でこういう見方をさせました。
ひとつ目。「控除合計 ÷ 支給合計」の比率を全員分ランキングする。
支給額に対して控除がどれくらいの割合か、という単純な比率です。うちの場合、たいてい20〜26%くらいに収まります。ここから大きく外れる人は、何かがおかしい。
ふたつ目。社会保険の標準報酬月額と、実際の支給額を突き合わせる。
標準報酬月額というのは、社会保険料を計算するときの基礎になる金額です。給与水準に応じて等級が決まっていて、そこから保険料が算出されます。
このふたつを回したところ、あるパート職員の控除比率が突出して高く出ました。
調べてみると、標準報酬月額が実際の支給額の2倍以上ありました。つまり、今の働き方に対して不相応に高い社会保険料が引かれ続けていたということです。
原因をたどると、勤務時間が大きく減ったときに必要だった手続きが漏れていました。年金事務所に確認し、遡って是正する手続きを進めています。
ここで大事なのは、この件は前月比較では絶対に見つからなかったということです。
先月と今月を比べると、この人は「勤務時間が増えたので支給が増えた人」にしか見えません。私が毎月やっていたチェックの★フラグには、一度も引っかかっていませんでした。何か月も、ずっと。
「先月と違うところを探す」という発想そのものに穴があったわけです。
AIが間違えた4件の話
うまくいった話だけ書くと嘘になるので、外した話も書きます。
同じ月、AIは「これは異常です」と何件かフラグを立てましたが、そのうち4件は正当な支給・控除でした。
その他手当が想定より大きかった人。タイムカードの手書きメモにはアルバイト分しか書かれておらず、金額が合いませんでした。実際には紹介手当(リファラル手当)が上乗せされていました。時間に連動しない一時金が乗っていると、勤務時間からは説明がつきません。
手当の対象者リストに載っていない人に手当が付いていた件。部署の報告メモには対象者が3名と書かれていましたが、4人目がいました。この人は雇用契約と給与辞令に個別に記載された、正当な支給でした。メモに名前がない=誤支給、ではありませんでした。
出勤日数と実労働時間が噛み合わなかった件。「出勤3日なのに実労48時間」という組み合わせを入力ミスと判断しましたが、有給休暇分が含まれていたための表示差でした。
その他控除が4万円ほど出ていた件。これは休職明けの社会保険料と住民税の遡及回収でした。こちらはAIの推測が当たっていました。
4件のうち3件は、AIの「異常」判定が外れています。
結局、AIは何をしてくれるのか
この経験で、私の中の位置づけがはっきりしました。
AIは「見るべき場所を教えてくれる係」であって、「正しいかどうかを判断する係」ではありません。
AIが得意なのは、101人×何十項目という量を、疲れずに、同じ基準で、何度でも見ることです。人間には物理的に無理です。
一方でAIには、その人の雇用契約も、部署の事情も、先月あの人が休職から戻ってきたことも分かりません。だから「おかしい」と言われた項目を最後に判断するのは、必ず人間です。
このバランスを取り違えると、どちらの方向にも失敗します。全部AIに任せれば誤検出をそのまま信じることになるし、AIを信じずに全部手で見れば、ずっと間違っていたものは永遠に見つかりません。
うちの場合、AIが101人を全員見て、私が10人弱を判断する。この形に落ち着きました。
明日から試すなら
同じことをやってみたい方へ、最初の一歩だけ書いておきます。
まず、前月比較「以外」のチェックを1つ足してみてください。
システムを組む必要はありません。すでにExcelで給与データを持っているなら、今日できます。
「控除合計 ÷ 支給合計」の列を1つ作って、降順に並べ替える
上位に出てきた人を、雇用契約と社会保険の資格を照らして確認する
これだけです。うちが見つけた件も、突き詰めればこの並べ替え1回で浮かび上がったものでした。
その次にやるとしたら、紙をPDFにすることです。
給与一覧、タイムカード、賃金台帳。この3つが紙のままだと、そこから先には一歩も進めません。逆に、ここがデータになっていれば、AIを使うにせよ使わないにせよ、できることが一気に増えます。
うちはドキュメントスキャナを1台入れただけです。特別なシステムは何も導入していません。
AIを使うかどうかより、「先月と違うところ」以外の見方を1つ持つこと、そして書類がデータになっていること。この2つのほうが本質だと思っています。AIは、その見方を101人分まとめて実行してくれる道具にすぎません。
介護の現場は、記録も請求も労務も、確認しなければならない書類が多すぎます。ここを軽くしないと、本来やるべき仕事の時間が出てきません。
うちで実際にやったことを、失敗も含めてこれから書いていきます。
千葉県柏市・我孫子市で介護事業をやっています。
https://note.com/wakiaiai_kaigo
うちで動いている道具のひとつを、仕組みごと公開しました。
https://note.com/wakiaiai_kaigo/n/na7d2c3989266

