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なぜ彼らは「父」になる夢(自己実現としての家父長制)から醒めないのか(第四の主体のためのノート #2)

※このnoteでは4ヶ月遅れで「すばる」(集英社)誌連載の『第四の主体のためのノート』を転載していきます。『庭の話』の直接的な続編になる連載で、次の主著にするつもりで取り組んでいます。『庭の話』を読み、興味をもっていただけた人は、ぜひこちらもチェックしてください。よろしくお願いします。


8 「家族」の発見


「戦後」とは――より正確には第二次世界大戦後の「栄光の三十年」とは――旧「西側」先進国に生きる人々、とくに当時の現役世代からベビーブーマー以降の「若者」世代のアイデンティティの置き場が急速に公的なものから私的なものへ、国「家」から「家」族へと移行した時代だった。
 より正確にはこのアイデンティティの「家族」化は、並行してナショナリズムや共産主義といった、国家的なイデオロギーの影響力が低下し、「国民」というアイデンティティが後退した結果として、相対的に「家族」的なもの、つまり「父」やそれを支える「母」が肥大したものだと考えるべきだろう。
 この変化は統計的にも確認できる。有名なものとしては、ロナルド・イングルハートが行った、戦後の「西側」先進国における国際比較調査の時系列的な分析が存在する【1】。
 イングルハートは、一貫して経済的な豊かさと政治的安定が長期的に確保されると、人々の価値観は公的領域から私的領域へと重心を移すことをこれらの長期にわたる統計の分析から主張する。この場合の公的領域とは、国民や階級といった集団的なアイデンティティのことを指し、とりわけ安全保障の問題が大きな影響を与える。対して、私的領域とは自己表現や生活の質、個人的な人間関係などの領域を指す。
 第二次世界大戦の終結から間もないころは、「西側」先進国でさえも「国民」としてのアイデンティティが、あるいは共産主義などの政治的イデオロギーに基づいたアイデンティティが今日に比べれば強く人々を支えていた。そして戦後のこれらの国で進行したのはこの公的な――具体的には「国民」的な――アイデンティティの後退だったのだ。このとき――「栄光の三十年」を経た時代――の「西側」先進国において私的領域のなかで中心的な位置を占めていたのが「家族」だった。
 つまり「栄光の三十年」の中で実現された福祉国家化に支援されるかたちで、特にアメリカとその勢力圏に置かれた「西側」先進国において、人々のアイデンティティは相対的に国「家」から「家」族へと移行したのだ。
 私的領域の中でも「家族」が、それも自己実現としての家父長制イデオロギーを形成することで肥大した理由は、フォーディズム的な生産の「最適化」に求めることができる【2】。重工業を中心とした当時の労働生産においては、肉体労働の集約が生産性向上に直結する。つまり、高い規律と低い離職率を安定させる必要がある。それは言い換えれば、男性労働者に高賃金を保証する一方で、実質的な扶養責任を負わせることに他ならない。そしてそれは男性賃労働者たちに守るべき妻子を与え、「所有」させることで、そのアイデンティティを安定させることと同義なのだ。
 こうしている現在もなおジョニー・ロレンスやリー・シャーマンのような人々が信じている「家族」は二〇世紀のある時期のアメリカで経済的、政治的な要求から「構築された」ものに他ならない。彼らが安定したネジや歯車になるために、選ばれたアイデンティティの安定装置――それが「家族」だったのだ。

 二〇世紀における「国民」としてのアイデンティティから家庭の成員へ、つまり「父」と彼らを支える「母」としてのアイデンティティへの移行を考える上で重要なのは、それが前近代的な共同体の習俗としてのものでもなければ、戦前の「制度」としてのものでもない、個人の自己実現として「父」になること、あるいは彼を支える「母」となることによるアイデンティティの獲得だったことだ。
 近代以前における家父長制は習俗として、あるいは制度としての家父長制とも言うべきものであり、今日も多くの人々(特に特定世代の男性)を呪縛する自己実現モデルとしての家父長制とは異なるものだ。
 そもそも近代以前の人類社会においては家族形成はロマンチックな自己実現の対象ではなく、不可避の生活手段以上のものではない。多くの地域で見られる前近代的な家父長制とは、基本的に共同体の秩序の安定を目的に父権の尊重が習俗化したものに他ならない。たとえばレヴィ=ストロースが『親族の基本構【造/3】』で指摘したのは、かつての狩猟採集社会から数多くのケースにおいて血族(氏族)間の女性の交換、つまり結婚による社会秩序の安定化のシステムが備えられていた事実であり、たとえば日本における「家」は、さらにそれが統治機構により徐々に制度化されたものだと考えれば良い。中世から村落の内部秩序の維持機能を担っていた婚姻関係が、近世にかけて武家のそれとして制度化されはじめ、明治維新後の民法下で戸主権や家督相続などといったかたちで法的なものとして完成されたのだ。
 上野千鶴子は『家父長制と資本制【4】』で明治維新以降の日本社会が、近代化の過程で旧来の血縁共同体を温存しつつ、それを国家と資本の管理装置として制度化したことを指摘している。これは近代国家における「家族」もまた、第二次世界大戦以前は個人の幸福や自己実現の回路としての側面は前面化することはなく、家族とは経済単位であり「扶養」の義務を前提にした制度としての側面が強いことを示す好例だろう。
 対して戦後のマーシャル・プラン(的なもの)によって形成された「家族」を通じた自己実現モデルでは、(男性)賃労働者のアイデンティティの置き場として「家族」が選ばれる。そこで人々は守るべき妻子を「所有」することに自己の生の意味を見出す「父」として、あるいはそれを支える「母」というアイデンティティを「当たり前のもの」として受け入れていった。
 このように歴史的に考えてかつての家族とは労働力や資産の再生産を担う経済的な装置であり、家庭は個人の感情よりも、共同体の秩序やそれを支える物語の要素(血統など)の維持が優先される場所だった。個人の自己実現の回路として恋愛とその延長の家族形成が「発見」されたのは、それ(「個人」の「自己実現」)が問題となり得る状態、つまり村落の共同体の一部としてではなく、都市の自由市民としての個人が標準的なスタイルとして普及した近代以降、工業社会の確立以降のことになる。フィリップ・アリエスが『〈子供〉の誕生【5】』において指摘するように、中世ヨーロッパにおいては存在しなかった(現代的な意味においての)「子供」や「母性」といった概念が一八世紀から一九世紀以降に「発明」され、同時期にジャン=ジャック・ルソーは『エミール【6】』において「家族」をそれまでの村落的な共同体を超えて、個人の尊厳を確保する私的な空間として再定義した。
 そしてこの時点での争点はむしろ村落という中規模の共同体と、家族という小さな共同体の力関係に存在していた。
 たとえばジョセフ・ヘンリック――進化生物学、人類学、行動経済学などを学際的に横断することで知られるアメリカの研究者――は中世の西ヨーロッパにおける教会の婚姻制度への介入に注目する。中世ローマ(カトリック)教会におけるいとこ同士や姻戚、あるいは霊的親族(代父母)との結婚(広義の近親婚)や養子制度の禁止、そして再婚の制限などの「指導」は、村落の共同体の秩序の支配権を、家族の規模を縮小させることで、それまで血縁によって形成された地域の共同体から教会へ相対的に移譲することを目的としていたと、ヘンリックは指摘する。この家族の共同体からの分離が、共同体から自立した個人――西洋近代的な「個人」――の確立を準備したのだ【7】。
 今日においては、むしろ地域共同体の基盤として「家族」の再評価が主張されている。しかし「家族」という制度についての歴史的検討が示すのは前近代的な村落の共同体から人間が解放され、都市に生きる個人たちが近代化を受容する中で、「家族」が「個人」単位のアイデンティティの置き場として「発見」されたという経緯なのだ。

9 国「家」から「家」族へ


 近代社会を「個人」として生きる人間のアイデンティティの置き場として「家族」が「発見」されたように、この時期にもう一つの回路が「発見」される。それは(国民)国家だ。フランスの、イギリスの、ドイツの「国民」であること――一八世紀の終わりに勃発したフランス革命をメルクマールに、人類社会は「国民」というアイデンティティを発見した。「国民」というアイデンティティは少なくとも表面的には、その出自を問わなかった。どの家族の、どの共同体の、どの階級のメンバーであるかではなく、その国家に忠誠を誓うこと「のみ」がそこでは問われた。中央集権的な工業化と常備軍による植民地の獲得と維持に、比類ない動員力を実現するこの国民国家は最適なシステムだった。
 一九世紀を通してヨーロッパを中心に波及した国民国家というシステムは、人間に「国民」という新しいアイデンティティを与えた。戦後の「栄光の三十年」とは、この「国民」というアイデンティティが消費社会の中で相対的に希薄化し、「父」(とそれを支える「母」)に移行していく過程だと考えればよいだろう。「家族」と「国家」はともに、近代化の中で「個人」化し、そして賃労働者化していく人間たちが発見したアイデンティティの置き場所だったのだ。

 ハンナ・アーレントが『人間の条件』において指摘するように、近代化はあらゆる人間を賃労働者に接近させる。アーレントが例示するのは為政者がその給与によって生計を立てている近代国家の制度(大統領ですらも賃労働者的な側面が確実に存在する)だが、この問題はより大きな範囲に当てはまるだろう【8】。
 たとえば株式会社による企業の所有(株主)と経営(経営者)の分離はかつての資本家の機能を分割し、後者を実質的な賃労働者に近づけている。初期マルクスの議論に当てはめるなら、この状態では程度の差こそあれほとんどの人間がその生業(労働)のもたらす「疎外」に直面することになる【9】。賃労働者たちは生産手段を所有しないために、それが何らかの幸運な巡り合いや特殊な操作が作用しない限り、それを自分の仕事だと感じることが難しい。そのために、自分の生計を立てるために多くの活動時間を費やすが、そのことで世界とのかかわりを実感することが難しくなる。この経済的な領域(現実領域)で生まれた疎外を、解消する方法は(共産主義の失敗により)今のところ存在せず、政治的な領域(幻想領域)での精神的な回復が暫定解として支持される他なかった。そしてこの幻想領域における疎外からの回復の回路として、「家族」や「国家」というアイデンティティの置き場は、有効に機能した。
 そして戦後の冷戦下の「西側」先進国において、相対的にこの「国民」というアイデンティティは後退する。「栄光の三十年」下の経済発展と消費社会化は、人間の公的領域への関心を相対的に減退させ、その結果として人類がたどり着いた暫定解が、大衆の自己実現のモデルとして「国民」ではなく「父」とそれを支える「母」というアイデンティティを与えること、近代化の中で「国家」と並行して発見された「家族」という物語に帰着させることだったのだ。

 それは言い換えれば、革命という物語を生きる「国民」としてのアイデンティティに相対的に依存する「東側」の共産主義陣営に対する、「西側」の資本主義陣営による対抗戦略でもあったと言えるだろう。経済(現実領域)で発生した「労働」の与える疎外を、結果的に幻想領域――国家と結びつけられた共産主義イデオロギー――で擬似的に解消する他なかった「東側」に対して、「西側」は現実領域からのアプローチ――具体的には「豊かさ」、つまり消費社会の実現――で埋め合わせた。しかしこのアプローチも労働の与える疎外そのものを解消はしない。比喩的に述べれば生産の場(平日)において発生した疎外を、消費の場(休日)で解消しているに過ぎない。このギャップを埋めるために、やはり「西側」のアプローチも幻想領域における擬似的な解決を部分導入する必要が存在した。それが「家族」だったと考えれば良い。「父」となり妻子を所有すること、庇護者としての、最小単位の共同体の主役としての尊厳を獲得すること、あるいは彼を支える副主役としての「母」になることが、賃労働者のアイデンティティを支えたのだ。
 このように消費社会にエンパワーメントされた「西側」資本主義国の住民たちには、もはや国家の与える大きな物語は必要なく、「家族」という小さな物語があれば充分なはずだった。
 しかし冷戦の時代が遠い過去のものになりつつある現在において、私たちが直面している問題はむしろこの家族という小さな物語が、その小ささゆえに誰もが手に入る等身大の夢としてより広く普及し、強く機能したことであり、今日においてはそれが望むかたちで手に入らない人々を絶望させていることなのだ。
 戦後的な「自己実現としての家父長制」が――強固な構造的暴力に支えられながら――安定していた時代は「栄光の三十年」と同時に終わりを告げた。冷戦の終結から程なく、この国では「失われた三十年」と呼ばれる時代が訪れる。そしてそれを「失われた」時代だと感じているのは、経済的に衰退したこの国に暮らす人々だけではなかったのだ。

10 失われた三十年


 一九九一年のソビエト連邦の崩壊によって、「東側」の共産主義国陣営は解体した。崩壊したソビエト連邦は一五の国家に分裂し、その衛星国の独裁者たちはその座を失うか、追われるか、最悪の場合は処刑されることになった。フランシス・フクヤマはこの冷戦の「西側」、つまりアメリカ合衆国を中心とした資本主義国陣営による勝利を「歴史の終わり」と位置づけた【10】。資本主義経済の民主主義政治による管理――具体的には、自由貿易と再分配の適切な管理――が国家形態の「解」であり、一九九〇年代初頭の「西側」が到着したこの形態に、「東側」諸国や「南側」の発展途上国が倣い、追いつくことで人類の歴史の発展は終着する――それがフクヤマの主張だった。当時は、敗色濃厚な二〇世紀的な左翼からの強い反発を受けたこのフクヤマの議論は、二一世紀の今日においてはまったく別の視点から否定されるだろう。

 グローバル化と製造業からサービス業へ、そして情報産業への世界経済の牽引役の変化によって、加工貿易的な旧途上国からの搾取構造は大きく変化した。搾取の対象は、先進国/途上国を問わない全世界の情報プラットフォーム利用者に拡大し、そしてその搾取で得られた富を分配される対象に「栄光の三十年」が「歴史の終わり」によって永遠に継続すると考えていた、「あの頃」に少年時代を過ごした今日の現役世代の賃労働者たち――ジョニー・ロレンスのような「壁の向こうの住人たち」――は該当しなくなった。
 情報産業では労働集約度が低く、ネジや歯車のような規格化された労働者を大量に確保することではなくごく少数の、しかし高度な技能を得た専門家のプロジェクトへの参加が要求される。そのため先進国の賃労働者を少なくともこれまでのようには雇用しない。「これまでのようには」というのがポイントだ。正確には、こうしている現在もAmazonの倉庫作業やコンテンツモデレーションなど、情報資本主義のバックヤードにおいては、むしろ「ネジや歯車のような」単純労働に従事する人々がグローバルに、それも大量に雇用されている。しかし、彼ら彼女らが「栄光の三十年」の頃のような安定した雇用と高い賃金を得ることはない。これらの仕事は代替要員の確保が容易なため交渉力が弱く、高監視と低賃金が定着している。今日のグローバルな情報産業の主要なプレイヤーはもちろん、その下位に属する情報産業やサービス業も、そして情報技術の発展を背景にオートメーション化がより進行する製造業においてすらも、この変化から逃れることはできない。

 経済的な安定が保証されなくなることは、彼らを「父」の座から遠ざけた。しかし経済的な安定が保証されないからこそ、より強く彼らはアイデンティティの置き場を「家族」に求めることを、より具体的には「父」となること(妻子を「所有」すること)を求めるようになると考えることもできるだろう。
 しかし、イングルハートが述べるように私的領域の対象は「家族」とは限らない。そもそも二〇世紀後半における「家族」アイデンティティの肥大は、「国家」アイデンティティの相対的な衰退の結果と考えることができる。そしてこれまで見てきたように、「国家」も「家族」も村落の共同体から解放された個人の自己実現の対象のひとつとして選ばれてきたものであったことを忘れてはならない。
「栄光の三十年」を経て消費社会化した旧「西側」先進国では、そしてそれに追随する新興国では、軒並み少子化が――そして晩婚化と非婚化が――進行する。つまり、アイデンティティの(私的領域における)置き場に、「家族」を選ばない人々が増大していったのだ。
 これを消費社会の病だとか、情報社会の弊害だとか、あるいは人間の種としての衰微だとか、伝統的な価値観が否定された結果訪れた人類滅亡へのカウントダウンだとか、そういったことを叫びたくなる人は、単に歴史的な事実に対して無知なだけだ。あるいは「自己実現としての家父長制」イデオロギーに囚われて思考停止しているだけだ。前近代の早婚と出生率の高さ(婚姻率は必ずしも一概に高いとは言えない)は、子供が家族という経済単位における労働力であったこと、あるいは乳幼児死亡率の高さの結果であり、産業構造の変化とこれらの死亡率の改善により――これらはほぼ経済成長に比例する――低下する。つまり少子化とは経済成長の、そして女性や子供への人権の拡張の産物に他ならない。現在の社会制度の大半(たとえばこの国の年金制度)が、人口増加を前提にしたものであり、少子化問題とは具体的にはこれらの制度の機能不全と労働力減少の問題に他ならな【い/11】。社会保障改革や労働力の確保(オートメーション化)ではなく、経済成長そのものの否定や実質的な女性や子供の人権制限につながるリスクが高い家族的アイデンティティの強化によりこの少子化に対応するという主張は単なる無知の表明か、イデオロギーの実現を問題解決より優先する思考停止だと言わざるを得ないだろう。
 付記するのなら、今日の人類の数的な規模は地球環境の持続可能性の観点から考えると明らかに過剰であり、二〇世紀以前の人口規模への縮減が望ましいことも指摘されている【12】。つまりこれから訪れる人口減少そのものは、近代化に伴い短期間で数倍に膨張した人口の調整局面に他ならない。そしてこれらの記述がもし、過激なものに感じられるのだとしたら、あなたはまず中学校の歴史と理科の教科書を読み返すところからやり直すべきだろう。
 いささか脱線したが、ここで重要なのは性差を問わず多くの人類が――特に実質的な二級市民として就学と就労の差別を受け、結婚を半強制されていた女性たちの多くが――家族形成を「しない」ことや、子供を持たない選択をすることを(当然の権利として)行使しはじめていることだ。
 今日において「栄光の三十年」の間に確立された「自己実現としての家父長制」は、経済(再分配)的にも承認(アイデンティティ)的にもかつてのような支配力を発揮することは難しい。そして同時にこの変化は、「父」になること「だけ」は運や能力を比較的問われず、半ば保証されていた男性のアイデンティティの危機をもたらしている。
 ジョニー・ロレンスやリー・シャーマンのような「壁の向こうの住人たち」は、移民と女性が自分たちの富と尊厳を奪うと考える。しかしそれは運良く二〇世紀後半の「西側」に――資本主義陣営の「先進国」に――生を受けた男性の、控えめに表現しても旧発展途上国と女性からの搾取によって不当に与えられた特権に過ぎない。しかしジョニーをはじめ「壁の向こうの住人たち」はこの「是正」を受け入れることができない。それも、富だけではなく尊厳のレベルでこれを受け入れることができないのだ。

11 長すぎた「戦後」


 現在のこの国でもまた、戦後的な「自己実現としての」家父長制への支持がこの「栄光の三十年」に少年期を過ごし、「失われた三十年」に青年期を過ごした現役世代男性を中心に強い。
 日本において、この「自己実現としての」家父長制イデオロギーは、こうした構造に無自覚な戦後生まれの当事者男性により、むしろ戦前の村落的な制度としての家父長制イデオロギーへの批判として展開された。
 彼らの多くはこう考えている。戦前の制度としての家父長制より、自分たちの奉じる戦後的な、自己実現としての家父長制は相対的にその支配の度合いが弱く、「優しい」モデルなのだと。戦前的な「家長」とは異なり、戦後「民主主義」的なそれは郊外の持ち家に暮らす妻と子を温かく見守る強く優しい主体なのだと。そして封建的な制度の残る東側諸国やイスラム教圏より、自分たちの性搾取は相対的に激しくないのだと。自分が「所有」する妻子の実質的な人権が制限されていたとしても、その分「父」たる自分がより大きな責任を負っているのでむしろそれは自分たちの「優しさ」と「成熟」の証なのだと「言い訳」をする。そしてこうした「矮小な父」たちは自分よりも社会的に弱い位置に配置された女性や子供を「所有」し、自分が主役の物語の脇役に配することで自己実現を図るのだ。つまり制度(建前)としてのジェンダーギャップの解消を主張しながらも、実態(本音)としての性搾取的な家族像や実質的な就労差別は是認する。しかしかつてのように制度的に妻を従属させているのではなく、自由恋愛の結果を享受している自分たちは、自由と平等の側にいると主張する。そのことによって妻子を「所有」することで男性的な自己実現を果たすこと、「父」的なアイデンティティに依存することそのもののもつ暴力性からは目を逸らし続けるのだ。

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僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

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