「曖昧な弱者」と「明白な弱者」の連帯はどうすれば実現するのか?
今日は伊藤昌亮さんと対談してきた。伊藤さんの新刊『曖昧な弱者の時代』についての対談だったのだけど、いろいろ考えさせられたので、忘れないうちにまとめておきたい。
この本の述べる「曖昧な弱者」とは、今日のアイデンティティの政治において、従来のリベラル勢力がその保護を訴えてきた貧困層や社会的マイノリティなどの「明白な弱者」には含まれないが、相対的な貧困にさらされる新しいタイプの弱者だ。具体的に日本国内でいえば、JTCやイケてる大手IT企業の正社員様としての身分保護を受けていないが、リベラルの定義する「弱者」にはなかなか含まれないミドルローワークラスが、ここに多く含まれるという。
伊藤さんの主張は、この「曖昧な弱者」が「明白な弱者」を、社会に保護されている既得権益層とみなして攻撃するというのが、現代日本社会の不幸な分断の実態だというものだ。この整理はかなり説得力があり、このあたりはぜひ同書を、そして来週末公開の動画を確認してほしい。
そして「これから」の課題は、この「曖昧な弱者」と「明白な弱者」の連帯の可能性をどこに見いだすか、だ。実際に発生しているのはミドルアッパー(大手企業の正社員様)以上と「それ以下」の分断であり、再分配としては、世代間格差とかもそりゃああるけれど、上からもっと厚く取って下に配るしかない。一応、言っておくが、グローバルで生まれた格差をローカルな再分配で是正するには限界がある。これはまた別問題なので置いておく。
しかし、頭が痛いことに、現状では、曖昧な弱者が明白な弱者を攻撃することで、自分たちはメリトクラシーの敗者ではないと自分たちに言い聞かせたり、明白な弱者への保護を打ち切って自分たちに回せと要求したりしている。
90年代末から2010年頃までは、前者、つまり弱者がより弱い者を叩くことで、自分が負け組ではないと自分に言い聞かせる傾向が強かったが、その中核である団塊ジュニア世代や氷河期世代の高齢化に伴って、そして何より日本の経済衰退に伴って、後者の傾向が強くなってきたように僕も思う。いわゆる「減税ポピュリズム」は、この変化を背景にしていると考えればよいだろう。
では、この不幸な状況はどうすれば解決できるのだろうか。
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u-note(宇野常寛の個人的なノートブック)
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