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【#RealVoice2025】「過去の私、さよなら。」2年・網代陽勇

今年もまた1年が終わろうとしている。
FWとして結果を残すことはおろか、公式戦に出場することもなく、ゲバ(紅白戦)にも出られなかった。
ピッチ外で、大好きな先輩たちや頼もしい同期、生意気な後輩と過ごす時間だけが過ぎていく。
そんな人生で1番虚無だった1年が終わる。


大学サッカー2年目が終わりに近づいて、
3年目が見えてきた、思い描いてた大学生活とは、正直考えられないぐらい程遠い。
今回はそんな1年を過ごした私の本音をこのブログに書き記したいと思う。
大半暗めだったり、読んでいて面白くはないですが、ここにしか書けないと思ったのでブログで素直に包み隠さず綴りたいと思います。
拙い文章ですが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。


大学1年目に3度の連続した脳震盪。
そして今年の3月に練習試合で相手と接触して、大学に入って自身4度目の脳震盪。


1年目も2年目も試合に出場できた期間は2、3ヶ月程度、
90分フルでプレーしたことはなく、ア式蹴球部のスタメンとして試合に出たこともない。


これが今の私の現状。


3月2日に4度目の脳震盪を受傷してから、翌日私は何度も通っている病院へ行った。
三輪と何時間も何時間も待たされて、とりあえず看護師さんに渡された紙がこれだった。




覚悟は出来ていたけれど、
やっぱり、そーだよね。
とりあえず大学2年目の前期は無理だな、諦めよう。


実際に診察を受けたら「検査の結果が出るまでは復帰は出来ないよ」と伝えられて、
「またこれか、」
そこからはまた離脱して、ケアルでの日々、症状がなくなり良くなってきたと思ったら、ロンド、ポゼッションに合流、だけどそれ以上は絶対に混ざれない、そんな半年間だった。


大学2年目の前期は無くなってしまったけど、
後期リーグもあるし、去年の試合を見て、「来年こそは絶対にピッチに立って、絶対ゴールを決めたい」と思った早慶戦がある。
だから多分この頃はギリギリ心を保てていたんだと思う。


病院の検査を順調に進めて、迎えた検査結果説明の日、7月28日、私は段階を踏んで復帰していくものだと勝手に考えていたから、診察で伝えられた言葉を理解できなかった。


「検査の結果が前回より悪くなっているので復帰することをおすすめ出来ません。」


ショックで、立ち直れなかった。半年間も待ったのにって思いが込み上げてきて、感情的になって、反論して、医者と口論したけど、そんなことをしたって復帰は出来なくて、
大好きな4年生ともう同じピッチで戦えないんだ、あんなに出たかった早慶戦にも出られないのか、この時完全に私の心は折れた。


「この時期にしかできないことをやろう」って
両親、トレーナー陣、その他様々な人が気にかけてくれていた。
でも、何もやる気が湧いてこない、
そんなことがほぼ毎日の残りの半年間だった。


「いつ復帰できるの?」
色んな人からよく聞かれるこの質問、私のことを気にかけてくれているんだなって気持ちは嬉しかったけど、
本当はずっと聞かないで欲しかった。

「俺だって復帰できるならしたいよ」

そう思いながら、建前では笑って「わかんない」って誤魔化すので精一杯だった。


普通にサッカーしてる人から聞かれると
本当に言葉にできないぐらいムカついていた。


みんなからしたら普段の私は明るい感じなんだろう。よくうるさいって言われるし。
それも、苛立ちやムカつき、ネガティブな所を見せないように無理していた私がいたのかもしれない。


ここまでだらだらとまとまりなく綴ってきました。暗い話になって、読んでいて不快な気持ちになるかもしれない。そんな文章で申し訳ないですが、これがこの1年の私の本音です。


私はもう「脳震盪をする前の私」には戻れない。


脳震盪を経て、正直いいことなんてほとんどなかった。失ったものの方が多いし、悔しい思い出の方が鮮明に残ってる。
だけど、それでも無駄じゃなかったと今なら思える。この経験がなかったら、気づけなかったこと、感じられなかった感情が確かにある。


サッカーから離れて、悔しくて、何もできない時間が長かったけど、
その分、色んなものに気づけた。

そして不思議と、今はもう落ち込むよりも
「ここからどうする?」って気持ちの方が強くなってきている。

だからもう、こんな私はお別れしよう。
ネガティブで、自己憐憫、そんな私はもう終わり。


これまでのことはこれまでのこと。
過去はいくら振り返っても変えられない事実で、未来はいくらでも私次第で変えられる。


「プロサッカー選手になって、日本を代表するストライカーになる。」

これが私の目標


目標から目を背けないで、ひたすらにがむしゃらに駆け抜けること。
これが今の私に必要なこと。


いつ復帰できるのかなんて、現状目処は経っていないし、また離脱するかもしれない、サッカーを辞めることになるかもしれない。
それでも私はもう一度ピッチに立ち、
ゴールを決めたい。


今はまだ、移動式ポゼでヘトヘトになるぐらいだし、
対人は1回パスを出したら走る余裕すらない。
ダブルボックスも連続でやりたくないぐらい
自分でも笑っちゃうぐらいダメダメな状態。


でもそれでもいい。
またここから積み上げればいい。


今年の4年生が残してくれた1部という舞台で活躍するために、早慶戦でゴールを決めるために。日本一になるために。
日本を代表するストライカーになるために。


過去の私はもう捨てる。
私は逃げずに今を全力で戦いたいと思う。




次のブログは伊東大翔(磐田南高等学校)です。
キーパーコーチなのか、はたまたトレーナーなのかはよくわかりませんが、ア式の活動にはもちろん、ア女(ア式蹴球部女子部)の活動にも欠かさず参加しています。そんな彼が何を思っているのか、明日のブログ楽しみです。


◇網代陽勇(あじろひゆう)◇
学年:2年
学部:スポーツ科学部
前所属チーム:尚志高等学校

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