私と和紙との出会い〜Podcastエピソード2の日本語版
配信中のEnglish Podcast エピソード2 の内容を、日本語でお届けします。
文化財の修復家との出会い ―パート1
私がまだ美術史を学ぶ学生だった頃、研究の都合で、一人でアメリカ・ワシントンD.C.へ行くことになってしまいました。
アメリカへ行くのも、一人で海外へ行くのも、そのときが初めて。
しかも、英語はまったく得意でない。
その上、指導教官から行くことを強く勧められたこともあって、しぶしぶ「行く」と言いました。
でも、時間が経つにつれて、しぶしぶは内心ドキドキに変わり、飛行機や宿泊先を決めていくと、「アメリカへ行くんだ」と決心が固まりました。
そのアメリカ行きの機内で、たまたま私の隣に座った人が、和紙との出会いを印象づけたのです。
その方は、日本人の文化財修復の専門家でした。
私の旅程は6泊4日くらいだったと記憶していますが、その先生と機内で会話していると、なんと行き先がほとんど同じだったんです。
先生は飛行機を降りる直前に、「一緒に行く?」と気軽に言ってくださいました。
初めてアメリカの地に降り立ち、美術館や関係機関に何の伝手もなかった私は、何も疑うことなく同行させていただき、美術館のバックヤードまでお邪魔しました。
(その節、お世話になった方々に感謝申し上げます。)
その後、私は日中のほとんどを研究に関係する絵画をながめて過ごし、先生は他の場所へ。
何日かは途中で合流して、夕飯をご一緒させていただくこともありました。
美術館の館内で絵画を一緒に観たことも、少しだけありました。
「先生は、絵画のどういう所を見てるんですか?」と質問したり、逆に質問されたり。
美術史は文系、修復は化学系の分野に近いので、「お互いに見ている所が全然違うね」と笑いました。
手渡されたレターセット ―パート2
長い時間、ご一緒させていただいたのに、先生はご自分の仕事のことを、ほとんどお話しされなかったように思います。
先生がアメリカの別の場所へ行く日になり、ワシントンでお別れすることになりました。
そのとき、先生は和紙でできた、一対のレターセットを私に手渡したのです。
何も書かれていない、買った商品そのものでした。
先生は仰いました。
「日本の伝統にかかわる勉強や仕事をするなら、この和紙のような、長い間受け継がれてきたものを大切に守っていってほしい。そういう気持ちを込めて、出会った人に渡しているんです。」
当時の私にはピンとこなかったけれど、ありがたく受け取りました。
私は日常に戻り、和紙のことはあまり意識に上らなかったように思います。
その後、何年か経って、あの和紙のレターセットを思い出す機会が来たのです。
手渡された和紙の意味 ―パート3
大学院を卒業してから、私は学芸員としても働きました。
その後、他の仕事も経験するなど、たくさんの変化を受け入れてきました。
あるとき、私は一地方で行われたビジネスコンテストに応募しました。
すごく軽い気持ちで。
その時、「手紙を書きたい」という趣旨で応募したことを覚えています。
一次審査を通過し、二次審査の前にビジネスプランをブラッシュアップする機会があって、その時に、あの修復家の先生との出会いを思い出しました。
「そういえば、あの先生のことを何も知らない」と思い、調べてみると、先生は修復家であると同時に、和紙の研究者でもあったことを知りました。
結局、ビジネスコンテストの二次審査は通過しませんでした。
でも、あの時に、和紙の行く末について必死に考えました。
和紙に携わる人、アーティスト、ビジネスプランの助言者の方々と、様々な言葉を交わしました。
あの経験は、それまでの人生にはない、印象深いものでした。
ビジネスコンテストの選考が終わった後も、私は和紙について考え、楮を育て、細々と発信を続けていました。
「これは自分の意思ではなく、過去に人から手渡された想いを、ただなぞっているだけではないか」と懊悩した時もありました。
でも、あのレターセットを手渡されたときの言葉を、今も忘れられない自分がいるのは、確かで。
これが、今の私を突き動かしている原動力なのです。
今作っているもの
和紙には、感情の機微をのせられる。
私は、その細やかな質感に着目しています。
和紙にささやかな痕跡 ― Quiet Trace ― を残した作品をお届けしています。
このnoteやPodcastが、和紙の世界への入口になることを願います。
