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「第65回東日本伝統工芸展」日本橋三越:有線七宝の和模様、絵柄に注目

はじめに

 「線スケッチ」が、表情を持つ線描写からすれば、東洋絵画の性格を持ち、遠近法を用いた空間描写と、陰影による彩色から見ると西洋絵画の性格と、両者を持つことから、これまでの展覧会レビューは絵画を中心にしており、工芸品を取り上げることはほぼありませんでした。

 今回、表題の工芸展を訪れたのは以下の理由によります(工芸展は終了しています)。

1)スケッチ教室の生徒さんの有線七宝の作品が、本工芸展で展示されたこと。
2)日本絵画の場合、西洋のようにアートが、職人が制作する工芸品とは区別、差別されておらず、一人の画家が絵画のみならず、陶器の絵柄、着物の柄なども手掛けているのが普通で、芸術と工芸の境がないので、日本美術とは何かを考える上で欠かせないと思い工芸作品も見るようになったこと。

 ここでは、日本橋三越で行われた工芸展の作品のうち、七宝に限って作品を紹介します。

図1 入口風景 筆者撮影

 なお、会場は「陶芸」「漆芸」「人形」「染織」「金工」とジャンル別に分けられ、七宝は「諸工芸」に分類されていました。

図2 会場レイアウト

有線七宝作品の紹介

 それでは、順不同に七宝作品を紹介します。なお、画像は全て筆者撮影です。(作品の撮影は、作者名を載せることが条件でしたので、キャプションに明記しました。)

図3 有線七宝合子「行雲」 浅羽香代子氏

感想:写実的な描写、マットなグレイそしてときおり混じるアイボリー・ホワイトの背景色が、葉の緑と小さな菜の花が重なった黄色の色面をほどよく引き立たせている。そのため、印象が上品で柔らかく心地よい。
「行雲」の名称から、背景色は空色にしてもよかったかもしれないが、そうすると西洋画になってしまうからなのか? あるいは背景に空色はゆるされないのだろうか? なお、グレイがこれ以上濃いと蕪村描く《夜色楼台図》と同じ夜空になってしまう。それが微妙に避けられている。

図4 有線七宝蓋「夏来る(ムクゲと遠雷)」 池田吉光氏

感想:図3と同様写実的な描写。マットな明るい緑色の背景である。ムクゲの花を取り囲む花の緑に対して同系色の薄い緑を使っている。葉の緑とムクゲの白い花弁がよく引き立っている。しかしムクゲは伝統的な日本の花ではないことと、大きく強調された花弁の大きさが西洋的な雰囲気を醸し出している。ヨーロッパ、とくにイタリアの絵画や壁紙の装飾模様を思い出させる。

図5 有線七宝合子「月来香」 大越好美氏

感想:この絵の植物も写実的な描写。 花の種類が不明だが、暗闇にふわっと浮かぶトロピカルな花(熱帯蓮を思わせる)は幽玄な雰囲気を感じる。漆黒の背景は、皇居三の丸尚蔵館で見たあの有線七宝の名品、並河靖之《七宝四季花鳥図花瓶》を思い出す。しかし、あれほど吸い込まれるような黒ではない。

図6 有線七宝合子「宙(そら)にひらく」 繁昌夏紀氏

感想:図4と同じく黒色背景である。しかし図案は非写実的、装飾的で、アジサイと同じ花の構造を持つ現実にはない、大きな花四輪を配置し、周りに青緑色の笹の葉状の図形と星の銀河集団のような、微妙な色合いからなる小さな円の集まりが円弧状に配置されている。タイトルからも想像されるように宇宙空間に向かって広げられた花のような何者かを思わせる。

図7 有線七宝合子「紫陽花」 天笠美奈子氏

感想:写実的な描写のアジサイである。しかし、これまでの作品と違い、薄青と濃い青、薄紫と三種の色合いのアジサイのガク(装飾花)と、薄緑、薄茶の葉の部分が表面の大部分を占めて、背景の部分が少ない。それでも、背景のピンクはアジサイの青と緑を強く印象付けている。全体にグラデーション的な彩色で柔らかく上品な印象。

図8 有線七宝合子「若夏」 川村圭子氏

感想:いわゆる「散らし模様」「もの尽くし」という日本の伝統的な構図模様を採用している。どこにも対称的な部分は無く、造形も写実ではなく、特徴を単純化し平面的に描かれて装飾的である。黒(もしくは濃紺だったかも)を背景に、緑、青、青緑、薄青緑、黄緑、薄黄緑と様々な色合いの緑の葉が配置されて色面のリズムを作っている。ときおりのぞく黄色とピンクがピンポイントとなっている。

図9 有線七宝合子「涌繋」 折茂 恵氏

感想:大きな花とつる状の葉(?)が思いっきり称性的に配置されて、これまでの作品とは大きく印象が異なる。すなわち、正面向きの花と絡み合ったつる状の植物模様、そして完全な対称性は、和風模様からは遠くアラベスク模様と言ってよい。 日本の「伝統工芸展」で、このような非和風の模様が許されるのかどうか知らないが、おそらく現代は問題ないのであろう。背景のオフホワイトも気持ちが良い。ピンクともオレンジともつかない花弁の縁の色の配色もよいが、実在の花なのか不明。つる性を考えるとクレマチスか。

図10 有線七宝合子「遊蝶花」 田所晴佳氏

感想: 花はビオラか、その花を写実的に描いた模様である。花の色が実写に近い。背景は二色からなり、薄緑色の色面の境界がハッキリとせずぼやけている。従ってこの緑の部分が単なる背景色なのか、それとも何者かを表すのかはっきりしない。新しい試みなのかもしれないが成功しているとは言えないように思う。

図11 有線七宝蓋物「波間に」 森本恵子氏
奨励賞受賞作品

感想:「奨励賞」受賞作品である。選評(後述)にもあるように、他の有線七宝作品に比べて引き立つ作品であったことは間違いない。けれど、採用した図案は「波」を抽象化した造形であるが、重要文化財、日本画の福田平八郎《漣(さざなみ)》(1932)の造形を思わせるのが惜しい。福田平八郎へのオマージュと取るべきか。

図12 有線七宝合子「春尽」 水落雅子氏

感想:模様は、かなりデフォルメしたネギ坊主のように見える。タイトルの「春尽」からネギ坊主の図案化だと判断しても間違いないと思われる。装飾的、完全対称の配置だが、図9のアラベスク模様には見えない。帯状の絡まり文様ではないためか。その図柄と釉薬の反射光から七宝と言うよりも陶器に見えなくもない。

図13 有線七宝合子「草原のはる」 小川千代子氏

 感想:菊の花のように見えるが、葉の形はそうではなく何の花か分からない。全体的に少しデフォルメをかけているのかもしれない。暗赤色の花弁の色が特徴的。また、葉の付いた茎が、花と同様に上を向く配置が自然だが、一つだけ少し下に向きつつ横たわっている配置が目を惹く。また、長い葉が蓋の中心に向かって伸びる配置が面白い。その構図を活かすためか、グレイの背景面積を多くとっており、花と蕾、葉っぱが粗い配置に見える。この辺の構図は好き嫌いが分かれると思う。なお、背景色はグレイで、図3と同じだが、均一過ぎて味わいに欠けるように思う。

図14 有線七宝蓋物「紅の末積花」 小林由美氏

感想:写実絵だが、花の名前は分からない。花弁の先、葉っぱの先をとがらせ、花も葉も八重に重ねているところをみると架空の植物か。背景のまだらな薄紺は、国宝、与謝蕪村《夜色楼台図》の薄墨で掃かれた夜空を思わせる。あるいは、葉っぱの中心が白っぽく光っており、また小さな咲きかけの蕾も黄色く光っているので、月は描かれていないが、月光に照らされた光景にも見える。白っぽい花の中心が幻想感を与えている。

全体について

 以上、一つ一つ絵柄を中心に感想を述べてきました。

ここで、図11の<奨励賞>作品の選評を読んで、七宝の専門家がどのような点を評価しているのかを注目して見ました。評者の勝氏は、何回も工芸展で受賞しているベテランの七宝作家の方のようです。

 蓋物ですが、出品作の中でも型と図案のバランスが良く色合は少し派手だが動きがあり、全体では特に目立つ存在でした。安定の中でも動きがあり、目立ちすぎずひときわおちついた光をはなっていて、手慣れた仕事が作品を引き立て、七宝作の中では一番引き立つ存在でした。今後も安定を望まず色々と挑戦して下さいますよう期待しております。      
                              (勝文彦)

図11 有線七宝蓋物「波間に」 森本恵子氏
奨励賞受賞作品に対する選評(勝文彦氏)全文

 ここでは専門家は次の項目を評価しています。

・蓋物の型と図案のバランス
・図案の色合いと印象(この場合は「動き」がある)
・工芸作品全体印象(安定の中でも動き、目立ちすぎずひときわおちついた光)
・技術(手慣れた仕事が引き立てる)

 以上は全体に素人でも分かる項目ですが、「蓋物の型と図案のバランス」という評価は工芸品ならではだと思います。すなわち、絵画と違い、工芸品の造形は使用する「目的」と密接な関係があるので、この点は今後工芸品を見る上で「用の美」について考えて行きたいと思います。

 なお、今回の七宝作品は、すべて「合子」か「蓋物」でした。それ以外の器物が無いのは最初から条件が出ていたのでしょうか。
 しかも、興味深いことに、今回紹介した作品の絵柄は全て、具象画ばかりでした。一方、他の工芸品は具象作品はほとんどなく、幾何学模様または抽象模様がほとんどでした。「伝統工芸」の伝統がどの時代を指すのか、その辺も問題です。

 私のような昔の人間は、伝統=和 と考えがちですがどうでしょうか?

 今回紹介した七宝の中には、西洋の花を使ったり、模様もアラベスクがありました。また器の「合子」「蓋物」は、大前提として日本の伝統(例えば茶道)に使われるものに限定されるのでしょうか?

 また文様は器物によっては和柄に限定されるのでしょうか? どこまで許されるのでしょうか? 選評にあった「蓋物の型とバランス」といっても、伝統をどこまで捉えるかで人によって評価が違ってきます。

 今後、伝統工芸を以上のような問題意識で見ていきたいと思います。

(おしまい)

《参考》昨年見た並河靖之《七宝四季花鳥図花瓶》の写真を下に示します。

並河靖之《七宝四季花鳥図花瓶》
出典:筆者撮影、下記記事より引用

前回の記事は、下記をご覧ください。


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