写真を使って風景スケッチを描く場合に気をつけること(線描における課題)
はじめに
最近「線スケッチ」を描く際の技術的記事が少ないので、本記事では初心者にありがちな、ある技術的課題について記事にします。
それは、写真を使って絵を描く場合の「誤り」です。
「誤り」という強い言葉を使いましたが、あくまで私個人の評価です。他の絵の指導者の方によっては、過ちではないとの判断もあると思いますので、これから記述する内容は、それを念頭にお読みください。
「線スケッチ」と写真の使用
「線スケッチ」を描く際、最初に生徒さんに話すのは、「原則として実物を見て描くこと」です。その理由については後ほど出てきますのでここでは述べません。ですが、一部の教室を除いて、野外スケッチ授業が出来ないので、便宜上写真を使って野外風景スケッチの授業をしています。
対象に何を選ぶか、どのように表現するか
さて、今年の3月の教室の日、生徒のIさんから次の写真(図1)の風景を描きたいとの希望が出されました。

描きたいテーマの選択について
私の教室では、私が作成したカリキュラムに沿って、基礎技術を習得しています。その際、技術テーマに集中できるよう難度の低い画像を選んで授業に用いています。
しかし、私が用意した写真の場合、描く対象は自分で選んではいないので、絵を描く喜びはありません。ですから、早い段階で、自分が描きたいものがあれば、写真を撮って持ってきてくださいと奨励しています。
それを使って一つの作品が出来れば、本人も満足でしょうし自信もつくと思うからです。
Iさんへの質問
さて、Iさんの写真に戻ります。私が了解すると、Iさんはその写真を使ってすぐに線描を始めようとしたのです。
私はストップをかけました。なぜなら、図1の写真のまま描けば、写真の模写になるだけなのと、絵を見た方が、作者が何に心を動かされたのか伝わりにくいと思ったからです。
そこで、以下の質問をしました。主な質問項目を以下にまとめて示します。
Q1:場所はどこで、いつ何時に撮影した写真か?
Q2:カメラは何か? 同じ場所で撮った写真はあるか?
Q3:いろんなものが映っているが、何に心を動かされて写真を撮りたいと思ったのか?
Q4:(場所が府中市の郷土の森美術館と聞いて)、梅まつりの時期だが近くに梅は咲いていなかったのか?
以上の質問に対する回答をまとめると次のようになります。
場所は、府中市の「郷土の森博物館」で、梅まつりの季節、午後3時頃に撮影した。帰宅のために帰りの道路を歩いていると、左に滝が見えた。岩山から水しぶきをあげて落ちている様に心を動かされ(これまで何度もこの場所に来ていたが、滝の存在に初めて気が付いた)、スマホでそのままスナップショットとして撮影した。他の写真はない。また、撮影したのは道路であり、近くに梅はなかったと思う。
私の提案
以上を受けて、私は次に示す提案をIさんにしました(図2)。
すなわち、Iさんの元の写真(図1)から、赤い枠線部を切り取り、滝を中心に据えた右下の写真を使うことを提案したのです。

さらに、翌日が偶然他教室の野外スケッチ教室で「郷土の森博物館」に行く予定を組んでいたので、私は現場に駆け付けました。
すると、Iさんが撮影したその背後に梅林があり、梅の花が咲いていたのです。Iさんは、当時滝に気が取られて気が付かなかったようです。また、ここには示しませんが、滝つぼの前の石に立って、滝つぼを覗いたり、水しぶきを見ている男女の写真を10枚ほど撮影しました。
私の最終案と選んだ構図の理由
さて、Iさんには次の教室日に下記の写真を提案しました。

図2の右下の写真と何が違うのかというと、縦横の比率を変えて、水彩紙のFサイズに合う様に左側を切り詰めたことです。(図2の右下の写真比率では、Gサイズの水彩紙になります)
右側ではなく、左側を切り詰めた理由は、後述します。また、私が見つけた梅の花を近景にいれること考えましたが、最終的に断念しました。同じく、滝と滝つぼを眺める人物を入れることもやめることにしました。
さて、どのような考えのもとに最終的に図3の構図を選んだのか、その理由を以下に示します。
1.Iさんは、滝に感動したと答えている。道路を歩いていたIさんの目に(脳内に)映った滝は、おそらく7-8割の大きさで、しかも滝はピントが合っているが周囲はぼやけていたはずである。
ところがIさんのスナップショットは、Iさんが実際見た姿と程遠い。
すなわち、道路から滝までの部分が、写真の3分の1を占め、滝は道路から遥か遠く、小さく映っている。その原因は、スマホの焦点深度が深く、広角で撮影するのがデフォルトになっているからである。
2.目に近い大きさで撮影するには、Zoomで撮り直すしかないが、それができないので、滝の周辺を切り取ることにした。
「線スケッチ」は、事物の輪郭をペンで描くので、筆で輪郭を描く東洋(日本)の絵画と同じであるが、一方空間は西洋絵画と同じく各種遠近法を用いて3次元空間を描写する。従って近景、中景、遠景が存在すると西洋画的な空間描写がしやすくなる。
Iさんの写真では、右端の欅の大木が一番手前、その後のイロハモミジと根元の細長い葉の草叢、ヤツデの葉、滝つぼ前の石のステップが、その奥が手前になる。次のその背後に滝と岩山、その岩山に生えている植物が中景、そして岩山と流れる滝の背後に広がる森が遠景になる。
従って、もしFサイズの水彩紙に合わせるために、右側の欅とイロハモミジを切り詰めると近景の主要な部分が消えてしまい奥行き空間を示せなくなるので、小さい滝の左側の方を切り詰めたのである。
3.さらに、Iさんを感動させた理由を考えてみよう。岩山に滝、岩山に樹木、滝つぼ近くの岩と樹木、草の取り合わせは、水墨山水の典型的な要素である。Iさんの写真には、これらの要素がすべてそろっている。
おそらくIさんは、無意識のうちに、中国の宋王朝以来の水墨山水、日本室町時代以降の水墨山水画、文人画、明治以降の日本画まで1000年近く受け継がれた伝統的な美意識に沿って感動したに違いない。
いや、むしろ府中の森博物館の、滝を含むこの庭を作庭した人物は、まさに伝統的な水墨山水の美意識に従って設計し、道路を通行する人々の目を惹こうと狙って作庭したとも考えられる。Iさんはその狙い通りに感動したともいえる。いずれにせよ、この水墨山水の美意識からも、右側の欅、イロハモミジ、草むらを消すわけにはいかないことが言える。
なお、上述の3.で述べた水墨山水の要素の例はすぐに検索すれば出てきます。その例を下記に示します。

出典:wikimedia commons, public domain

左上:中国、明時代の水墨画、出展:wikimedia commons, public domain
左下、右:中国の南宋時代の水墨画、出展:筆者撮影
最終案写真による線描デモンストレーションと結果
最終的に、私の提案した図3の写真を用いて、はじめから全ての線描を終えるまで、各要素を描くための技術的ポイントを説明しながらデモを行いました。その内容については、別記事で紹介する予定です。結果を下に示します。

なお、水彩紙はF6を用いました。IさんはこれまでF4を使ってきましたが、大きな水彩紙に挑戦してもらいたいからです。初心者のよくある誤解に、大きい水彩紙(F6以上)は描くのが大変だと思うことがあります。私は、「描く輪郭線の数は変わらない」こと、そして「手を大きく動かすので、むしろ描きやすい」と説明して誤解を解くことにしています。
参考:Iさんは、写真を撮るときどうすればよかったのか?
冒頭で私は「線スケッチ」は原則現場で描くことと書きましたが、写真を撮ることを全て否定しているわけではありません。やむを得ず写真を撮る場合は次のようにすることを推奨しています。
1.デフォルト(特にスマホ)の広角仕様で撮影する以外に、必ずzoom機能を使って、自分の目で見た時と同じ大きさで撮影して置く。映る範囲が狭くなるので、描きたい範囲を撮るには、6から8枚は最低必要となる。この作業により、自分の目で見た時の感動を思い出すことが出来る。
2.人間の目と違って、露出が特定の範囲に合わせて撮るので、暗いところは真っ黒に映る。スマホの場合、暗いところを画面タップすると、その部分に露出が合い、暗い部分の中が分かるようになる。その画像を撮影する。
3.複雑な構造の建物や、樹木の複雑な構造、絡み合いなど、描きにくいところを重点的に撮っておく(現場で描く時は、何回も近寄って調べることが出来る。その代わりの写真です)。
いずれにせよ、後で絵を描く可能性のある場所は、スナップショット一枚だけで済ますのではなく、絵の構図をある程度予想して、数多く撮影しておくと後々助かります。
(おしまい)
次の記事で線描の順序を解説します。
