映画<国宝>:「白虎」襲名舞台の書割は日本画? 竹内栖鳳の虎、川端龍子の波、村上隆《四神、白虎》の影響を推理する
長文になります。
はじめに
李相日監督による本作品は、現在大ヒット中でメディアを賑わせています。しかし実のところ8月の第1週まで私はまったくその存在すら知りませんでした。
ところが、ある事情で急遽映画「国宝」を鑑賞しなければならなくなり、先週「ららぽーと立川立飛」の教室が終わったあと、隣接の東宝シネマで鑑賞してきました。
ただし、前日に頭に入れたのは監督の名前と、「ストーリーは歌舞伎がテーマらしい」ということ、また上映時間は3時間で長いという情報だけで出かけました。出演者の名前すら知らずに劇場に入ったのです。

出典:公式サイト https://kokuhou-movie.com/
結果は、3時間という長さを忘れるほどテンポが良く、予備知識がない分新鮮な気持ちで映画の魅力を味わうことが出来ました。
さて、本記事では、映画のストーリーの感想ではなく、映像美の中心にあった劇中劇の歌舞伎舞台、さらにその中の舞台装置「書割」に注目しました。
なぜ「書割」なのか
映画を見るまでは、まさかnoteに今回のテーマで記事を書くとは思っていませんでしたが、今では必然だったのではないかと思います。
というのは、もし私の記事の中で、下記の二つの鑑賞シリーズ、および
次のよもやま話シリーズ中の、
「日本の絵画とは何か」「その特徴は?」に関する一連の記事を読まれた読者の方はお分かりになると思うのですが、今年になって次のような江戸時代の絵画に関する私の問題意識は次のように絞られていたからです。
1)室町水墨画から実物鑑賞を始めたが、最終的に江戸時代の絵画を理解することが、日本の絵画を語る上で必須ではないか。
2)京都の新しい絵画(円山応挙派、伊藤若冲、与謝蕪村、池大雅・・)
3)禅画の意味(なぜ海外研究者が評価したのか)
4)見かけは身分制度が固定された時代でも、商人の台頭と高い識字率による庶民向け絵画、商業美術の隆盛と現代の商業美術の位置(浮世絵版画)
5)西欧式「芸術」の概念が入る前の工芸の位置(琳派の絵画、工芸品)、明治以降の工芸品の位置
6)日本の西欧画の意義
7)江戸時代の図譜の意義
もう少し、具体的に理由を説明します。
以上の項目の中で、江戸時代の商業美術の例は、おそらく後期読本で刷られた木版画や大量に摺られた浮世絵版画でしょう。それが、明治以降は、本の装丁や挿絵、ポスターなどの広告印刷物に替わっていきます。
すでに「線スケッチ」の立場で永井荷風「墨東綺譚」の挿絵を描いた木村荘八や泉鏡花の本の装丁、新聞小説の数多くの挿絵を描いた小村雪岱をnoteの記事で取り上げました。
特に、後者の小村雪岱は、記事では紹介しませんでしたが、大正13年(1924)以降、舞台装置にも手を染め、没するまで200余りの芝居の装置を担当したのです。一つの芝居にはいくつもの場面がありますから、総数はその数倍にもなります。

上段:劇名、上演時期、場所不明
下段:永井荷風『隅田川』、昭和3年(1928)上演、本郷座
出典:「小村雪岱スタイル」展図録(2021)p116-117 筆者撮影
しかも、舞台装置以外に風俗、美術考証、衣装デザイン、照明までも監修したというのですから、もはや美術監督ないしアートディレクター並みの活躍ではありませんか。
ちなみに舞台装置について、小村雪岱は次のような言葉を残しています。
舞台やセットは俳優の演技を活かし、その作品の気分あるいは精神を十分発揮するように考案され、装置されるべきで、それ自体が観客の焦点となるべきものではない。
太字は筆者による
そして、あれほど売れっ子だった小村雪岱は、戦後ほぼ忘れ去られます。
それは上に引用した太字の発言を考慮すると、本人は納得済みのことかもしれません。また、作品としては消えていく(特に舞台装置は)運命にある商業美術では仕方がないとも言えます。
一方、挿絵画家から日本画家に転向した鏑木清方や、新版画から日本画家に転向した伊東深水が、その後大家として後世に名が残っている状況を顧みると、画業としてどれだけの差があるのかとの思いも湧いてきます。
以上のことから、今回の映画「国宝」の中で出てくる歌舞伎の演目の上演場面が映るたびに、舞台装置(書割)に眼が向いてしまったのです。
それでは、以下本題に入ります。
エンドロールクレジットの撮影者「ソフィアン・エル・ファニ」の名前に驚く
と言いつつも、本題に行く前に映画終了時の話をします。
映画が終わってエンドロールクレジットが流れると、私は自然に美術監督、カメラマンの名前を探していました。
というのは、映画が始まって、私は感じたのです、「これは、予想していた私が嫌いな日本の映画の映像テイストではない」と。私は今回の映画の映像美やカメラワークに良い意味で裏切られたのです。
もっとも、私は最近実写版の日本映画を見ていないので、補足すると私が嫌いだと言うのは3-40年以上前の日本のカラー映画です。かつては、総天然色カラー映画といった気がします。
あくまで私の嗜好だと思いますが、なぜか昔のカラーの日本映画の色彩はカラッとしておらず、重たく暗く湿った感じで、どうしても好きになれなかったのです。
とはいえ、今回の映像は、日本人のカメラマンが撮ったと言われてもおかしくない気もします。すなわち昔海外の映画会社が日本を舞台に撮影したときの、エキゾチシズムを全面に出すために感じる違和感がないからです。
私は、この感覚は最近感じたことがあるなと思いました。それは、今年の初めに、ディズニー+で放映されたドラマ「Shogun」の衣装デザインです。
このときも私はあとから知ったのですが、衣装デザイナーは日本人ではなく、カルロス・ロザリオ氏というフランス人でした。
画面に映る戦国時代の衣装はまったく違和感はなく、むしろ和の文化の中に海外の人ならではのテイストが紛れ込んでいて、大変新鮮に感じたのです。
カルロス・ロザリオ氏の特別インタビューの動画の中の発言を次に引用します。
日本らしさを保ったまま、世界の観客にアピールする。その絶妙なバランスをうまく見出してくれました。
『SHOGUN 将軍』|特別インタビュー 衣装デザイナー カルロス・ロザリオ|
Disney+(ディズニープラス)
https://www.youtube.com/watch?v=tcp4EMKQBWw
日本の文化と美学に敬意を払うと同時に自分なりに自由にアレンジした。欧米にも通じる衣装を作るためにもね。
『SHOGUN 将軍』|特別インタビュー 衣装デザイナー カルロス・ロザリオ|
Disney+(ディズニープラス)
https://www.youtube.com/watch?v=tcp4EMKQBWw
私は、最近の映画界の状況はまったく知らないので、いつのまにかこのような時代になっていたのだとつくづく感じました。
おそらく、李相日監督は国内だけでなく世界市場を考えて、カメラマンにソフィアン・エル・ファニ氏を指名したのだと思います。
「白虎」襲名舞台の書割はなぜやまと絵ではないのか?(写実の虎、うねる海原と大波)
さて、本題に移ります。
冒頭に述べた理由で、私は映画の中で歌舞伎の舞台のシーンのたびに、主演の俳優さんの演技だけでなく、衣装や舞台装置にも注目していました。
映画の中で採用された歌舞伎の演目は以下の五つです。
連獅子
二人藤娘
二人道成寺
曽根崎心中
鷺娘
私は、主要な俳優陣が歌舞伎出身者ではないことを知って驚きましたが、おそらく舞台考証は、しっかりと実際の舞台を踏襲しているはずだと思いました。
事実、上記演目の舞台の書割を、本物の歌舞伎の舞台で使用されているものと比べると、一つのシーンを除いて同じ様式と構図でした。
映画のフリー画像がないため、写真を直接載せることができません。そこで、下記公式動画の中の書割が映っているシーンの模写を示すことにします(模写は、公式サイトの画像も参考にしました)。
連獅子、二人道成寺の書割と「花井白虎」襲名舞台の書割を比較する
(1)連獅子の書割
公式Xに、小さな画像がありましたので下に示します。また図3にペンによる模写を示します。
𖡼•̩̩͙*˚ 歌舞伎豆知識 🪭
— 映画『国宝』公式アカウント (@kokuhou_movie) June 15, 2025
𝒗𝒐𝒍.𝟕
┅ 物語の区分
映画をこれから観る方は予習として📝
すでに観た方は、
より深く歌舞伎を知るきっかけに𖥔 ࣪
これをチェックして#映画国宝 の世界をお楽しみください𓈒𑁍
映画『#国宝』
大ヒット上映中🎬⸝⋆⸝⋆ pic.twitter.com/iPOD6T2Fal

図3 《「国宝」の中の「連獅子」舞台シーンの書割模写》 ペンとインク
日本絵画における松の木の描写は永らくやまと絵の様式と水墨画の写実的な描写の二つに分かれて描かれてきました。
歌舞伎を知らなくても、能舞台の背景のやまと絵様式による松の木の舞台背景は多くの人は見慣れていると思います。
この映画の「連獅子」の舞台シーンで使われた書割は、能舞台と同様典型的なやまと絵様式です。
しかし、模写をしてみると、各松の樹冠の上部は、細かい点描で埋め尽くされています。このような表現は、古い時代の絵ではあまり見たことがありません。もしかすると、明治以降の日本画家が新しい様式として描いたものかもしれません(あるいは美術監督、種田陽平氏の指示で新たに制作した様式かもしれません)
(2)二人道成寺の書割
図4に模写を示します。

「二人道成寺」の歌舞伎舞台装置は、舞台の鐘と、満開の桜の山の中に道成寺(和歌山)が見え隠れする書割です。
「連獅子」の松と同様、やまと絵様式で描かれています。web検索で得られた「京鹿子娘道成寺」の書割のどの画像も図4と同じ様式で描かれていますから、やはり実際の歌舞伎の舞台の書割を再現していると言えます。
描く時間が無かったので、ここでは模写を示しませんが、演目「鷺娘」や「藤娘」の舞台シーンの書割も同じくやまと絵様式でした。
(3)「花井白虎」襲名披露シーンの書割
ところが、私は渡辺謙演じる歌舞伎役者花井半次郎が花井白虎を襲名する襲名披露シーンで映った背後の書割を一瞬眼を見開いて凝視しました(図5)。
それまでのやまと絵様式とまったく異なるのです。

その理由は、虎の描き方にあります。
図5の模写の中に三頭の虎がいます。真ん中に白い虎、すなわち高松塚の壁画で有名な「四神」のうちの一つ、「白虎」です。左右の二頭の虎は、通常の虎です。
私が「あれっ!?」と思ったのは、虎があまりにも写実的だったからです。江戸時代以前の画家は、本物の虎を見たことが無かったので、虎を描いても実物とは程遠い姿に描かれています。
例えば写実を窮めた円山応挙でさえ、図6に示す、可愛らしい虎です(なお、この文を書いていて今気が付きました。この襖絵には高松塚壁画以来、ほとんど描かれることがなかった白虎が一頭描かれています。加えて通常の虎が二頭描かれていて、映画「国宝」の書割の虎の比率と同じです)。

出典:wikimedia commons, pbulic domain
とはいえ、さすがは応挙、虎の縞模様は真にせまっています。たしか記憶では応挙は虎の敷物を見て描いたと読んだことがあります。
さて、よく考えるとこれまで紹介した書割は、すべて既存の演目のものでした。ところが「花井白虎」「花井半次郎」は、歌舞伎役者としては架空の名前です。
ですから、本映画の美術監督の種田陽平氏は、上で紹介した演目と違い、襲名披露の舞台の背景は、新しく創作しなければならないはずです(吉田修一氏の原作小説「国宝」に、この場面の書割の描写があるかどうかは確かめていません)。
私は、図5の画面構成に注目しました:
1)三頭の虎はなぜか荒海に面したごつごつとした巨岩の上にいる。
2)虎の姿は実物の虎と同様、写実的に描かれている
3)岩には、荒海から大きくうねった波が押し寄せ、岩の足元と頭部にかけて、白い波濤が砕け散っている。砕け散る白波の描写は伝統的な日本絵画の描写(北斎の形も含め)ではない。
4)空は日本絵画のやり霞でも、水墨画の霧のような描写でもなく、楕円状の雲とも霞ともいえないものが描かれている。
それでは、伝統的なやまと絵ではないとしたら、美術監督はどう考えるでしょうか? 私は、模写を通じて次のような印象を持ちました。
1)写実的な虎の描写は、明治以後西洋の技法を採り入れ、実物の虎を写生することが可能になった日本画を思い起こさせる。具体的には、竹内栖鳳の虎(図7、8)やパリ万博金メダリストの大橋翠石の虎図です。

出典:「竹内栖鳳展」図録 筆者撮影

出典:共にwikimedia commons, public domain

出典:wikimedia commons, public domain
2)さらに、描かれたうねり狂う紺碧の海原と白い波濤の表現から、同じく日本画の川端龍子の鳴門の海原の表現を想起します。

出典:川端龍子展図録 筆者撮影
以上の日本画は、戦前の日本画ですが、私は白虎と荒波の組み合わせに、昨年現代アート作家の村上隆氏の展覧会で見た、四神の絵を連想したのです(下記の記事)。
上の記事で紹介しましたが、村上氏は近年日本絵画の文脈に沿って、自身の現代アート作品を作り続けています。
私は、昨年の展覧会で「四神」の作品を知り、背景が描かれていない「白虎」を除き、《玄武》、《青龍》、《朱雀》の背景を日本絵画の文脈を意識して細部を見ました。
その結果、葛飾北斎《神奈川沖浪裏》の波と船、伝統的な日本の絵画に異質な白い入道雲にインスパイアを受けて村上氏は四神の背景を描いたのではないかと推測しました。
ですから、今回の映画「国宝」の花井白虎襲名披露シーンの舞台背景の模写で、私が村上氏の作品を思い浮かべたのは自然の流れだったのです。
以上の2点の観察から、私は美術監督の種田陽平氏がどのように考えたのか、心のうちを勝手に推測してみたいと思います。
1)原作の中では、「花井白虎」は格式の高い歌舞伎役者の名ということになっている。その襲名披露の舞台用なので「白虎」が描かれた日本伝統のやまと絵を探したが見つからず、残念ながら参考にできない。
一方、やまと絵ではないが、円山応挙の《紙本墨画遊虎図》には白虎が描かれており、参考にしたいが、いかんせん虎の表情が可愛い過ぎるので襲名披露の場にはふさわしくない。ただ、白虎1,通常の虎2という比率は参考に出来そうだ。
2)一方、伝統的な日本絵画の様式で、襲名披露にふさわしい威厳のある虎を描いた例を思い出すと、明治以降洋画と区別するために名づけられた「日本画」の画家、例えば竹内栖鳳などが日本の伝統絵画に西欧的な写実の虎を描いた例がある。やまと絵ではなく「日本画」による書割を作ったらどうだろうか?
3)そういえば、2016年に六本木で開催された村上隆の五百羅漢展では、日本絵画の文脈に従った四神が描かれていた。白虎は岩の上に座っていた。また、別の画面ではうねる海原の大きな波が描かれていた。村上作品は、虎も波もかなりデフォルメされているので、竹内栖鳳風の写実的な虎に、川端龍子的な荒々しい海を参考に、日本画風に描いたらどうだろうか?
美術監督の種田陽平氏がはたして上述のように考えたかは、まったく根拠がないので、私の妄想に近いのですが、日本絵画の文脈を考えると、日本画に行きついても不思議ではないと私は思います。
以上、映画「国宝」の歌舞伎の舞台シーンの書割を模写しての感想でした。
(おしまい)
前回の記事は、下記をご覧ください。
