記事<植物画とは何か>補遺2:「植物の美」の由来を確かめに外に出る。パンパスグラス彩色、広重のススキ、萩、葦の原の浮世絵追加
11月14日に下記の記事を投稿しました。
この記事に関連し、以下の二つを追加情報として報告します。
1)神代植物公園のパンパスグラスの彩色途中の絵の完成作品の紹介
2)歌川広重のススキを描いた浮世絵版画の追加情報
3)歌川広重のススキ以外の秋の草の原を描いた浮世絵の紹介
(1)《神代植物公園のパンパスグラス》彩色作品
図1に彩色作品を示します。

パンパスグラスは神代植物園で長年見てきましたが、この絵にあるように、一塊で植えられているイメージしかありませんでした。
前回の記事で、ススキは昔はススキの原であった様子について記述しましたが、外国産であるパンパスグラスは原産地ではいったいどのような様子なのか知りたくなりました。
パンパスと名前が付いているように、南米アルゼンチンを中心とする草原で生えている様子の写真がありましたので参考までに示します(図2)。

出典:Franz Xaver, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>,
via Wikimedia Commons
やはり、植物園で展示用に一塊として生えているのと違い、日本のススキと同じように広く地面を覆ってパンパスグラスの原を形成していることがわかりました。背丈は違いますがススキ野そっくりですね。
(2)歌川広重がススキを描いた浮世絵の追加情報
1)《木曽街道六拾九次之内・小田井》
記事<植物画とは何か>補遺で、歌川広重の下記浮世絵を紹介しました。再掲載します。

出典:筆者撮影
このススキが原を描いたこと自体が、いかに広重が革新的な画家か、そして伝統的な日本絵画というよりも西洋絵画的であるかということを指摘しました(詳しくは前記事をご覧ください)。
参考までに、ボストン美術館所蔵の異なる刷りの例を下に示します。

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
以下、歌川広重の作品を別の視点で調べていたところ、いくつかススキを描いた浮世絵を見つけたので追加として紹介します。寸評も併せて示します。
2)《江戸近郊八景之内 玉川秋月》

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
寸評:大きく描いた満月を除けば、「すやり霞」が一つもなく日本画感がない。また土手に立つ作者の視点からの光景とみなせば、遠近感は西洋風景画と同じである。 誇張した満月に加え、ススキと柳が風に揺れる描写がわずかに東洋絵画風か。

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
寸評:近景、中景にススキ野が拡がる。すやり霞はなく、ススキや松のやまと絵風の描写と人物よりも高い位置からの俯瞰構図を除けば西洋絵画と同じ。
3)《東都名所 Dokanyama mushi kiki no zu》

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
寸評:坂道に生えているススキをうまく配置し、今はその風習が無い虫の音を聴く風習の風雅さをよく伝えている。満月が出る地平線の位置から、坂の途中に作者が立っていることが分かり、遠近法的に人物の相互位置関係の破綻がない。

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
寸評:富士三十六景は広重の最晩年の作品である。しかも、葛飾北斎の《富嶽三十六景》とモティーフが重なるために、遠慮して北斎死後に刊行された。
北斎と差別化するために工夫を凝らしている。北斎の風景画の場合、植物は極端にデフォルメされているが、この絵では、いつもの空中からの俯瞰構図ではなく、草丈よりも低い視点をとっている。草花はデフォルメされていないが、写生ではなく、やまと絵風描写の秋の七草をひとまとめにした束を近景から奥へ配置させており、着物の柄を見るようだ。奥へ誘導された眼は、さらに霞の上の山脈の真ん中にそびえる富士山に誘導される。富士の大きさと傾きは実際より誇張されているが、それは人間の眼で感じる大きさ、傾きに近い。

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
寸評の替わりに、山梨県立博物館の解説を引用します。
武蔵野は、『万葉集』の「武蔵野はつきの入るべき山もなし草より出でて草にこそ入れ」を意匠化した「武蔵野図」として古くから描かれてきた。地平線まで続く寂寞とした草むらの中に、昇り始めた満月と富士が見えるというのが定型であるが、本図には月が見られない。闇に沈んだ草原に色はなく、シルエットとなった秋草と雁の群れが墨で表され、もの悲しい冷涼な秋の風情を醸し出している。
博物館資料のなかの『富士山』
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/4th_fujisan/02funi/4th_fujisan_02funi_25.htm
前記事の中で、言及したように、江戸時代以前の日本の風景はススキが原ではなかったかと推測しましたが、まさに上記解説文に記述された「武蔵野」の風景そのものだったという訳です。
すなわち、徳川幕府が治水を行う前の武蔵野は、ほとんど人が住めない草原だったというわけです。
ただ、この解説文では昔から「武蔵野図」が意匠化されて描かれてきたとのことです。「地平線まで続く」という表現が気になります。はたして、広重のように、中景、遠景が描かれているのか、それとも、近景だけの伝統的な描写なのか、確かめる必要が生じました。今後の宿題にいたします。
(3)歌川広重がススキ以外の秋の草の原を描いた浮世絵の紹介
歌川広重の作品を調べている中で、ススキ以外の秋草を描いている作品も見つかりました。以下簡単に紹介します。
🔳萩を描いた作品
1)《近江野路と玉川》

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
2)《諸国六玉川 近江野路》

Colbase
絵画的には、基本的にススキの浮世絵と同じ評価になります。実際の萩と比べるために、先月外に出かけた時の写真を下に示します。

🔳葦を描いた作品
1)《木曽海道木曽海道六拾九次之内・洗馬》

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
寸評;ススキを描いた図3,4と同じ「木曽海道六拾九次之内」と同じシリーズの一枚である。そこで近景から遠景まで同じように葦が描かれている。
2)諸国六玉川 陸奥野田之玉川

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
3)《東都 月の三景》

出典:wikimedia commons, public domain
寸評:低い視点から、密生した葦を描く
4)《東都三十六景 中州三ツ俣》

出典:wikimedia commons, public domain
寸評:中洲の葦の描写、少し機械的で単調である。煙から判断すると無風のため、茎の曲がりを避けたためか。なお視点は、従来の俯瞰構図。
5)《富士三十六景 さがみ川》

出典:浮世絵検索 https://ja.ukiyo-e.org/
寸評:図15と同じく、低い視点で葦の群生を描く。目を引くのは、近景の葦を画面いっぱいに描き、鳥を飛ばしていることである。これも、北斎の《富嶽三十六景》に対する差別化か。
なお、図16と同じく、煙から判断すると無風だが、葦の茎は機械的ではなく微妙な曲げをいれて単調さを避けている。
6)《冨士三十六景 . 東都佃沖》

出典:wikimedia commons, public domain
寸評:図17と同じシリーズなので、北斎とは異なる広重らしさを出している。葦の群生の描写は、やまと絵の様式化、意匠化を棄てて、まるで西洋絵画の写実的描写に変化している。すなわち、群生の立体感が強調されていて驚くほど現代的である。
広重が描いた川や海辺ではありませんが、先月確認に訪れた昭和記念公園の池に群生している葦を観察したので、写真を下に示します(図19、20)。

図17に見られるように、驚くほど広重は葦の特徴を捉えていると思いませんか?

なお、池の北方部に菖蒲田があり、遊歩道から南の方向を撮影したのが図20です。
手前からススキ、菖蒲田、その先の秋草の原、さらにその先に葦の原、そして池の水面、はるか先に池の周囲の紅葉した樹木が見えます。
菖蒲田を区画整理されていない昔の畔の田んぼに見立てると、まるで広重が描く江戸時代の風景(図3、7)に見えてきたのは言い過ぎでしょうか?
以上、ススキ、萩、葦が描かれた広重の浮世絵を見てきましたが、これらの絵も含めて、なぜ江戸時代の浮世絵、特に限られた絵師がフランスの画家達に影響を与えたのか、従来解説されている理由に加えて、ここ数年こだわって記事にしてきたいくつかのトピックが理由として繋がってきたので、改めて別の記事にしたいと思います。
(おしまい)
次回に続く。
前回の記事は、下記をご覧ください。
