中国地方スーパー、逆襲の構造【第2回】14店舗で235億元、胖東来の「利益の分け方」を解剖する
序
前回は、全国チェーンが撤退した売り場を地方チェーンが飲み込んでいく構図を、比優特と家家悦という二社の事例から見てきた(第1回は下記のリンクをご覧ください。)。
物件と物流を軸にした「機動戦」と「陣地戦」、手法は違えど、どちらも後方の供給網を鍛えることで地方の覇権を築いた企業である。
今回取り上げるのは、同じ「地方の強さ」でも、まったく別の武器を持つ企業である。物流でも店舗数でもなく、従業員への利益配分と自社PB商品の開発力そのものを競争力に変えている、河南省の胖東来である。

01.14店舗で235億元——なぜ誰もがこの会社に学びたがるのか
河南省の許昌と新郷、二つの地方都市に合計14店舗しか持たない胖東来(パンドンライ)は、2025年にグループ売上高235.31億元(約5530億円)を記録した。
内訳は総合百貨店が6店、食品を中心とする中型のコミュニティスーパーが7店、専門店が1店という構成で、日本の百貨店と食品スーパーを合わせたような業態を、自社の中央厨房と2か所の物流センターで支えている。
単純に店舗数で割ると、1店舗あたりの年間売上高はおよそ16.8億元(約395億円)に達する計算になる。数百店規模を展開する全国チェーンの多くが束になっても届かない収益力を、わずか14店舗だけで実現していることになる。

この数字の大きさこそが、永輝スーパーや中百集団など、業績不振に苦しむ大手が2024年以降、相次いで胖東来詣でを行い、大規模な店舗改装に乗り出した理由である。
胖東来の店舗は、もはや単なる買い物の場ではない。
週末になると近隣の省からわざわざ観光バスを仕立てて訪れる客が後を絶たず、商品を眺めて記念撮影をするだけで買わずに帰る客がいても、従業員は嫌な顔一つ見せないという逸話が繰り返しメディアで紹介されている。
国営通信社の新華社が自社開発の農産品ブランドをわざわざ特集記事で取り上げたように、胖東来はいまや一企業の枠を超え、中国の小売業界全体が参照する社会的な現象になっている。

それだけに、この会社の何を真似れば結果が出るのかという問いは、多くの経営者にとって切実である。
02.内装を真似た二社は、なぜ黒字化しないのか
ところが、結果はすでにはっきりしている。
永輝スーパーは2025年に315店舗を改装し381店舗を閉鎖したが、資産の廃棄損や休業中の減収が響き、通期の純損失は21億元(約494億円)規模に拡大する見通しとなった。5年連続の赤字であり、累計損失はすでに100億元(約2350億円)を超えている。
中百集団も胖東来と商品情報を共有しながら仕入れの見直しを進めているが、2025年12月期の売上高は82.83億元(約1947億円)にとどまり、純損益は9.57億元(約225億円)の赤字に拡大した。店舗の内装や陳列を胖東来に似せることは、両社ともすでに実行済みである。それでも収益は改善していない。

永輝スーパーや中百集団が実際に真似たのは、天井の高さを抑えて照明を柔らかくした売り場設計、商品カテゴリーごとに区画を整理する陳列手法、試食コーナーの増設、レジ待ちを減らすための人員配置といった、目に見える部分である。
これらは胖東来の店舗を訪れれば誰でも観察でき、写真や動画でも確認できる。だからこそ多くの企業が「これなら自社でもできる」と考え、短期間で改装に踏み切った。
しかし、内装や陳列という目に見える部分をどれだけ精密に再現しても、財務諸表に表れる収益力の差は縮まっていない。
03.胖東来は手の内を隠していない、それでも真似できない
ここで見落とされがちなのは、胖東来自身が、自社のやり方を隠していないという事実である。
同社は2023年から2024年にかけて、永輝スーパー、歩歩高、嘉百楽の3社を無償で支援し、直接的な支援費用だけで8300万元(約20億円)を投じた。2024年には自社PB(プライベートブランド)商品を外部企業に供給し、4.04億元(約95億円)分の売上を生み出す支援も行っており、2025年にはこれを15億元(約353億円)規模まで拡大する計画を掲げている。

つまり永輝スーパーや中百集団が直面しているのは、情報を教えてもらえないという問題ではない。教わったことを、自社の組織のなかで再現できないという、もっと厄介な問題である。
04.利益の半分を社員に——「信頼」を制度に落とし込む
胖東来が本当に強いのは、店舗の見た目ではなく、社内の利益配分と人事制度の設計にある。
創業者の于東来氏は、時間外労働を「他人の成長機会を奪う不道徳な行為」と位置づけ、2021年から従業員に年40日の有給休暇取得を義務化し、違反者には罰則を科してきた。2026年6月には、配偶者や子どもを事故で亡くした場合に1年間の有給休暇、両親や配偶者の両親を亡くした場合に1か月の有給休暇を新設する方針まで示している。
取材に応じた于氏は、社員が心から幸福で善良でなければ、顧客に良い商品もサービスも届けられないと繰り返し語っており、この発言は国営メディアの人民日報が同氏に単独インタビューを行うほど、中国国内でも一つの経営思想として注目されている。

利益配分についても、于氏は今後、年間利益の50%を従業員への賞与、残り50%を株主還元に充てると明言しており、実際に2024年度には12人の店長だけで合計2.4億元(約56億円)の賞与を受け取ったと報じられている。一人あたりに換算すればおよそ2000万元(約4.7億円)であり、一般的な中国のスーパー店長の待遇とは桁が違う。
この設計は、単なる「良い会社」であることのアピールではない。従業員が高い待遇と裁量を与えられているからこそ、売り場での判断や商品への目利きに手を抜かず、それが自社PB商品の開発力に直結するという、一本の線でつながった経営システムである。
05.店を増やさず、商品と仕組みだけを全国に広げる
胖東来の自社PB商品は現在、売上全体の約30%、100以上のSKUを占めるまでに育ち、于氏は今後3年で自主品牌比率を50%超に引き上げる計画を語っている。2025年第1四半期には、自社PB商品群「DL」だけで17.6億元(約414億円)を売り上げ、前年同期比42%増という、本体の成長率を上回るペースで伸びている。

興味深いのは、胖東来自身は「永久に上場しない」と明言し、店舗数の拡大にも慎重な姿勢を崩していない点である。その代わりに、「胖永輝」「胖物美」といった他社の改装店舗にDL商品を供給する形で、2025年中に100都市への展開を目指すという、身軽な形での全国化を選んでいる。店を増やさずに、商品と仕組みだけを全国に広げるという発想は、資本市場から資金を調達して急拡大する中国小売の主流パターンとは、明確に一線を画している。
06.自社PB商品という武器は、胖東来だけの話ではない
この現象は、胖東来一社の特殊事情ではない。
山東省の家家悦も、自社PB商品・留め型商品の売上構成比を2025年に15.59%(約26億元、約611億円)まで引き上げており、地方の有力チェーンにとって自社PB商品は、もはや粗利を補う脇役ではなく、成長そのものを牽引する主力事業になりつつある。
一方で、東北の比優特のように「東北の胖東来」と呼ばれる企業もあるが、比優特の強さの中心は物流と仕入れ構造の効率化であって、胖東来のように従業員への利益配分そのものを競争力の源泉にしているわけではない。同じ「地方の有力チェーン」というくくりの中でも、何を武器にしているかはまったく異なるということを、この二社の対比は示している。
永輝スーパーや中百集団のように、大規模な既存組織を抱えたまま同じ方向転換を試みる企業にとっては、店舗美観の模倣よりもはるかに難しい課題が残されている。
07.なぜ大企業ほど、この転換は難しいのか
永輝スーパーはピーク時に全国で1000店を超える規模を展開し、数万人の従業員を抱える組織である。
胖東来のように14店舗、限られた人数の組織であれば、経営者の目が一人ひとりの店長にまで届き、賞与配分や人事評価も経営者の裁量で即座に変えられる。
しかし永輝スーパーや中百集団のように、数百店・数万人規模まで膨れ上がった組織で評価制度や賞与体系を一から作り替えるには、既存の人事制度、労働組合、地域ごとに異なる雇用慣行との調整が避けられず、店舗の内装を変えるのとは比較にならない時間がかかる。
永輝には2024年に中国の雑貨チェーン大手・名創優品(MINISO)が62.7億元(約1473億円)を投じて筆頭株主となり、経営再建への関与を強めているが、資本を入れ替え、店舗デザインを一新することは比較的短期間でできても、于東来氏が30年かけて磨き上げてきた人事制度の水準まで作り替えることは、資本の移動だけでは実現しない。

組織の規模が大きいことそのものが、胖東来型の改革を難しくしているという逆説がここにある。胖東来が無償で情報を渡しても模倣が難しいのは、まさにこの部分が、マニュアル化して渡せる性質のものではないからである。
08.売り場ではなく、利益の分け方を真似せよ
日本の食品・飲料メーカーがここから読み取るべき論点は二つある。
一つは、中国の有力チェーンにおける自社PB商品の拡大が、単なる低価格帯の代替品ではなく、独自の商品開発体制を持つ「もう一つのブランドオーナー」としての存在感を強めているという点である。棚を奪い合う相手として見るだけでなく、技術力や品質管理力を提供するOEMや原料供給のパートナーとして関係を築ける余地も同時に広がっている。
もう一つは、胖東来が示しているのが、突き詰めれば「信頼をどう資産化するか」という経営思想であり、これは中国市場に限らず、メーカーが顧客との関係を作るうえで避けて通れない論点だという点である。
日本企業が中国で自社ブランドの信頼を築こうとするときも、値引きやキャンペーンといった短期的な施策だけでなく、店頭に立つ従業員や取引先にどれだけ裁量と利益を分け与えているかが、最終的に顧客が感じる「安心して買える」という感覚に跳ね返ってくる。
売り場を真似ることは誰にでもできるが、利益をどう分け、誰の判断にどこまで任せるかという設計は、一朝一夕には移植できない。
胖東来が証明しているのは、14店舗という小さな規模のままでも、利益配分と人材育成に本気で向き合えば、数百店規模の全国チェーンより高い収益力を実現できるという、中国小売業にとってはむしろ逆説的な事実である。
永輝スーパーや中百集団がこの先どこまで組織を作り替えられるかは、まだ結論が出ていない。次回は、成都の紅旗チェーン(Hongqi Chain)と武漢の中百集団という対照的な二社を通じて、「地方で強い」というだけでは説明できない、勝敗を分ける最後の要因を見ていく。
References
胖東来集団に関する公開決算情報(2025年集団売上高235.31億元等)、2025〜2026年、企業公開情報
每日经济新闻「学习胖东来学了1年多,两个"徒弟"怎样了?永辉、中百报告:半年预计亏损都超过2亿元」2025年7月、経済メディア
36氪「学习胖东来20个月后,永辉超市2025年预亏超21亿元」2026年1月、経済メディア
电商派「于东来:胖东来自有品牌销售额已达11亿元」、業界専門メディア
36氪「解码胖东来,年营收170亿的核心密码?」2025年3月、経済メディア
前瞻经济学人「12名店长共分走2.4亿!于东来放话:未来胖东来每年利润50%给团队发奖金」、業界専門メディア
家家悦集団股份有限公司「2025年度決算報告書」2026年、上場企業公式決算資料
中百控股集団股份有限公司「2025年度決算報告書」2026年、上場企業公式決算資料
新浪财经/中国基金报「重磅收购!名创优品将成永辉超市第一大股东」2024年9月、経済メディア
筆者紹介
厳 偉(Wayne Yan)
株式会社コーポレイトディレクション上海オフィス 副総経理
日中食品経営研究会 発起人・主宰
FBIF食品飲料イノベーションフォーラム 日本研究首席戦略アドバイザー
中国飴酒会Ideas新商品イノベーションコンテスト 審査員
複数の日本大手食品企業 中国事業戦略アドバイザー
【日本企業向け】
市場参入の道筋づくりから、商品の現地適応、チャネル戦略の設計までを一貫して支援。試行錯誤のコストを抑え、意思決定のリードタイム短縮に寄与します。
【中国企業向け】
日本企業の経営思考や商品開発の方法論を読み解き、日中食品経営研究会やCDI東京本社のネットワークも活かしながら、両国企業間の具体的な事業提携や資本連携を橋渡しします。

日中食品経営研究会
日中食品産業の経営層が「顔の見える対話」を重ねる、中国国内唯一のハイエンド私的勉強会です。
本会は、株式会社コーポレイトディレクション上海オフィス副総経理 厳偉の発起により、上海公共政策研究センター理事長で前復旦大学日本研究センター副主任の張浩川教授、マカオ城市大学社会心理学専門家の法卉博士とともに立ち上げました。「産学連携」を土台に、業界の最前線で起きている変化を経営視点で読み解く場を目指しています。
毎月開催するクローズドの会合には、実質的な経営判断を担う方のみご参加いただけます。これまでに、ハウス食品、ヤクルト、カルビー、キリン、明治、味の素、サントリー、グリコ、亀田製菓、キューピー、日東紅茶、AGF、カゴメ、伊藤食品、インダスソース、三井物産といった日本を代表する食品・流通企業のトップマネジメントが参加。中国側からは、妙可藍多、スターバックス、メトロ、HotMaxx(好特売)、莫小仙、水獺吨吨、松鮮鮮、零食有鳴、鳴鳴很忙、叮咚買菜などの経営陣、そしてニールセンIQ、小風景科技、高岩科技といった業界関係者が出席しています。
定例会に加え、工場見学や日本への視察ツアー、テーマ別座談会なども随時実施。公式WeChatでは、日中両言語で業界動向と経営事例を発信しています。
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