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読書ノート|『「滅びと生きる」宮崎県椎葉村における種間関係の動態』第Ⅱ部・第5章「大型囲いワナが椎葉村に設置されるとき」精読

口上

第5章は、サル害という攪乱に応答して、椎葉村に「大型囲いワナ」が導入されるプロセスを追った章です。罠という技術(モノ)と、行政・研究者・猟師・住民(ヒト)、そしてサル(他種)が、同じ現場で結び直されていく。その「絡まり合い」が微細な語りと観察で立ち上がってくるのが面白い。サル害対策の機具導入という一見テクニカルな話題が、祟り、費用負担、手仕事、地域関係、政策、学知の翻訳までを巻き込みながら、ひとつの「地域実装(ローカライゼーション)」になっていく様子が描かれます。



書誌と作者紹介(最小限・更新版)
• 書名:『「滅び」と生きる――宮崎県椎葉村における種間関係の動態』
• 著者:合原 織部(法政大学人間環境学部 講師、博士〔文化人類学〕)
• 出版社:京都大学学術出版会
• 刊行:2025年5月/A5上製・約280頁/定価3,740円(税込)/ISBN 978-4-8140-0591-8。出版社公式note・CiNiiで書誌情報が確認できます。  

要約(章全体)

• 導入の背景
椎葉村ではサル害が深刻化する一方、サルの祟りの伝承が根強く、猟師がサルの殺処分を避ける傾向があり、捕獲は進みにくかった。そこで2014年、村はサル専用の大型囲いワナ(以下、囲いワナ)を導入し、新しい捕獲法に踏み出す。  
• 研究機関による開発と普及
囲いワナは霊長類研究機関日本モンキーセンターが、サルの群れ行動という生態に着目し、群れをまとめて捕獲できるように設計・開発した。現在、この方法は「モンキーセンター方式」と呼ばれ、研究員らが全国の猿害地域で使用法を伝えることで普及した(九州では元研究員の竹下氏が普及に関与)。    
• 行政と地域の導入プロセス
囲いワナ導入に際し、役場と猟師が延岡市に視察し、設置・運用方法を学んだ(延岡では2011年頃から実践)。普及は先行地の見学→地域の自作という手順で進み、サイズや資材は地域ごとに微妙に異なる。    
• 設置と費用・担い手
2014年9月、松尾地区で設置が実現。大型囲いワナはTさんの発案・調整で話が動き、旧岩宿集落の人びとが対策を話し合った。材料費約80万円は、近隣住民で負担した事例も報告される。別の集落(野地)ではA.K.さんが製作の中心となった。      
• 運用上の注意と倫理性
囲いワナは効率的だが、地域個体群の絶滅リスクや、捕獲後に残された個体・隣接集団の動態を観察しつつ慎重に使う必要が強調される。  
• 制度的コンテクスト(章の外側の補助文脈)
国は特定鳥獣保護・管理計画(ニホンザル編)ガイドラインを2024年に改定し、加害群れへの全頭捕獲を含む管理の強化と、地域個体群の保全(連結性の維持)を併記。都道府県は第二種特定鳥獣管理計画で個体数調整・防除・モニタリングを実施する。囲いワナ導入はこうした政策の射程にも位置づく。  

詳細版・章内見出しに沿った要約(丁寧め)

・はじめに

椎葉ではサル害対策の遅れの背景に「サルの祟り」の語りがあり、猟師が殺処分を避ける傾向があった。2014年、村はサル専用の大型囲いワナを導入し、従来の箱ワナや括りワナを超える群れ捕獲の試みを開始する。    

・国や県によるサルの個体群管理と椎葉村におけるサルの捕獲

サルの個体群管理は法制度のもと各県で計画的に進み、椎葉でも有害鳥獣捕獲が政策的な位置づけの中で実施される(本章の冒頭部)。  
(補助文脈)2024年の国ガイドライン改定は、高加害群の優先的抑制と地域個体群の保全を両立させる方針を明示。都県は5年スパンの管理計画で個体数調整を進める。  

・研究機関による大型囲いワナの開発

日本モンキーセンターが霊長類学の知見を踏まえ、群れ行動を利用して効率的に捕獲できる囲いワナを開発。方法は**「モンキーセンター方式」と呼ばれ普及。九州では元研究員が普及に関与し、現在は先行地の視察→地域の自作が一般的。機具は地域ごとに寸法・資材が微妙に異なる(自作)。運用は隣接群・残存個体への影響**を見ながら慎重に。        

・大型囲いワナの設置と利用

2014年9月、松尾地区の旧岩宿周辺で住民が対策を検討。Tさんらの尽力で設置が実現。別の設置地(野地集落)ではA.K.さんが中心となり、材料費約80万円を近隣で拠出して製作した例がある。導入前には延岡市で設置・運用の視察を行い、使い方を学んでいる。        

・大型囲いワナが椎葉村に設置されるとき

役場—猟師—住民—研究者が、各自の思惑や倫理、労力、費用負担を調整しながら**技術を地域化(ローカライズ)**していく過程自体が、本章の観察対象。効率・管理・安全・信仰・共同の手間が、一台のワナの周りでせめぎ合う。    

論点整理(ポイント別)

1. 「効率」の知と「関係」の知

• 研究機関は機能性・効率性からワナを設計(群れ行動の利用、全頭捕獲の可能性)。  
• 地域は祟りや近隣関係、費用・労力分担、農地の位置、道路事情など、社会的・情動的な次元も含めて導入・運用を決める。    

2. 制度の“枠”と現場の“手”

• 県の管理計画/国ガイドラインは「全頭捕獲」等の手段も含めうる一方、地域個体群の連結性の配慮も要請する。  
• 現場では先行地の視察→地域で自作という“手しごと”の回路で技術が回る。    

3. 倫理:殺処分の忌避と共同体の了解

• 祟りの語りが殺処分の回避を強め、対策の選択を揺らす。囲いワナは距離化された殺しの技術でもあり、共同体の合意形成が鍵。  

4. リスク管理:捕り過ぎと“空白化”

• 囲いワナは強力。局所的な個体群消失や周辺群の攪乱に注意。モニタリング前提の慎重運用が不可欠。  

5. 翻訳とエスノグラフィ

• 「モンキーセンター方式」という学知が、「祟り」や出費・労力などの生活世界の文法へと翻訳される過程を、章は丁寧に可視化する。    

用語解説(やさしめ)

• 猿害:サルによる農作物被害や生活被害の総称。
• 大型囲いワナ:金網や鉄パイプ等で作る大きな囲い。群れで入ってくるサルの習性を利用し、まとめて捕獲する。地域で自作され、サイズ・資材は土地ごとに異なる。  
• モンキーセンター方式:日本モンキーセンターが霊長類学の知見に基づき設計・指導した囲いワナの捕獲法。  
• 全頭捕獲(群れの全捕獲):加害性の高い群れを一挙に捕る管理オプション。計画や連結性への配慮とセットで検討される。  
• 第二種特定鳥獣管理計画:都道府県が作る5年程度の管理計画。個体数調整・防除・モニタリングなどを実施。  
• 要配慮地域/連結性:個体群同士のつながりが弱い地域は、捕獲で絶滅リスクが高まる可能性があるため、配慮が必要。  

批判分析(厳密モード)

1. 「効率」の倫理化

囲いワナは効率が圧倒的に高い。だが「効率」だけで評価すれば、局所絶滅を招くリスクがある。章は、研究側も慎重運用を強調していることを示す(残存個体・隣接集団の動きの観察とセット)。ここはガイドライン(2024)がいう「加害群の抑制」と「地域個体群の保全(連結性)」の二重課題と整合的であり、現場の注意と制度の更新が噛み合っていると評価できる。    

2. 技術の“地域実装”=翻訳としての導入

普及は先行地視察→地域で自作という回路で進む。製作・設置・見回り・餌慣らし・清掃など、持続的な手間を誰が担うかが、実は技術の可否を左右する。80万円規模の材料費を近隣で拠出する例は、技術が共同体の投資になっていることを示す。この「翻訳可能性(translatability)」こそが成功条件で、単なる“配備”ではない。    

3. 文化的文脈(祟り)と政策的言語(管理)の“二重音声”

祟りの語りは、殺処分の忌避という行動を通じて、結果的に「捕獲手段の選択」に影響する。宗教的・感情的次元を軽視すると、現場は動かない。章は情動的交渉としての罠(人とサルの関わりを作り変える装置)を描いており、これは著者の学術論文でも理論化されている(「大型囲いワナが生み出す人間-サルの情動的交渉」)。    

4. 設計思想と結果の不確実性

囲いワナは「群れで入る」設計だが、“入らない群れ”もありうる。設置場所・導線・餌付け・学習による回避などの要因で成果は揺れる。章の記述(先行地視察や自作の違い、地域ごとの資材差)は、設計→運用→改善の循環が不可欠であることを示す。    

5. 「害獣」言説の再配置

囲いワナは被害軽減の強い手だが、同時にサルを**“管理対象(resource/risk)”に再定義**する力を持つ。椎葉では祟り・山神・共同体の了解が重なり、単純な“害獣”化が免疫される余地がある。章が描くのは、テクノロジーが価値観も再編する現場のゆらぎである。

まとめ(未読者向けオーバービュー)

この章は、霊長類学の知が産んだ捕獲技術(囲いワナ)が、制度(国・県の管理計画)と地域(祟り・費用・人間関係)に翻訳され、再配線されていく過程の民族誌です。
2014年の導入決定、先行地視察、自作・設置、費用負担、慎重運用の倫理まで、一台の罠が「人とサルの関係」を再編するダイナミクスが描かれます。読後に残るのは、「技術は中立ではない」という実感と、効率と関係性の両立を求める現場の知の厚みです。        

参考文献・出典(抜粋)

• 合原織部『「滅び」と生きる――宮崎県椎葉村における種間関係の動態』京都大学学術出版会、2025年。本文(第Ⅱ部・第5章)に拠る。(本文引用は各所にインライン出典)
例:2014年導入決定の記述、モンキーセンター方式の説明、設置費用・担い手、慎重運用の指針など。        
• 京都大学学術出版会「公式note:『「滅び」と生きる』(2025/4/25)」、書誌・紹介。  
• CiNii Books 書誌情報(刊年・ISBN)。  
• 環境省「特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(ニホンザル編)」2024/5/31 改定。  
• 山形大学プレスリリース「ニホンザル個体群間の『つながり』マップ」2012/11/10(個体群連結性の考え方)。  
• 合原織部「大型囲いワナが生み出す人間-サルの情動的交渉」(『文化人類学』89巻1号, 2024)—本章と密接な学術論文。  



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