【第88回】ビジネス書との出会い:アクセルとブレーキを同時に踏んでいないか?『なぜ人と組織は変われないのか』
この**【ビジネス書との出会い】**シリーズでは、私が出会い、人生やビジネスの視点を変えるきっかけとなったビジネス書を、毎回1冊ずつレビュー形式でご紹介していきます。
書籍と著者
本日ご紹介するのは、ハーバード大学教育学大学院教授ロバート・キーガン氏とリサ・ラスコウ・レイヒー氏による『なぜ人と組織は変われないのか ― ハーバード流 自己変革の理論と実践』(原題:Immunity to Change: How to Overcome It and Unlock the Potential in Yourself and Your Organization)です。
本書は、単なる精神論やノウハウ本ではありません。 「人はなぜ、自らの利益になると分かっている変化ですら、拒絶してしまうのか?」 この謎を、人間の発達心理学に基づいて科学的に解明した、変革のための「手術書」です。
導入:意志の弱さではない。「免疫」の強さだ
「部下の話をもっと聞く上司になりたい」 そう目標を立てても、気づけばまた部下の話を遮り、指示を出してしまう。 私たちは自分を責めます。「なんて意志が弱いんだ」と。
しかし、著者は否定します。 「あなたが変われないのは、意志が弱いからではない。むしろ、あなたの『裏の意志』が強固だからだ」
私たちは、アクセル(変わりたい)を全力で踏みながら、無意識のうちにブレーキ(変わりたくない)も全力で踏んでいるのです。 このブレーキの正体こそが、本書のテーマである「変革を阻む免疫機能(Immunity to Change)」です。
本書の核:免疫マップを作る
この免疫機能を解除するには、自分の心の中にある「地図(マップ)」を書き出す必要があります。 本書の核心となる4つのステップを見てみましょう。
改善目標(アクセル):
「部下の話をちゃんと聞くようになりたい」
阻害行動(ブレーキ):
「つい話を遮る」「自分の意見を押し付ける」
裏の目標(免疫):
ここが最重要です。阻害行動をすることで、あなたは「何」を守っているのでしょうか?
「主導権を失いたくない」「無能だと思われたくない」「解決できない事態に直面するのが怖い」
つまり、あなたは変わりたい一方で、「自分の有能さや安全を守りたい」という裏の目標にコミットしているのです。
強力な固定観念(前提):
「もし部下の話を聞きすぎると、私はリーダーとしての威厳を失うだろう」
この思い込みが、免疫システムのスイッチを入れています。
実践:自分を実験台にする
この「免疫マップ」が完成すると、景色が一変します。 自分が変われなかったのは、サボっていたからではなく、「自分を守るために必死に戦っていたからだ」と気づくからです。
では、どうすれば変われるのか? それは、第4のステップである「強力な固定観念」が、本当に正しいかどうかをテストすることです。
実験: 次の会議で、あえて5分間だけ沈黙し、部下の話を聞いてみる。
検証: 実際に威厳は失われたか? 現場は混乱したか?
小さな実験を繰り返すことで、脳は「あ、ブレーキを外しても死なないんだ」と学習します。 その時初めて、免疫システムは解除され、アクセルだけで進めるようになるのです。
「技術的」な問題と「適応」を要する課題
著者は、問題を2つに分けます。
技術的な問題: 知識やスキルで解決できること(例:PCの操作を覚える)。
適応を要する課題: 本人の価値観やマインドセットを変えないと解決できないこと(例:リーダーシップの変革)。
現代のビジネスにおける行き詰まりの多くは、後者です。 しかし、私たちはつい「研修」や「マニュアル」といった技術的な解決策でごまかそうとします。 自分の内面にある「裏の目標(恐怖)」と向き合わない限り、どんなに素晴らしいスキルを学んでも、免疫システムがそれを弾き返してしまうのです。
まとめ:変革とは、自分の一部を「死なせる」こと
変化が怖いのは当たり前です。 それは、今のあなたを支えてきた「成功法則(固定観念)」を手放すことだからです。
しかし、成長とは「今までの自分を否定し、より複雑で器の大きい自分へと脱皮すること」です。 アクセルとブレーキの両方を踏み続けて、疲弊するのはもう終わりにしましょう。 ブレーキの足元を覗き込めば、そこには「怖がっている自分」がいます。 その正体を知ることが、本当の変革への第一歩です。
▼ 合わせて読みたい(過去の連載より)
『なぜ人と組織は変われないのか』で学んだ「変化への免疫機能(アクセルとブレーキの矛盾)」の正体を理解し、その強力なブレーキを外して自己変革を達成するための必読リストです。
【第76回】『マインドセット「やればできる!」の研究』 [選定理由:ブレーキの根本原因] 私たちが「変わること(失敗すること)」を極度に恐れ、無意識に強力なブレーキを踏んでしまう理由。それは「自分の能力は固定されていて、失敗すれば無能がバレる」と信じ込む『硬直マインドセット』にあります。心の免疫機能の正体を暴き、それを解きほぐすための必読書です。
【第83回】『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』 [選定理由:組織の免疫を解除する] 個人だけでなく「組織」が変われない最大の理由は、変わろうとして失敗した際、あるいは「裏の目標」を告白した際に罰せられるという恐怖です。自己保身という免疫を手放し、チーム全員で変革に向かえる『心理的安全性』の高い環境づくりが学べます。
【第21回】『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』 [選定理由:2つの「意志」の科学] キーガンの言う「変わりたい(アクセル)」と「変わりたくない(ブレーキ)」の葛藤は、脳科学における「システム2(理性)」と「システム1(直感・本能)」の衝突そのものです。人間の脳がいかに現状維持バイアス(損失回避)を好むかが、行動経済学の視点から完全に理解できます。
【第135回】『習慣の力〔新版〕―いたる場所で次々と成功を呼び起こす思考の構成』 [選定理由:変革を自動化する] 「免疫マップ」を作り、自分の心のブレーキ(裏の目標)の存在に気づいた後、では具体的にどう行動を変えればいいのか。気合や意志の力に頼るのではなく、脳のメカニズムを利用して新しい行動を「自動化(習慣化)」する技術を教えてくれる、極めて実践的な一冊です。
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