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詰まりの正体は、能力のせいじゃなかった。

朝から、全部止まった


NotionAIに指示を出そうとしたら、制限がかかっていた。

「は?」

そこから、全部止まった。


Notionは間違いなく、宝の山だと思っていた。自分の思考、感情、過去のログ、全部放り込めば、記事のネタが無限に出てくる。昨日、それを体感したばかりだった。


でも、AIという重機が止まった瞬間、宝の山はただの掘り出せないガラクタに変わった。


ふざけんなと思って、ChatGPTとGeminiに投げた。
これは良いミスだとかぬかすChatGPTと、平謝りのGemini。
答えが返ってくるたびに、そうじゃねえよ!という感覚だけが積み上がっていった。


なんとかこちらからNotebookLMを代案として出す。2AIからは微妙な返事。

Notionはミニマル運用してたんだから、なんとかなるんじゃねぇの!?
ってか、すぐ使えなくなるNotionAIを推したのはお前らだろうが!

だんだんと面倒くさくなってきた。

気づいたら、家事してた。Xも見てた。完全に逃げてた。


NotionのログをNotebookLMに移したのは、夜の20:30過ぎ。ほぼ一日、進んでいなかった。



「AIがいない俺には、何も掘り出せないんじゃないか」


正直、そう思っていた。


フォロワーも少ない。結果も出ていない。うまく回せてないだけだって、どこかで思っていた。


でも今日気づいたのは、それより深いところにある恐怖だった。


AIが止まった瞬間、俺は何もできなかった。行動に移すことすら面倒くさがって、一日逃げていた。
「AIがいない俺には、もう何も掘り出せないんじゃないか」
そんな恐怖と、ただ向き合っていただけだった。


違った。頭が回っていなかっただけだった。道具が止まっただけだった。



できてるのに、詰まってた


外側を見ると、形は作れていた。


ChatGPTを母艦にして、Claudeで書く。
Geminiで温度を確認する。
Notionに思考を外に出す。

役割分担は機能していた。構造は、ちゃんとあった。


でも内側は別だった。


妻の財布から3000円出すかどうかで止まる。
Claudeに「鬱で動けない可能性が考慮されていない」と釘を刺される。
AIに「休め」と言われることへの、皮肉な苛立ち。


できてるのに、詰まってる。その矛盾がずっとあった。



宝の山は、ちゃんとあった


夜、NotionのログをNotebookLMに移した。


面倒くさかった。手動でコピペして、移植して、抜粋させる。AIに丸投げできない作業だった。


でも、やったら出てきた。
材料が、アホみたいに出てきた。
記事のネタが溢れ出した。

宝の山は、ちゃんとそこにあった。
AIが止まっても、消えていなかった。

掘り出せなかっただけだった。


道具が止まっても、一手間かければ動ける。それだけのことだった。



奥歯に挟まってたやつ、取れた


その日、Xで見かけた投稿があった。


「フォロワー数より、誰に何を届けるかのコンセプトが先だ」


過去にも他の人のポストでも見た内容。

でも、今回は違った。それを読んだ瞬間、何かが動いた。奥歯に挟まってたやつが、取れた感じがした。


ビュー数は少ない。でも、刺さっている。
スキ率が異常に高いとChatGPTにも、Geminiにも言われていた。

それでいいんじゃないか。
比較して焦る必要なんて、そもそもないんじゃないか。



詰まりが消えたら、余白が生まれた


ビューは少ないまま。収益もない。


でも、詰まってない。


あの感じが消えた。
気づいたら、前ならイラついていた場面で、少し優しくなれていた。子どもに、母に。

怒らなくていいことで怒らなくなった。


詰まりが処理されると、余白が生まれる。その余白が、一番近くにいる人へ向かった。



Notionがすごいわけじゃない


最後に言う。


Notionが解決したわけじゃない。AIが答えを出したわけでもない。
頭の中にあったものを、外に出しただけだった。
道具が止まっても、別の道具で外に出せた。

宝の山は最初から、自分の中にあった。


詰まりの正体は、能力じゃなかった。道具への依存と、逃げた自分への情けなさだった。


そこに気づいた日の話だ。




結果、ここにたどり着いた。


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