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メンバーインタビュー「事業を通じて、自然保全を社会実装する」共同代表:赤石旺之

こんにちは。ケニア・マサイマラで「生物多様性保全と人間活動の両立」を目指して活動しているWildlife Venturesです。

本記事では、Wildlife Ventures共同代表の赤石旺之を紹介します。
赤石は、大学で生態学のアプローチを中心に野生動物管理学を専攻し、大学院では人と野生動物の軋轢に対する社会科学的なアプローチにて研究してきました。
現在はWildlife Venturesの共同代表として、Wildlife Venturesの経営、事業戦略の策定と実行、法人営業、企業連携、新規事業開発などを担っています。

言い換えるなら、赤石の役割は、描いたビジョンを社会に実装すること。

人と野生動物が共に生きる社会をどう構想し、それをどのように事業として成立させ、社会の中で続いていく仕組みに変えていくのか。
野生動物管理の専門性を持ちながら、なぜ研究者ではなく起業家として自然保全に向き合うのか。
なぜ、自然保全業界の既存のあり方に対し疑問を抱き、ロールモデルの少ないビジネスという手段で社会構造に働きかけようとしているのか。
そして、Wildlife Venturesを通じて、どのような未来を実現したいのか。
赤石自身の言葉で語ってもらいました。

創業期(2023年)の創業メンバーの3人@マサイマラ

これまでのキャリアパス

私は子どもの頃から動物や自然が好きで、最初は本当にシンプルに「動物が好き」「自然を守りたい」という気持ちが出発点でした。

テレビや本で見る野生動物の姿、動物園で出会う生き物たち、自然の中で生きる動物のたくましさ。野生動物の存在そのもの、人間がつくったものではない自然の複雑さや力強さ、人間の都合だけでは測れない世界があることに強く惹かれていました。

その一方、自然や野生動物に関心を持つほど、人間が自然を一方的に開発し、破壊していく現実にも触れるようになりました。
美しい自然がある。そこに野生動物が生息している。その場所が人間の経済活動によって失われていく。
そのことに、子どもの頃から寂しさや疑問を感じていました。

進路を考えるタイミングでもかなり早い段階から「野生動物を学びたい」「自然保全に関わりたい」という軸はありました。大学は東京農工大学の農学部地域生態システム学科に進学し、野生動物管理学を専攻しました。

当時は生態学のアプローチから野生動物や生物多様性の専門家になりたいと考えていました。動物の行動や分布、個体数、生息地の状態を科学的に研究し、将来的には国際機関や国際NGOのような場所で自然保全に関わる仕事ができたらと思っていました。
大学ではカメラトラップを使った調査や、足跡・痕跡の確認、個体数や捕獲量のデータ分析など、野生動物管理に関わるさまざまな実践に触れました。

サークル活動として農工大の「狩り部」に所属していたことも、自分にとっては大きな経験でした。
狩猟というと一般的には趣味やレクリエーションとして見られることも多いかもしれません。しかし私にとっては、狩猟は野生動物管理の一つの実践でした。
増えすぎた野生動物をどう適正な状態に保つのか。
農林業や生態系への影響をどう考えるのか。
捕獲された命を、どのように地域の資源として活かすのか。

そうした問いと向き合う中で、野生動物管理は単に「動物を守る」だけのものではないと感じるようになりました。

たとえばシカの問題があります。
かつては守るべき存在として見られていたシカが、今では地域によって農林業被害や森林植生への影響を引き起こす存在にもなっています。
ただ、だからといってむやみに減らせばいい、という単純な話ではありません。

重要なのは軋轢や生態系への影響を踏まえた上で、どのような状態がその地域にとって望ましいのかを考えることです。野生動物を過剰に増やさないことも、減らしすぎないことも、どちらも管理の一部です。

卒業論文では、シカとイノシシの捕獲量における空間同期解析に取り組みました。地域ごとの捕獲量の推移が、どのような空間的なパターンで連動しているのかを分析する研究です。捕獲量というデータから、野生動物の個体群動態や地域間の関係性を考えるようなテーマでした。

野生動物が映るカメラトラップを確認している学生時代の赤石

生き物の生態や分布を、データから読み解いていく。
地域ごとの変化を比較し、そこにどのようなパターンがあるのかを考える。
動物の存在を、感覚だけでなく科学的に捉える。

自然科学の面白さを強く感じていました。
ただ、大学時代の経験の中で、自分の視野を大きく変えた出来事もありました。

それは大学2年生の時、ボランティアとして初めてケニア・マサイマラを訪れたことです。
もともとアフリカのサバンナには強い憧れがありました。広大な草原に野生動物がいる風景を、自分の目で見てみたいと思っていました。
しかし、実際に現地で見たものはただ美しいサバンナだけではありませんでした。

野生動物と人間の暮らしが、想像以上に近い距離にあること。動物たちが人の家や畑の近くを行き来していること。
そして、自然保全の対象であるはずの野生動物が、現地の人にとっては生活を脅かす存在にもなっていること。

そこに大きな衝撃を受けました。
外から見れば、「ゾウを守りたい」「野生動物を守りたい」と言うことはできます。
しかし、地域の人にとってはゾウは単に美しい野生動物ではありません。畑を荒らし、収入や食料を奪い、時には人の命に関わる事故を引き起こす存在でもあります。

環境問題は、人間の安全や収入、日々の暮らしと切り離すことができないということを現場で実感した経験でした。
この頃から次第に自分の中で「自然を守る」という言葉の意味が変わっていきました。

自然を守ることは、動物だけを見ることではない。
人の暮らしを見なければいけない。
地域の経済を見なければいけない。
土地利用や制度、社会の構造を見なければいけない。

そうでなければ、自然保全は現場に根づかない。
この感覚がその後の自分の研究や事業の方向性につながっていきました。

野生動物管理は動物だけを見るものではない

野生動物管理という言葉を聞くと、動物の個体数を調整したり、被害を減らしたりする技術的な話をイメージする人も多いと思います。

もちろん、それも重要です。
個体数を把握する。生息地を調べる。
被害が発生する場所や季節を分析する。必要に応じて捕獲や防除を行う。

こうした自然科学的・技術的な知見は野生動物管理の土台です。
ただ、大学や現場で学びを深める中で野生動物管理を実践するためには野生動物そのものを見るだけでは不十分だと感じるようになりました。

人と野生動物の軋轢は、動物の行動や生態の側面だけで発生するわけではありません。
農地がどこに広がっているのか。森林や土地利用がどう変化しているのか。
地域の人口や産業はどう変わっているのか。誰が被害を受け、誰が対策を担っているのか。
行政、保護区、地域住民、NGO、企業、観光客など、さまざまな関係者がどのように関わっているのか。

そうした人間社会の変化と、野生動物の生息環境や行動が重なるところで軋轢は顕在化します。
だからこそ、野生動物管理には自然科学の知見と同時に、社会科学の視点が必要だと思うようになりました。

大学の学部では生態学や自然科学を軸に野生動物管理を専攻していましたが、大学院では方法論を少し変え、人と野生動物の軋轢をより人間社会の側面から捉える研究に取り組みました。

修士論文では、マレーシアに長期滞在しながら、カニクイザルと人間の軋轢をテーマに研究しました。
カニクイザルの個体数や行動だけを見るのではなく、人々がカニクイザルをどう感じているのか、どの程度脅威だと捉えているのか、どのような対策を受け入れられるのかに焦点を当てました。
人と野生動物の軋轢を「野生動物側の問題」としてだけではなく、人の態度、リスク認識、寛容度、幼少期の自然経験、被害経験、文化的背景などが重なって生まれるものとして捉えようとした研究です。

この経験を通じて人と野生動物の共生を考える上では、動物の生態だけでなく、人の認識や感情、制度、経済、土地利用まで含めて見なければならないと強く感じました。
また修士論文以外でも、同じように人と野生動物の関係を社会科学的・制度的に捉える同世代の研究者たちと、論文執筆や学会発表に関わる機会がありました。
狩猟制度、猟区制度、外来種対策、防除計画など、野生動物管理をめぐる制度や社会システムを扱う研究にも触れる中で、保全や鳥獣害対策は、単に現場の技術だけではなく、制度設計や社会の合意形成と深く結びついていると感じるようになりました。

自然科学だけでも足りない。社会科学だけでも足りない。
現場感覚だけでも、制度論だけでも不十分。

動物の行動や生態を理解すること。その動物と関わる人間社会を理解すること。さらに、その知見を実際の制度や事業、現場の仕組みに落とし込むこと。
そのすべてがつながって初めて、人と野生動物の共生に近づけるのだと思っています。

野生動物管理とは、動物を管理することだけではない。
人と自然の関係をどう設計し直すのか。
そのために科学、地域、制度、経済をどうつなぐのか。

大学院で学んだこの視点が今の自分の事業づくりの根底にあります。
そしてこの考え方は今のWildlife Venturesでの事業づくりにも繋がっています。

ゾウの侵入を防ぐために導入されている電気柵の視察

研究から、社会実装へ

大学に進学した当初は、研究者として国際機関や国際NGOなどで生物多様性保全に関わる道を考えていました。
博士課程まで進んで、アカデミアの道を極めることも視野に入れていました。

自然科学・社会科学ともに事象を解き明かすことは興味深いし、学術的にも社会的にも価値があります。科学的な知見がなければ、保全は感覚論になってしまいます。その意味で、研究の重要性は今でも強く感じています。

ただ、活動を重ねる中で研究だけでは社会を動かすことは難しいとも感じるようになりました。
「何が起きているのか」を解明することはできる。
「なぜ起きているのか」を分析することもできる。
しかし、それを社会に落とし込むには、別のアプローチが必要です。

科学的に効果があると分かっている方法があっても、誰が実行するのか。
どう資金を確保するのか。どう運用し続けるのか。
地域の人たちにとって、関わり続ける理由があるのか。
社会の仕組みの中で、どう広がっていくのか。
そこまで設計しなければ、知見は現場で機能しません。

自分が本当に関心を持っていたのは、何かを解き明かすことだけではありませんでした。
解き明かした構造に対して、どう働きかけるのか。
社会の仕組みをどう変えるのか。現場で続く形にどう落とし込むのか。

つまり、社会実装に関心がありました。
自然科学と社会科学の知見を土台にしながら、それを現場で使える仕組みにする。さらに、その仕組みが一時的なプロジェクトで終わらず、事業として続いていく状態をつくる。
そこに自分が取り組む意味があるのではないかと思うようになりました。

アカデミアとビジネスの間には、大きな断絶があります。
研究の世界には膨大な知見があります。現場を理解するための理論も、データも、方法論もあります。しかし、それが必ずしもビジネスや政策、地域の意思決定に活かされているわけではありません。

一方で、ビジネスの世界には、資金を動かし、人を巻き込み、社会の行動を変える力があります。しかしその力が科学的な妥当性や現場の文脈と結びついていないこともあります。

科学的に正しいだけでは、社会は変わらない。
事業として成り立つだけでも、保全として誠実でなければ意味がない。
現場で良い活動をしているだけでも、仕組みとして続かなければ広がらない。
だからこそ自分はその間に立ちたいと思いました。

野生動物管理の専門性を持ちながら、事業をつくる。
研究と現場とビジネスをつなぐ。
保全を非営利の慈善活動ではなく、現実的に社会の中で機能する仕組みにする。
そのための手段として、起業という選択肢が見えてきました。

かつて学生の頃に行っていた、山梨県丹波山村での獣害対策と地域創生を掛け合わせた小さな実践もこの考え方につながっています。
捕獲された鹿肉を地域の資源として活かし、収益を地域や森林保全に還元する。規模は決して大きくありませんでしたが、保全と地域経済をつなぐ仕組みを実際に形にしようとした経験でした。

そこで得た実感は今でも残っています。
自然保全は、想いだけでは続かない。地域の暮らしとつながり、関わる人にとって意味があり、経済として回る形になって初めて、現場に残っていく。
その感覚は今の事業づくりの土台にもなっています。

なぜ自然保全を事業でやるのか

また、自然保全の世界に関わる中で寄付や助成金に依存する仕組みにも限界を感じるようになりました。

もちろん寄付や助成金はとても大切です。多くの保全活動がそれによって支えられています。私もそうした支援の価値を否定したいわけではありません。
ただそれだけに依存してしまうと、どうしても構造的な限界があります。

寄付は寄付元の関心や方針、社会情勢によって左右されます。
助成金もあらかじめ目的や予算、期間、成果指標が決まっているため、その枠の中で活動を設計しなければなりません。
本当は500万円、1,000万円かけて初めて意味のある取り組みになるのに100万円の助成金しかない。採択されたとしても、その金額では本質的な課題解決まで届かない。中途半端に始めても、結局続かない。現場に期待や負担だけが残ってしまう。
そういうことが起こり得ます。

また、限られた助成金を近い志を持つ団体同士が奪い合わなければならない構造にも違和感があります。
同じような社会課題に向き合い、目指す方向も近い団体が、本来であれば協力できるはずなのに採択率の低い助成金をめぐって競争しなければならない。申請書を書くために多くの時間を使い、採択されるのは一部だけ。資金を得られなかった団体の時間や知見は十分に活かされない。

これは個別の団体の努力不足というより、自然保全を支える資金の流れそのものに限界があるのではないかと思っています。

良い活動なのに続かない。
必要な取り組みなのに、十分な規模まで育たない。
本来協力できる団体同士が、限られた資金を取り合ってしまう。
この構造を変えなければ守りたいものを守り続けることは難しい。
そのため、自分は自然保全を事業として成立させることにこだわっています。

寄付や助成金を否定するのではなく、それだけに依存しない仕組みをつくる。自然を守ることが地域の収入になり、消費者にとっての価値になり、企業にとっての投資や連携の対象になり、社会の経済活動の中で回り続ける。
そのような状態をつくらなければ、自然保全はいつまでも「余裕がある時に支援するもの」「一部の意識の高い人が担うもの」になってしまうと思っています。

そして、これは自然保全業界だけの問題ではありません。
より大きく見ると今の資本主義や社会構造の問題でもあります。

本来、自然が豊かであることと人間社会が豊かであることは対立するものではないはずです。
私たちの暮らしは、自然によって支えられています。
食料、水、土壌、気候、空気、資源、景観、文化、精神的な豊かさ。
人間社会の基盤には、常に自然があります。

にもかかわらず、今の社会では、経済成長や便利さを追求するほど、自然が削られていく構造になっています。
開発を進めるために森が失われる。
農地や都市が広がることで、野生動物の生息地や移動経路が分断される。
大量生産・大量消費の裏側で、地域の自然環境や人々の暮らしに負担が押し付けられる。

そして自然を守ろうとすると、「開発を止めるのか」「経済活動を制限するのか」「不便を受け入れるのか」という話になってしまう。
ここに、ものすごく大きな歪みを感じています。

自然は人間社会の外側にあるものではありません。
むしろ人間社会の土台です。
それなのに現在の経済システムの中では、自然はしばしば外部性として扱われます。

企業活動によって自然が壊れても、そのコストは十分に価格に反映されない。
遠く離れた地域の生態系が失われても、消費者からは見えにくい。利益を得る人と、負担を引き受ける自然・地域・コミュニティが分断されてしまう。
その結果、自然や地域社会、声を上げにくい人々が、社会の豊かさの裏側でしわ寄せを受ける構造が生まれています。

私にとって自然保全は、単に動物や森を守ることではありません。
今の社会が誰の豊かさを優先し、その裏側で誰に負担を押し付けているのかを問い直すことでもあります。

だからこそ自然保全を社会の外側に置いたままではいけない。
自然を守ることを我慢や制限ではなく、社会の豊かさを支えるものとして再設計したい。
自然保全を寄付や善意に依存するものではなく、経済や暮らし、教育、観光、企業活動、地域づくりの中に組み込んでいきたい。

ビジネスは環境問題を生み出してきた側面もあります。
でも同時にビジネスは社会構造を変える力も持っています。

資金の流れを変える。人の行動を変える。
雇用を生む。産業をつくる。
商品やサービスを通じて価値観を変える。
だからこそ、その力の向きを変えたい。

自然を壊す方向に使われてきた経済の力を、自然を守り、地域の暮らしを支え、社会の豊かさをつくる方向に変えていく。
自然保全を社会の片隅で支援されるものではなく、社会の中心で回る仕組みにする。それが私がビジネスで自然保全に挑む理由です。

Wildlife Venturesを立ち上げた経緯

Wildlife Venturesで向き合っている中心的な課題は、地域住民と野生のゾウの軋轢です。

大学2年生の時に初めてケニア・マサイマラを訪れた経験は、自分にとって大きな転機でした。
それまで自分にとって、アフリカのサバンナはどこか憧れの場所でした。
広大な草原があり、野生動物がいて、人間の世界とは違う自然が広がっている。

しかし実際に現地へ行くと、そこには美しい自然だけではなく、地域住民と野生動物が非常に近い距離で生きていることによる、切実な課題がありました。
野生動物が人の生活圏のすぐそばにいる。畑や宅地に侵入する。自然保全の対象であるはずの動物が、現地の人にとっては生活を脅かす存在にもなっている。

外から見ると、「ゾウを守りたい」と言うことは簡単です。
しかし現地の人にとって、ゾウは単に美しい野生動物ではありません。
一晩で畑を荒らし、収入や食料を奪う存在でもあります。場合によっては、人の命に関わる事故も起きます。

一方で、ゾウは生態系において重要な役割を持つ野生動物であり、国際的にも保全が求められる存在です。この問題の難しさは、野生動物保全だけでも、人間の生活向上だけでも解決しきれないところにあります。

ゾウを守るために地域の人たちに一方的に我慢を求めることはできません。
一方で、人の暮らしを守るためにゾウを傷つけたり排除したりするだけでは、保全にはなりません。

どちらか一方ではなく両方を同時に考える必要がある。
その現場で出会ったのが養蜂箱フェンスという方法でした。

養蜂箱フェンスはゾウがハチを嫌う習性を活かした仕組みです。
農地の周囲やゾウの侵入ルートに養蜂箱を設置し、ゾウの侵入を防除することで軋轢の発生を未然に防ぎます。

この方法に強く惹かれた理由がそれが単なる獣害対策ではなかったからです。
ゾウを傷つけずに、農地を守る。養蜂を通じて、地域の収入をつくる。
ハチミツを商品として届けることで、遠く離れた人たちも自然保全に関わる入口を持てる。
売上をつくることで、活動を継続するための資金を自分たちで生み出せる。

養蜂箱フェンスは野生動物との軋轢を減らす手段であると同時に、保全と地域の暮らし、そして事業としての持続性をつなぐ可能性を持っていました。
ここにWildlife Venturesとして取り組む意味があると感じました。

もちろん養蜂箱フェンスは魔法の解決策ではありません。
養蜂箱を設置すれば必ずハチが入るわけではありません。ハチが入っても群が強くならなければハチミツは採れません。
蜜源植物、季節、雨量、巣箱の管理、害虫、地域の理解、スタッフの技術、販路、品質管理。事業として成立させるには数え切れないほどの課題があります。
実際に設置してから思うようにハチが定着しない期間もありました。自然は人間の計画通りには動きません。
だからこそ、観察し、仮説を立て、現場で試し、改善し続ける必要があります。

自然科学の視点で、ハチやゾウ、生態系を理解する。
社会科学の視点で、地域の暮らしや土地利用、保全制度、経済構造を理解する。
ビジネスの視点で、商品、販路、収益、運用体制をつくる。

この3つをつなぐことで初めて現場で続く仕組みに近づけるのだと思っています。そういう意味で、この事業、自分がこれまで感じてきた問題意識と強くつながっています。

自然保全を一時的な支援や善意だけに依存させるのではなく、地域にとっても社会にとっても、関わる理由のある仕組みにしていく。
その実践の場としてWildlife Venturesを立ち上げました。

ケニア人スタッフの畑がゾウに荒らされた際の様子

現在の担当業務

現在私はWildlife Venturesの経営、事業戦略の策定と実行、法人営業、企業連携、新規事業開発などを担っています。
かなり幅広いですが、自分の役割を一言で言えば、描いたビジョンを社会実装することだと思っています。

自然保全と地域の暮らしを両立したい。
人と野生動物が共に生きる社会をつくりたい。
保全を事業として続く仕組みにしたい。
そうしたビジョンを掲げるだけでは、社会は変わりません。

そのビジョンを、事業戦略に落とす。
商品に落とす。価格に落とす。契約に落とす。
現場のオペレーションに落とす。
採用や組織体制に落とす。資金調達に落とす。
ここまでやって初めて思想は社会の中で動き始めます。

法人営業や他企業との連携もその意味ではとても重要な仕事です。
企業に対して、単に「良い活動なので支援してください」と伝えるだけではなく、なぜこの取り組みが企業にとっても意味を持つのかを設計する必要があります。
生物多様性や自然資本への関心が高まる中で、企業は自然との関係を問い直す段階に来ています。しかし、表面的なCSRや一時的な寄付では本質的な変化にはつながりません。

企業の事業活動と自然保全がどのように接続できるのか。
消費者や社員、地域社会に対してどのような価値を生み出せるのか。
どのような形で継続的に関われるのか。
それが現地の保全や地域の収入にどうつながるのか。
そこまで設計して、初めて法人連携は意味を持つと思っています。

自分は野生動物管理の専門性を持つ人間でありたいと思っています。
同時に経営者として、事業を前に進める人間でありたいとも思っています。

しかし、この両方を持つことはなかなか簡単ではありません。

専門家として考えると慎重でなければいけません。
分からないことを分からないと言わなければいけない。
科学的に検証されていないことを過剰に言い切ってはいけない。
自然や生き物を相手にしている以上、人間の都合だけで計画を立てることもできません。

一方で、経営者としては意思決定しなければいけません。
不確実な中でも前に進めなければいけない。
人を巻き込み、資金をつくり、商品を届け、組織をつくっていかなければいけない。この緊張感は常にあります。

科学的であることと、実装すること。
慎重であることと、挑戦すること。
現場に誠実であることと、事業として成長させること。
長期的なスケールの生態系保全と、迅速な経営判断や意思決定。

その間を行き来し続けることが自分の一番大きな役割だと思っています。

先日開催した事業報告会の様子

日々の仕事を通じて感じる困難とやりがい

Wildlife Venturesの事業は自然と人の両方に向き合う仕事です。

ハチやゾウのような生き物の特性を理解しなければなりません。
一方で、地域住民、現地スタッフ、保護区、行政、企業、消費者、支援者など、多様な立場の人たちと協働しなければ前に進みません。

どちらか一方だけを見ていても成立しない。
この複雑さがこの仕事の難しさであり、面白さでもあります。

自然を相手にしている以上、思い通りに進まないことは多いです。
ハチが想定通りに入らないこともあります。
雨や乾季の影響を受けることもあります。
道路状況や輸送の問題で計画が崩れることもあります。
現地の制度や商習慣、日本側での販売や輸入の調整など、想定していなかった課題が出てくることもあります。

さらに社会課題の解決を事業にする難しさもあります。
自然保全として意味があることと、事業として成立することは必ずしも最初から一致しません。
現場にとって必要なことがすぐに売上につながるとは限りません。
逆に、売れやすいものや伝わりやすいストーリーだけを追いかけると、現場の本質から離れてしまう危険もあります。

だからこそ、常に問い直す必要があります。

これは本当に現場のためになっているのか。
保全として誠実なのか。
地域の人たちにとって意味があるのか。
事業として続く形になっているのか。
自分たちの都合の良いストーリーだけを切り取っていないか。

この問いはかなり重いです。特に、アフリカ、野生動物、マサイマラ、ハチミツ、共生といった言葉は、外から見ると魅力的なストーリーになりやすいと思っています。
しかし、ストーリーだけでは現場は変わりません。
大事なのは、本当に機能する仕組みをつくることです。

現場で管理され続けること。
地域の人にとって関わる理由があること。
自然保全として意味があること。
商品やサービスとして価値があること。
売上が生まれ、再投資されること。
改善し続けられること。

そこまで含めてようやく事業としての保全に近づけるのだと思います。
難しいことは多いですが、同時にやりがいもとても大きいです。

現地の仲間と一緒に少しずつ管理体制が整っていく時。
ハチミツやツアーを通じて、日本の人たちがマサイマラの課題に関心を持ってくれた時。
企業の方々が、単なる寄付ではなく事業として一緒に何かをつくろうとしてくれた時。
自分たちの小さな試行錯誤が少しずつ形になっていく時。

そういう瞬間にこの挑戦を続ける意味を感じます。
社会課題の解決は一人の理想だけでは進みません。

目の前の現実に向き合い、関わる人たちと対話し、何度でもやり方を修正しながら進んでいく。
その積み重ねの先にしか、本当に機能する仕組みは生まれないのだと思います。

自然保全業界のあり方を問い直したい

自分がWildlife Venturesを通じてやりたいことは、養蜂箱フェンス事業を成功させることだけではありません。
もちろん、まずはマサイマラで人とゾウの軋轢を減らし、地域の人たちに収入や機会が生まれ、ハチミツやツアーを通じて保全に関わる人が増える状態をつくりたいです。

その先に見ているのは、自然保全業界のあり方そのものを問い直すことです。
これまでの自然保全は、どうしても「守る側」と「開発する側」、「支援する側」と「支援される側」、「人間」と「自然」が分断されて語られがちだったと思います。

保全はコスト。開発は利益。
自然は守る対象。地域住民は保全の負担を引き受ける側。
企業は支援する側。消費者は遠くから応援する側。

しかし、本当にそのままでいいのか。

自然保全は人間社会の外側にあるものではありません。
地域の暮らし、経済、文化、教育、観光、企業活動、消費のあり方とつながっています。

だからこそ、保全のアクターを一部の専門家やNGOだけに閉じ込めるのではなく、社会全体の仕組みとして再設計する必要があると思っています。

地域の人が保全によって収入や誇りを得られる。
企業が自然への負荷を減らすだけでなく、自然を回復させる事業に関われる。
消費者が商品や旅を通じて保全に関われる。
研究者の知見が現場の意思決定や事業開発に活かされる。
若い世代が自然保全をキャリアとして選べる。

そういう状態をつくりたい。
自然保全を「お願いして支援してもらうもの」から、「社会が投資し、参加し、共につくるもの」へ変えていきたいと思っています。

それは人と自然の関係を再定義することでもあります。

人間が自然を一方的に管理する。
自然を資源として使う。
あるいは自然を人間から切り離して保護する。

そのどれか一つではなく、人間も自然の持続可能的な保全・利用についてどう責任を持って関わるのかを考える必要があります。

人間社会が豊かになるほど自然が削られるのではなく、自然が豊かになることが人間社会の豊かさにもつながる。
その関係をもう一度設計し直したい。
Wildlife Venturesは、そのための一つの実践です。

これから目指したいこと

まずは、ケニア・マサイマラで、養蜂箱フェンスとハチミツ事業をしっかり成立させたいです。
ゾウと人間の軋轢を減らし、地域の人たちにとっても収入や機会が生まれ、ハチミツやツアーを通じて日本や世界の人たちが保全に関われる。
そのようない循環を現場で本当に機能する形にしていきたいです。

そのためには、まだまだやるべきことがたくさんあります。

養蜂箱の管理精度を上げること。
ハチの状態や蜜源環境をより正確に把握すること。
地域との関係性を深めること。
ハチミツの品質を高め、販売先を広げること。
ツアーや企業連携を通じて、保全に関わる入口を増やすこと。
チームとして、継続的に改善できる体制をつくること。
そして、会社として持続的に成長できる経営基盤をつくること。

一つひとつは地道ですが、その積み重ねがなければ、自然保全を社会の中で回る仕組みにはできません。

自分たちが目指しているのは単に養蜂箱を増やすことではありません。
自然保全と地域の暮らしを対立させず、事業として続く形にすること。
現地の人たち、日本の消費者、企業、研究者、旅行者、若い世代など、さまざまな人が関わる理由を持てる仕組みをつくること。
そして、野生動物と人間の関係を、もう一度より良い形に設計し直すことです。

5年後、10年後、Wildlife Venturesが自然保全の新しい選択肢として認識される存在になっていたら嬉しいです。
自然保全は特別な善意だけで支えるものではない。地域の経済とつながり、商品や体験として人に届き、企業の投資や連携の対象にもなり、事業として保全に再投資されていく。
そのようなモデルを、まずはマサイマラの現場からつくっていきます。

自分自身まだまだ力不足を感じることばかりです。
しかし守りたいものや実現したい世界があります。

多種多様な野生動物が生息がいる世界。
人間だけでは完結しない世界。
怖さも、美しさも、複雑さも含んだ自然との関係。
人と自然がどちらか一方を犠牲にするのではなく、より良い形で共に生きていける社会。

その実現に向けて、Wildlife Venturesというまだまだ小さなチームではありますが、これからも真っすぐひたむきに挑戦を続けていきたいと思っています。

自然保全を、社会の仕組みから変えることは決して簡単なことではありません。
保全業界のあり方を問い直し、人と自然の関係を再定義し、描いたビジョンを事業として社会に実装していく。
現場の仲間と一緒に、ここから一歩ずつ形にしていきます。


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