見出し画像

童話館をめぐる長崎の旅|静かな時間を探しに


長崎に到着したのは夕方でした。

思っていたよりも移動がスムーズで、
「これは少し歩けそう」と、ホテルを出ます。

なんとなく足を向けたのは、出島のあたりでした。

正直に言うと、出島は「時間があれば行けたらいいな」くらいの気持ちでした。
地図で見ると少し離れているように感じていたし、
もっと“島のような場所”を想像していたのです。

でも実際には、思っていたよりずっと近くて、
そして印象も違っていました。

閉館後の静かな佇まいは、どこかお屋敷のようで、
想像していた「観光地」とは少し違う空気をまとっています。

そのまま、ゆっくりと歩いてオランダ坂の方へ。

夜の長崎はとても静かで、
観光地というより「生活の中に入り込んだような感覚」がありました。

石畳とやわらかい街灯の光の中を歩いていると、
ただ歩いているだけなのに、どこか物語の中に入り込んだような気持ちになります。


翌朝は、少し早めに動き出しました。

向かったのは、グラバー園へと続く坂道。

その途中にある、祈りの丘絵本美術館。

優雅な鉄の門の向こうに、煉瓦造りの丸い建物。
蔦の這うその佇まいに、いざなうような小径が続いています。

植え込みの木々や、芽吹く前の花たちの気配が、
写真で見るよりもずっと、この場所の魅力を引き立てているようでした。

早朝の、人通りのまばらな坂道の途中に、その建物はありました。

けれど門には、
「おちゃとら」のとらとソフィーが、今日は休館日であることを伝えています。

この旅を決めたときから休館日は知っていたはずなのに、
実際にその場に立つと、やはり少しだけ残念な気持ちが湧いてきました。

「次はいつがいいだろうか」

立ち去りがたい思いを胸に、
早くも次の長崎訪問を考えている自分がいました。


そのまま坂を上り天主堂の前を通って、グラバー園へ。

まだ人の少ない時間帯で、
建物や景色をゆっくりと見ることができました。

朝の光の中で見る長崎の街は、
夜とはまったく違う表情を見せてくれます。

そして見学を終えたあと、あらためて
大浦天主堂へ向かいました。

中に入り、しばらく椅子に座っていました。

説明の音声を聞きながら、静かな時間が流れていきます。
観光地の中にいるはずなのに、不思議と「どこか別の場所にいるような感覚」になりました。


ふと、別の場所の記憶が浮かんできます。

二十歳のときに訪れた旅で立ち寄った、
山口サビエル記念聖堂のことでした。

磨かれた木の床と椅子。
祭壇に礼をしていたシスターの姿を見て、なぜか涙があふれてきたこと。

その旅のあと間もなく、火事でその聖堂が焼けてしまったこと。

あのとき、何を考えていたのかは、はっきりとは思い出せません。
けれど、ただ座っていた時間の感覚だけは、不思議と今も残っています。

そして、その旅の途中で出会った、ある紳士のことも思い出しました。

ほんの短い会話だったはずなのに、
なぜか印象に残っていて、あとから何度も思い返すことのある出来事です。

(そのときのことは、以前書いた「くじらとねずみ」の記事の中にも、少しだけ触れています。)


長崎で過ごしていたあの時間、
それぞれ別のものだったはずの記憶が、
ゆっくりとつながっていくような感覚がありました。

場所も、時間も、出来事も違うのに、
どこかで同じ線の上にあったのかもしれない、と。


なぜ、長崎だったのか。

考えてみると、この土地には、
信仰や歴史の中で、言葉にされなかった時間が積み重なっているように感じます。

そうした空気の中に身を置いたとき、
自分の中にある、まだ言葉になっていない記憶が、
静かに浮かび上がってくるのかもしれません。


帰ってから、ふと
遠藤周作の本を、もう一度読み返したくなりました。

以前読んだときとは、きっと違う読み方になる気がしています。


今回の長崎の旅で印象に残っているのは、
どこを見たか、ということ以上に、
「どんな記憶を思い出したか」でした。

旅先で出会うものは、必ずしも新しいものだけではなくて、
自分の中にすでにあったものに、もう一度出会う時間でもあるのだと思います。


長崎の夜は、想像していたよりもずっと静かで、
そして少しだけ“コツ”が必要な時間でもありました。

実際に歩いてみて感じたのは、

・どの時間に食事をするか
・どこに向かうか
・どこまで歩くか

この順番で、満足度が大きく変わるということです。

思案橋から無理なく回れる夜のルートについては、
別の記事にまとめています。

いいなと思ったら応援しよう!

かぜの みち香 よろしければ応援お願いします! いただいたチップは今後の活動の質の向上のために使わせていただきます!