『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第19話
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第3章 多佳子の逆襲
2 伊勢毅の死
木の幹にすがるように、多佳子が立っていた。
殴られ青紫色に腫れ上がった顔に乱れた髪。長い前髪のすきまからのぞく目が伊瀬を見つめている。多佳子の股間からおびただしい血が内側の太ももを伝って垂れ落ち、破れた着物の裾を赤黒く染めていた。
「ななななっ」
目を見開き、伊瀬は魚のように口をぱくぱくとさせ尻を引きずった状態で後ずさる。
木の陰から現れた多佳子が、ゆらりゆらりと身体を左右に揺らしながら伊瀬の元へと近寄っていく。
歩くたび、多佳子の股間から流れる血が地面をてんてんと赤く染めた。
「何でだ? おまえ、あれから行方不明になったって聞いたが、こんなところにいたのか? もしかしたら死んじまったんじゃねえかって心配したんだぞ」
もし、多佳子が死んだとなればあまりにも後味の悪いものとなった。
とりあえず生きていてよかったと安心するにはあまりにも多佳子の様相が伊瀬を震えさせた。
「おめえ、そんなに血を垂れ流して、八坂の先生に診てもらったのか?」
そんなことをしたら、多佳子の口から伊瀬たちの犯行があかされるかもということすら、このときの伊瀬の頭には微塵もなかった。
多佳子は声を発しない。
ニイっと口元をゆがませ気味の悪い笑いを浮かべるだけ。
突如、多佳子の顔の大半をおおっていた前髪、生え際あたりの髪がごっそりと抜け落ち、伊瀬の足元に落ちた。
髪が抜けた地肌から血があふれ多佳子の顔面を赤く濡らす。
あらわになった多佳子の、ぎょろりとした目が伊瀬を見下ろす。
腫れ上がった顔のせいで表情がよく分からないが、その目は怨み辛みをたたえたものに見え伊瀬を怯えさせた。
「わ、悪かった。ほんとに俺が悪かった。だけど、あいつが……利蔵のやつがおまえを辱めろと命じたんだ。だから、俺は言われるがまま、お、おまえを……」
そこまで言って伊瀬は言葉を飲み込む。
どうにも様子がおかしい。
伊瀬は恐ろしくなり、手にした刃物を滅茶苦茶に振り回しながら多佳子を遠ざけようとする。
「おまえが怒るのも分かる。許してくれ。俺だって利蔵の頼みを断れなかったんだ。利蔵家の機嫌を損ねたらどうなるか、おまえだって知らないわけがねえだろ? な、頼むから、許してくれ」
振り回していた刃物を投げ捨て、伊瀬は土にひたいをこすりつけんばかりに土下座をして許しを請う。
「ゆるしてくれ……本当に俺が悪かった。頼む!」
肩を震わせ涙と鼻水を垂らしながら泣き崩れていた伊瀬は、多佳子をうかがうようにゆっくりと顔を上げ、次にきょとんとした様子で首を左右に振り、回りを見渡す。
「いない」
目の前にいたはずの多佳子の姿が忽然と消えてしまっていた。
首を傾げ、伊瀬は涙を手の甲で拭った。
「多佳子が消えた。どういうことだ? 行ったのか?」
それにしては去って行く気配は感じられなかった。
「なんなんだあの女は……あんな姿で突然現れやがって、ほんとに気味の悪い女だ!」
まだ心臓がばくばくと鳴っていた。
とにもかくにも、多佳子の姿がなくなったことに安心伊瀬は、とりあえず気持ちを落ち着けようと側の木に這い寄り背中をあずけようとする。その瞬間、何か強い力に引っ張られ伊瀬の背が木の幹に打ちつけられた。
「なんだ! 何が起こった!」
不意に伊瀬の目の前に背後からぬっと手が伸びてきた。
驚いて伊瀬はぎゃっと悲鳴をあげる。
誰の手だと咄嗟に肩越しに振り返ると、背後でニイと笑う多佳子の顔が間近にあった。
「多佳子! いつの間に俺の後ろに!」
伸びた多佳子の手が伊瀬の首を絞める。
その手を伊瀬は必死になって振り解こうとするが、女のものとは思えない凄まじい力で木に背中を押さえられる。
「やめろ離せ!」
耳元にかけられた生臭い、たまごの腐ったような多佳子の息が鼻先をかすめ、伊瀬は吐き気をもよおし顔をゆがめる。
「うぐ……く、るしい……」
伊瀬の口からくぐもった声が聞こえる。
突然、垂れ落ちてきた木の蔓が首に巻きつき伊瀬の身動きを封じた。気道を塞がれ息をすることもままならず、苦しさに伊瀬は両脚をばたばたと暴れさせた。
「く、苦しい……首が絞まる。たすけ……」
木の蔓で首を絞められ顔を真っ赤にさせている伊瀬を見ても、多佳子は助けようとはしない。
「多佳子……俺を許してくれたんじゃねえのかよ! 頼む……」
身悶える伊瀬の耳元をぶん、と嫌な音がかすめていった。
まさかと視線だけを動かすと、すぐ側で黄色と黒の縞模様を描いた身体のスズメバチが伊瀬の顔の周りを飛び回っていた。
「ひいっ! 嘘だろ。冗談じゃねえぞ、おい!」
頭をあげめいっぱい視線を動かし上空を見上げると、木の枝葉の陰に巨大なオオスズメバチの巣があった。
伊瀬が木に背中を打ちつけ激しく揺らしたことで、スズメバチたちを興奮させてしまった。
「た、大変だ!」
しかし、逃げようとするも、木の蔓が首に絡まって逃げられない。動けば動くほど蔓が首筋に食い込んでいく。
さらに、スズメバチの集団が巣から飛び出し伊瀬の回りをとり囲んだ。
カチカチと独特な音を鳴らし、オオスズメバチが威嚇してくる。
「やめろ! 助けてくれ!」
凶暴なスズメバチが伊瀬の顔をいっせいに攻撃する。
「いてえっ!」
叫び声をあげ開いた口の中にも蜂が入り込み暴れた。
スズメバチは黒いものに攻撃をする習性がある。
尻から太い針を突きだしたスズメバチが、見開かれた伊瀬の右黒目に針をぶすりと突き刺した。
「うああっ!」
さらに、別のスズメハチが左目を攻撃する。襲い来るハチの大群を追い払うこともできず、伊瀬はハチたちの餌食になるばかりであった。
たちまち、伊瀬の顔面が群がったスズメバチの集団で膨れあがっていく。
座り込んだまま、伊瀬は身体をぴくぴくと痙攣させた。
地面に投げ出された両脚が小刻みに震える。
「痛え……痛えよ……」
弱々しい泣き声が伊瀬の口からもれた。
ー 第20話に続く ー
