『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第18話
◆第1話はこちら
第3章 多佳子の逆襲
1 多佳子の呪い
伊瀬毅は山菜を採りに山に入っていた。
伊瀬の足どりは軽く、鼻歌までうたい、ご機嫌であった。
いつものように山に入り、険しい道を登っていく。が、伊瀬はいったん立ち止まり、用心深く回りを見渡した。
辺りに人影がないことを確認すると、普段とは違う方向へ歩き出す。そこは利蔵家が保有する敷地であった。
道を間違えたのではない。
本来なら、地主様の土地に無断で立ち入ったら大目玉だろう。それどころか、村の規律を破ったとして、厳しい罰則がくだされる。
それが村の掟だ。
だが、そこは利蔵家当主がじきじきに山菜を採りに立ち入ってもいいと、特別に許可を貰った場所。
そう、利蔵の当主の頼みを引き受けたかわりに。
先日のことだ。
利蔵の当主に呼び出され、曽根多佳子を懲らしめろと頼まれたのだ。いや、頼まれたというより命じられた、といったほうが近い。
その話を利蔵から持ちかけられた時、伊瀬はためらった。
ためらったのは、多佳子にかかわりたくなかったから。
あんな気味の悪い女の顔など見たくもなかった。
できることなら側にさえ寄りたくない。
だが、村の権力者に頼まれては嫌とはいえない。断れば後でどんな仕打ちをされるか分からない。
万が一利蔵家の機嫌を損ね、村からはじきものにされたら、この村では生きてはいけなくなる。
そのくらい利蔵家の力は強大であった。
多佳子を辱めた後、しばらくは罪悪感に苛まれ夢にまであの不気味な姿をみるようになりうなされた伊瀬であったが、それも数日過ぎればどうってことはなくなり、忘れかけた頃であった。
「へへ、さすが地主様の所有地だ。広いし山菜も山ほどある。こりゃ、採り放題じゃねえか。お? 松茸もある。はは、今夜は久しぶりにご馳走だ。あぶった松茸に酒。うまいぞ」
当分、食うに困らないし町に売りにいけばけっこうな金にもなる、と伊瀬はほくほく顔で脇目もふらず、山菜採りに夢中になっていた。
何時間も身をかがめ、欲張って山菜採りをしていた伊瀬はようやく顔を上げ、曲げっぱなしだった腰を伸ばすようにうんと背伸びした。
腰につるした〝はけご〟を見やると、採ったばかりの山菜やきのこが、それこそ山のように盛り上がっている。
あまり欲張ってもしかたがない。
今日はこのくらいにしておくか、と村へ引き返そうとした伊瀬の目の端に、ふと、黒い影が過ぎる。
今のはなんだろう、と影が見えた方に視線を向けるが何も見あたらない。さらに、回りを見渡してみるが、それらしき黒いものを見つけられなかった。
そこで伊瀬ははっとなって青ざめる。
「ま、ま、ま、まさか熊じゃねえだろうな!」
熊だとしたらとんでもない。しかし、黒い影が過ぎただけで何の物音も聞こえなかった。
足音も枝葉が揺れる音も。
そういえば、空気が妙に重いな、と思いながら伊瀬は空を見上げた。
覆い被さるように、空を遮る木々の合間から、陽の光がこぼれ落ちる。
辺りは薄暗く湿った空気が、ねっとりと肌に絡みつく。
「気のせいか」
そう思うことにして、引き返すため山を下りようとした伊瀬は、ひっと悲鳴をあげその場に尻もちをつく。
振り返った視線の先、離れた場所の木陰に人が立っていたからだ。
それも、その人物は。
「た、多佳子じゃねえか!」
ー 第19話に続く ー
