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心霊食堂 旅立ちは 思い出の味で 第33話

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第4章 記憶のしょうが焼き

3 引き寄せられるように

 突然、会社が倒産した。
 先月のお給料も貰えていない。
 おそらく今月分も期待できないだろう。
 なんたって社長が夜逃げ同然で姿をくらましたのだから。まさか、こんなことが実際に自分の身に起きるとは予想だにしなかった。
 さらに、こういう時に限って悪いことは重なるもので、住んでいたアパートも老朽化で建て替えが必要となり、立ち退かざるをえなくなった。
 けれど、収入がないから他のアパートも見つけられず、結果、次の住む場所も決まらないまま路頭に迷う羽目になった。
 しばらくは満喫や友人宅を転々とした生活をしていたが、なけなしの貯金も底をつき、いつまでも友人を頼るわけにもいかない。
 公園で眠るにはこの時期は寒すぎて、下手をすると死ぬ。

 さて、どうしよう。
 お金がない。
 仕事もない。
 運もない。
 重なる不幸に打ちのめされて気力もない。

 これからどうやって暮らしていけばいいのか。やはり、恥を忍んで頭を下げ実家に頼るべきか。
 それ以外の方法が思い浮かばない。
 ちょうど、祖母が突然倒れたと連絡があり、今夜実家に帰る予定だ。
 今後どうするのか、話し合いになるだろう。とはいえ、実家に帰っても辺鄙な田舎町のため就職先は期待できない。

 ああ、お腹空いたな。

 ポケットに手を突っこむと、出てきたのは350円。
 なけなしのお金も、実家に帰るための切符を買ったため、これが正真正銘今の全財産だ。

 何か食べようか。

 コンビニに行けばパンと温かいコーヒーくらいは買える。それだけで腹は満たされないが、実家に戻るまでの我慢だ。
 そんなことを思いながら歩いていると、とてつもなく食欲をかきたてられる、いいにおいが漂ってきて足を止めた。空きっ腹にこのにおいはあんまりだ。
 突然、道路の真ん中で立ち止まったものだから、周りを行く通行人が避けきれず、肩にぶつかってきた。
「す、すみません」
 あからさまに邪魔だ、という目で睨まれ謝りながら頭を下げる。
 おいしそうなにおいが引き金となって、空腹が空腹を呼び、お腹がぐうぐうと鳴り始めた。

 腹を空かせた僕を打ちのめす、このにおいはどこから漂ってくるのか、と辺りを見渡す。どうやら、路地裏の方から流れているようだ。
 誘われるようにして路地裏に足を運び、しばらく歩いたところで、一軒の店の前に立ち止まった。
 食欲をそそるにおいの元はこの店からだ。
 小さいながらも、店構えは洒落た感じの小料理屋。
 小料理屋というと、敷居が高そうで入りづらいというイメージしかなかったが、その店は気取った感じのない外観で、店内からもれる灯も温かみのある雰囲気だった。

 ガラス張りの窓から中を覗ける。
 優しげな光を放つ照明にくつろげる内装。
 店の看板を見ると『想』と書かれていた。
 たった350円しか手持ちがないことも忘れ、引き寄せられるように、おそらく無意識に店の中に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
 ランチ時間とディナーの間という中途半端な時間帯のせいか、店内には客はいなかった。
 回りを見渡し、どこに座ろうかと悩んだが、結局カウンター席に腰をかける。

 座った瞬間、ほっと息がもれた。
 座り心地もいいし店の中は暖かくて落ち着く。
 どうぞ、と差し出された茶をすする。
「温かい……」
 思わずもれた呟き。少しだけ生き返った心地を味わう。
 目の前に備えられているお品書きに手を伸ばし、何を頼もうかと悩む。
 どれもおいしそうで、口の中でじゅるりと唾があふれてくる。しかし、何度も言うが手持ちは350円しかない。
 じっくりと、何が食べられるかを探すようにお品書きを眺めると、豚汁という文字に目が止まった。
 これなら手持ちのお金で食べられそうだ。それに、豚汁なら具もたくさん入っているし、きっと満腹になれるはず。
 もし足りなかったら、お茶をおかわりして腹を膨らませるのだ。
 八尋は顔を上げ、カウンターの向こうに立つ店主を見上げる。

「豚汁をください」
 豚汁だけ頼むというのも、なかなか気が引けるものであった。
 注文はそれだけですか、という顔をされたらどうしようと心配したが、店主は穏やかな笑みで対応してくれた。
 それ以上、余計なことを口にすることもなく、調理に取りかかる。

ー 第34話に続くー

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