心霊食堂 旅立ちは 思い出の味で 第34話
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第4章 記憶のしょうが焼き
4 なけなしのお金で最高の豚汁
注文を済ませ、ようやく張り詰めていた肩の力を抜いた。
カウンターの向こうで料理をする店主をぼんやりと眺める。
軽やかにネギを切る包丁の音。豚汁が入った鍋の蓋を開けた瞬間放たれる白い湯気と、ふわりと漂う味噌の香り。
思えば、目の前で誰かが作ってくれた食事をとるのはいつ以来だろう。いつもは、スーパーの安売りの弁当や、インスタント麺で済ませてきた。
お腹がいっぱいになればそれで満足だったから。
「おまたせしました。豚汁です」
しばらくして、あつあつの湯気がたつ器が目の前に置かれた。
「うまそう」
と、呟き、たくさんの具と、温かい汁にごくりと唾を飲み込む。
「いただきます」
箸をとり、手を合わせる。
器を持ち、まずは一口汁をすすった。
「おいしい」
自然と言葉がこぼれた。
うわ、まじうまいよ、この豚汁。
もっとじっくり味わいたいと思ったが、空腹と冷めてしまうのがもったいないという思いで、がっつくように豚汁を食べた。
器の中身をすべて飲み干し、再び息をつく。
「ごちそうさまでした」
きれいに空になった器の底に視線を落とす。
おいしかった。物足りない。おかわりしたい。もっと食べられたらどんなに幸せだろう。
「豚汁だけで、お腹いっぱいになりましたか?」
豚汁を食べ終え、一息ついたタイミングを見計らって、店主が話しかけてきた。
少しばかり気持ちに余裕ができたこともあって、改めて目の前の店主を見て、馬鹿のように口を開けた。
とんでもない美形だ。整った容貌に細身だけど均整のとれた肢体。そこはかとなく漂う色気。男くさくなく、かといって女性のような、なよなよしたふうも感じられず、中性的な印象。同性の自分でさえ見とれてしまうほどの色男だ。こういっては何だが、料理人ではなく、モデルや俳優でやっていけるのではないか。
思わず食い入るように見てしまい、はっと我に返る。
「え、まあ……ごちそうさまでした」
恥ずかしそうに頭に手を当て立ち上がった。
ポケットに手を突っ込み350円を出してレジのトレイに置く。
「手持ちがあまりなくて」
と、言ったそばから、なぜこのタイミングでと派手に腹が鳴った。
「おや」
「あはは……実はこれから実家に帰るんですけど、そのチケット代でお金が消えちゃって」
「実家は遠いのですか?」
「新潟です。田舎のばあちゃんの具合があまりよくないらしくて。いつどうなるか分からないから様子を見に行こうと思って」
「それは心配ですね。きっと、八尋くんが顔を見せたら、おばあさまも喜ぶでしょう」
えっと……あれ?
八尋はぽりぽりと頬をかく。
僕、この人に名前、名乗ったっけ? いや、言っていないよな。なんで、僕の名前を知ってるんだ? 何か怖いぞ。
顔を引きつらせている八尋にはかまわず、店主は続けた。
「ところで、もう少し時間はありますか?」
「え? はい。時間は全然大丈夫ですが……」
「なら、何か食べて行きなさい。新潟までは遠いのだからお腹を空かせたままでは辛いでしょう」
「いや。でも僕、さっきも言ったけど手持ちがなくて」
「ご馳走しますよ。さあ、もう一度座って」
半ば強引に引き止められ、再びカウンターに座ることになる。
八尋はきょとんとしながら、肩をすぼめた。
ええと、この展開はどうとらえたらいいのだろう。
戸惑いながら落ち着かない様子で店主を見る。
「あの……」
声をかけた八尋は言葉を飲み込む。
包丁を握り始めた店主が、リズミカルにキャベツを切り始めた。
乱れることなく一定のリズムで刻む包丁の音が、こんなにも気持ちのよいものだと初めて知った。
瞬く間にこんもりとしたキャベツの千切りが完成する。
それからフライパンを握り油をひく。
温まってきたフライパンから、じゅっ、と何かを焼く音が聞こえてきた。たちまち漂う醤油の香ばしさ、さらに、生姜の爽やかな香り。
このにおいは肉だ。
肉の焼くにおいだ。
八尋はごくりと喉を鳴らした。
鮮やかな手つきでフライパンをあやつり、焼き上がった肉を、先程切ったきゃべつの千切りの上にどんとのっけた。
ー 第35話に続くー
