心霊食堂 旅立ちは 思い出の味で 第38話
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第4章 記憶のしょうが焼き
8 取り戻した記憶
夢から覚めるように、頭の中で流れていく映像が途切れ、八尋ははっとなって顔を上げた。
目の前では、母がバッグから取り出した茶色い封筒を一樹に手渡している。
「あの子に食べさせくださった食事の代金です。本当に息子のためにありがとうございました。それと、九重さんが有名な霊能者だとお聞きしました。もし、お願いを聞いていただけるのでしたら、あの子が心穏やかになれるよう、お祈りをささげていただけないでしょうか」
「分かりました。八尋くんのために心を込めて祈らせていただきます」
「ありがとうございます」
母はハンカチで目元を拭い、一樹に深々と頭を下げ去って行った。
「待って、母さん!」
と、呼んだところで、自分の声は母には届かない。
姿も見えない、聞こえない。手を前に突き出した状態で、八尋はその場に立ち尽くす。膝が震えた。
やっと、分かった。
分かったのだ。
八尋は手を自分の胸元に引き寄せ、手のひらを見つめた。
青ざめた顔で一樹を見上げる八尋の瞳が揺れていた。
「僕はあのバス事故で……」
八尋は一樹の表情を伺いながら言う。しかし、それ以上の言葉を口にできなかった。
肯定されるのが怖かったのだ。
真実を知りたい気持ちと、そうでない自分に葛藤を抱く。
本当のことを聞いてそれを受け入れられる自信がなかった。
「もしかして、平沢さんが言っていた、救助にあたった青年というのは僕だった?」
静かに頷く一樹の姿に、八尋は唇を震わせた。
その震えを押さえ込むように、唇をきつく噛む。
「記憶を取り戻したようですね」
「じゃあ、今の僕は幽霊?」
八尋は顔を引きつらせた。空笑いがもれる。
冗談はやめてください、と言いたかったが、一樹の顔は冗談を言っている顔ではなかった。
そもそも、まだ短い付き合いで、一樹のことをそれほど詳しく知っているわけではないが、それでも、一樹は冗談を言うような人ではない。
絶望的な事実を突きつけられ、八尋は棒のようにその場に立ち尽くす。
自分はあのバス事故で死んでいた。
こうして会話をし、ご飯も食べて、普通に生活しているというのに、それなのに自分はすでにこの世にはいない存在だった。
平沢さんや直哉さん、美優ちゃんのように。
そんなこと認めたくない。
そう思いながらも、まざまざと脳裏によみがえるバス事故の光景。あれは夢だったとは思えない。
「でも僕……ちゃんとこの店で働いていたし、接客もしましたよね?」
自分でも往生際が悪いと思った。
死にたくない。
やりたいことはまだある。
だから、生きていたい。いや、やりたいことがあると胸を張って言えるようなことなど、僕にはあったっけ?
「いいえ八尋くん、よく思い出してください。八尋くんが直接会話をした人たちはみな、この世の人ではない幽霊でした。私ともう一人を除いて、八尋くんは生身の人とは喋っていないのですよ」
八尋は泣きそうな顔で眉根を寄せ、そんなことはないと激しく首を振る。けれど、一樹の言う通りだ。
八尋は『想』に訪れる前のことを思い出す。
行く当てもなく、これからどうしようと思いながら歩いていた八尋は、横断歩道を渡ったところで漂ってくるにおいに引かれ立ち止まった。
人混みの中で立ち止まっても、誰も八尋に文句を言う人はいなかったし、ぶつかっていく人もいなかった。それは八尋が霊だったから。
それから、『想』にやって来たバス事故で亡くなった平沢さんの幽霊。
今まで幽霊とか霊的なことなどこれまでいっさい感じたこともなかった八尋だが、この時初めて平沢の幽霊を見た。
自分が突然霊感体質になったのだと思ったが、そうではなく、八尋自身が幽霊だったからだ。それなのに、幽霊を視てしまったと恐れていた自分の愚かなこと。
ー 第39話に続くー
