決まっていないから聞いている
私は昔からよく言われる。
「急だね」
最初は、
私がせっかちだからだと思っていた。
けれど最近、
もしかしたら違うのかもしれないと思った。
夏休みに九州へ帰ろうと思った。
少し長めに滞在したい。
だから上司に、
九州で在宅勤務をしてもいいか聞いた。
それはOKだった。
嬉しかった。
そこで私は続けて聞いた。
「翌週まで延長することも可能ですか?」
すると上司は、
少し驚いたような顔で言った。
「いやまずさ、日程も決まってないのに」
私は、
「あ、すみません。日にち決めてからまた相談します」
とっさに言って、引き下がった。
別に怒られたわけではない。
否定されたわけでもない。
けれど、その瞬間、
少し落ち込んだ。
なぜだろう。
私はただ、
可能性を確認したかっただけなのに。
なんで聞いたらダメだったのか。
そして、
なんで落ち込んでいるのか。
分からない。
考えていて気づいた。
私は昔から、
「急だね」と言われることが多かった。
そしてそのたびに、
自分の考え方がおかしいのかなと思っていた。
でもよく考えると、
私は急いでいたわけではなかった。
決めるために聞いていたのだ。
遠方でも在宅できるか。
できるなら飛行機を取る。
飛行機を取るなら日程を決める。
日程を決めるなら他の予定も調整する。
私の中では全部つながっている。
だから、
決まっていないから聞く。
一方で、
世の中には違うタイプの人がいる。
まず日程を決める。
それから相談する。
それから承認を取る。
私は、
可能性を確認してから決めたい。
相手は、
決めてから確認したい。
どちらが正しいという話ではない。
ただ、
思考の順番が違うだけだった。
そう考えた時、
昔、付き合っていたメンズを思い出した。
その彼の仕事は、
お客さん都合で予定が変わる仕事だった。
だから、
先の予定が読めない。
それは分かっていた。
本当に分かっていた。
でも私は、
仮でもいいから決めたかった。
「今のところ旅行に行く予定にしよう」
「今のところこの日は空けておこう」
そんな一言が欲しかった。
けれど、
相手は確定するまで決めなかった。
直前まで分からない。
当日にならないと分からない。
だから私は、
ずっと待つ側だった。
今思う。
私が嫌だったのは、
予定変更ではなかった。
不確実なことでもなかった。
保留だった。
自分の人生の予定が、
誰かの未決定によって止まること。
それが本当に嫌だった。
だから私は、
今でも「急だね」と言われると少し傷つく。
その言葉自体ではない。
その奥にある、
昔の感覚が反応する。
けれど最近、
少し見え方が変わってきた。
私はせっかちなのではない。
私は、
探索しながら決める人なのだ。
可能性を聞く。
選択肢を集める。
仮で決める。
動きながら調整する。
40年以上、
そんな脳みそで生きてきた。
今さら、
「先のこと考えない人になろう」
の方が無理な気がする。
世の中には、
確定してから動く人もいる。
ただそれだけの話だった。
長年、
私は「急だね」と言われない方法を探していた。
相手を困らせないように。
自分のことを受け入れてもらえるように。
でもたぶん、
もう無理なのだと思う。
だって、
それは私の欠点ではなく、
私の意思決定のスタイルだから。
だから次からは、
少しだけこう思う。
「急だね」
と言われたら、
「ああ、この人は私と違う順番で決める人なんだな」
と。
そう思えた方が、
少しだけ生きやすい気がしている。
けれどきっと、
また「急だね」と言われたら、
落ち込んでしまうんだろう。
それは多分、
変えられない。
