なぜエガちゃんは嫌われても言えるのか
エガちゃんねるを見ていると、いつも思うことがあります。
江頭2:50 は、初対面の女性にも平気で下ネタを言う。
番組の演出ではなく、プライベートの話です。
普通に考えたら、嫌われる可能性が高い行動です。
むしろ、多くの人は
「そんなこと言ったら嫌われる」と分かっているから言わない。
でも、エガちゃんは言う。(笑)
しかも、ただ言うだけじゃない。
ちゃんと成立しているんです。
おそらく、やりとりを見て不快に感じる人もいると思います。
実際、同じことをされたら嫌な人も多いはずです。
でも私は、違和感を感じない。
むしろ、
「なんで成立してるんだろう?」という違和感の方が強い。
同じことをしても、怖い人と怖くない人がいる
初対面の男性からラインを越えた下ネタを言われたら、普通に不快です。
でも、エガちゃんの下ネタは、一見ラインを越えているのに、怖くない。
この違いはなんだと思いますか。
知名度でも、面白さでも、ありません。
境界線があるかどうか、です。
怖い人は、
相手の反応を見ていない。
止まれない。
距離を詰め続ける。
自分の欲求が、相手への関心より優先されている。だから怖い。
エガちゃんは違います。
ラインを超えるような踏み込み方をする。
でも、相手の反応をちゃんと見ている。
ダメなら引く。無理強いしない。
だから怖くないんです。
なかなか言えない人たち
私の話なのですが、少し前、気になっている男性がいました。
彼からLINEが来ました。
「新宿で最近飲んでる?俺、最近行ってないんだよね。」
…行きたいんでしょ、って分かる。(笑)
嬉しかったし、一緒に飲んでもいいと思っていたので、素直に返しました。
「いいね!新宿飲みたい!私も最近行ってないな」
あとは「じゃあ今週どう?」の一言だけでした。
来なかった。
「最近忙しいの?」
「俺も行きたいな~」
また遠回り。
こっちから「今週行かない?」と誘うのもなんか違う気がして。
結局、その話は流れました。
本音は「新宿で二人で飲みたい」
言えなかった理由は、能力じゃない。
「誘って断られたら」
「引かれたら」
「変に思われたら」
その怖さが、一言を飲み込ませた。
勇気を出して行動したのに空振りした経験、ありませんか。
本当は「会いたい」。
それだけなのに、別の切り口を探して伝えたこと。
好意を出せなくて、結局何も起きなかったこと。
言いたいことを飲み込んで、後悔したこと。
これ、全部同じ構造です。
言って、止まれる人の特徴
エガちゃんは違います。
とりあえず、言える(笑)
それは、
嫌われても自分の存在が揺らがないと、
頭ではなく身体で知っているからです。
だから、無理に取りにいく必要がない。
成立させるために押し込む必要もない。
本音を出して、それで終われる。
ここでよくある誤解があります。
「自由に振る舞っている人=好き勝手やっている人」
エガちゃんの振る舞いは、一見そう見えるかもしれません。
でも違います。
むしろ逆です。
境界線を守っている。
本当に見ているのはどっちか
ちゃんと見ているのはエガちゃんの方です。
自分の状態も、
相手の反応も、
両方見ている。
一方で、
止まれない人の方が実は不自由です。
「ウケたい」
「認められたい」
「嫌われたくない」
これが強いほど、引けなくなる。
踏み込める人が強いんじゃない。
引ける人が強い。
頭と無意識のズレ
あの男性も、「誘うだけでよかった」と頭では分かっていたと思います。
でも、踏み込めなかった本当の理由はそこじゃない。
無意識のどこかで、「断られたら終わる」と感じていたんだと思います。
頭では「大丈夫」と分かっている。
でも無意識では「終わるかもしれない」と感じている。
だから一言が出てこない。
エガちゃんは逆です。
頭では「嫌われるかもしれない」と分かっている。
でも無意識では「大丈夫」と知っている。
この差だけです。
結論
人は、現実で止まっているんじゃない。
想像で止まっている。
嫌われるから止まるんじゃない。
嫌われる“かもしれない”で止まっている。
この「かもしれない」が消えたとき、
人は自然に動き出します。
止まっているとき、何が怖いと感じていますか。
その怖さの正体を、私は「存在の安全」と呼んでいます。
✳️詳しくはこちら👇
👉自信の4階建て:存在の安全とは何か
実はこれ、仕事も全く同じ構造です。
だから、
同じところで止まる。
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