🟩認知症の妻とのゆるり庭生活 🍓|イチゴの赤色に、妻の表情がふっとほどけた日
6月 梅雨入りのころ
楽しみにしていた苺の初収穫。
なのに、かじられていた。
でも――その朝、ふたりでよく笑った。
イチゴの苗を買った。
「大粒で甘い苺がなる」
と書いてあって、期待は大きい。
養分を吸ってぐんぐん伸びる苗。
子株を増やそうとランナーが出てきたので、
説明通りすべて摘む。
「苺さん、ごめんなさい」
実を育てるために子孫繁栄はもう少し先でお願い。

白い花がまとまって咲き、小さな実がなりはじめる。
おっ? 小さいな。
でも、だんだん白い苺が大きくなっていく。
毎日、妻がデイサービスから帰ってくると苺の報告。
「赤くなってきたよ」
「もうすぐ食べごろ」
「期待大!」
よし、今日こそ収穫。
……と思ったら、
あれ? 裏側に穴が空いている。
かじられた跡。
鳥か?
こんな裏側をわざわざ食べていくかな。
何かの粘液のようなものが乾いて光っている。
調べると、ナメクジらしい。ガーン……
第1号、やられた。
大きくなれと笑って眺めていたその裏側で
ナメクジがうまそうに食ってたわけか。
「その部分だけ切って洗えば……」と思ったが、
寄生虫のリスクもあるらしく、泣く泣く断念。
ネットで撃退法を調べる。
「銅のテープで囲えば入ってこない」と書いてある。
早速ポチッ。ミッションコンプリート。
まぁ、そういうこともある。

第2号の実に期待。
「人間には知恵があるんだぞ」
なんて言いながら確認すると……
「なんじゃ、また食われてる!」
銅テープで結界を作っておいたのに
嘘ばっかりだな。
最近のナメクジはジャンプして飛び越えてくるのか?
独り言のように言うと、それを聞いた妻が声を出して笑った。
そうか地面に近いからか。
実を支柱で吊って高くした。
よっしゃ。
第3号に期待。
またしても粘液がついて穴が開いている。
えぇ?
今度は空を飛んできたのか?
ここまで登ってきたのか。
ぶつぶつ言っていると妻が後ろで笑った。
こうなったら、次のイチゴは…。
ちょっとずつ小さくなってきてる気がするけど、まだマシ。
ナメクジより先に!と早めに収穫。
「見たか、勝ったぞ」
でも、もう少し待てばよかったのかな。
真っ赤になる前にすぐに萎れてしまった。
結局、苺はどんどん先延ばし。
ようやく収穫できたのは、小さな、小さな苺。
無傷の苺を妻に見せると、また声を出して笑った。
今の妻には、この状況が認知できてないだろうけど
やっと収穫したことは伝わっていそうだ。
妻の口に入れてやると、
笑った。
私も、笑った。

……私は、まだ・・・食べていない。
全部、ナメクジに献上したようなものだ。
食って行ったナメクジよ、よく聞け!
どうだ「うまかっただろ!」
でもまあ、いいか。
来年は“石垣苺”にでも挑戦しよう。
ナメクジの手が届かない高さで、また、ふたりで笑える日が来るといい。
苺は食べられなかったけど、笑いはたくさんもらいました。
また次の「Hガーデン|庭で認知症の妻と向き合う日々」で、お会いしましょう。
【マガジン収録先】
📚 「Hガーデン|庭で認知症の妻と向き合う日々」
→ 夫婦で育てる庭の思い出を、四季折々につづる連載シリーズです。
季節の移ろいを一緒に感じていただけたら嬉しいです。
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