女性活躍の盲点と私たちに本当に必要だった、たった一つの視点ー23年間自治体の中で見た、善意の配慮が"悪意なき排除"に変わるとき③【最終回】
第3話 誰かが犠牲になる組織を、そろそろ終わらせよう
前回は、人材育成の現場で気づいた「任せない配慮」の問題と、チームの力を引き出す関わりへと自分自身が変わっていった話を書きました。今回は、3回にわたって問い続けてきた結論です。なぜ、女性活躍は進まないのか。そして、何をすれば変わるのか。
両立支援のための「休業制度」が整う自治体で、起きていること
日本の女性労働政策は、育児をしながらも労働市場にとどまり続けることを前提に設計されてきました。産後も働き続けるというフェーズにおいては、一定の役割を果たしてきたと思います。しかし就業者数が増えても、非正規雇用が半数を占め、リーダーは育ちません。
なぜか。女性が家事・育児・介護などの家庭内ケアを一手に抱えたまま、社会に進出したからです。日本はOECD諸国の中で突き抜けて女性に無償労働が集中し、男性の労働時間が長い国です。
この構造の中で無償労働を抱えた「ケア労働者」が正規就労を、ましてや管理職を目指そうとすれば、150%の力を振り絞り、パートナーが相当の協力体制にあるか、親の助けがあるか─そうした極めて限られた条件を持つ人にしか、その門戸は開いていません。
自治体には、育児・介護期間中も継続就労を可能にする充実した休業・休暇制度があります。しかしここにこそ、盲点があります。
両立支援制度は「両立」の名を冠しながら、実態は「働くか休業するか」の二択であり、キャリアの中断を意味しています。
子どもの手が相当に離れる中学校卒業頃まで、重要な任務から外れ続けるとしたら、それは十数年にわたる大きなキャリアブランクです。
責任ある仕事に長時間労働が求められる組織では、このように事実上「キャリアか家庭か」の二択を迫られます。
結果として、いわゆる「マミートラック(出産後、本人の意思にかかわらず昇進ルートから外れていく現象)」に陥り、気づいたときには相応の年齢になっているのです。
その選択が自発的なものだったのか、構造に押し流されたのかさえ、本人にもわからなくなっています。
制度だけが整い、働き方が変わらない組織では、女性が休業・時短を長期化させるという皮肉な結果が待っています。
育休を取る人と、その穴を埋める人。
時短で帰る人と、残って仕事をする人。
気づけばそこに分断が生まれ、やがて「制度を使う人=重要な仕事は任せられない人」という空気が醸成されます。
これが、善意の配慮が悪意のない排除になる瞬間です。
どちらを選んでも何かを失う構造。これは個人の選択の問題ではなく、組織の設計の問題です。
これまで聞いてきた、女性たちの声
組織を離れた後、20代から60代まで100人近くの働く母親にインタビューを重ねてきました。
そこで確信したことがあります。
女性のキャリアへの意欲は、決して低くありません。
その一部をご紹介します。
営業が好き。でも、子育てをしている先輩はみんな事務職に転換している。ここでは将来を描けそうにない。
育児休業中、何かキャリアアップにつながることをしたい。先輩は大丈夫というけれど、復帰後のスキルに自信がない。
仕事が辛かったわけではない。辛かったのは、本当はもっとできるのに、という悔しさだった。
どれだけ効率化しても評価されない。結局は、体を張れる人でなければ認められない。
今の仕事が好きで誇りを持っている。でも、子どもとの時間を大切にしたいならパートしかないのが現実だと感じる。結局、妊娠を避けている自分がいる。
悩みの中心はいつも「どうすればプライベートと両立しながら、描くキャリアを実現できるのか」という問いです。
管理職になりたくないのではない。
今の管理職の働き方では、無理だという事実。
ただ、それだけ。
そして、最も働く母親を追い詰めているのは「自らも働きながら子育てを一人で抱え、精神的に孤立している」ことです。
「夫を早く家に帰してほしい」という切実な声に、社会が応えていく必要があります。
そして実は、全く同じことが組織でも起きています。
誰かがやらなければならない「仕事」を抱えるから、帰れない人たちがいます。
誰かに負担が偏るー家庭と職場の問題は、全く同じ構造を持っています。
管理職勧奨の前に、変えるべきものがある
ロールモデルを示し、研修を重ね、管理職への勧奨を続ける。
そうした取り組みをこれまで多くの組織が試みてきたはずですが、それでも変わりません。
どんなに意欲と能力を兼ね備えた人材がいても、環境が整っていなければ力を発揮できません。
業務設計が変わらないまま、「あなたならできる」と個人に頑張りを求め続けることは、消耗を強いることと同義です。
変えるべきは働く基盤そのものであり、その基盤を最もよく設計できるのは、今のやり方ではうまく活躍できないと感じている職員のはずです。
女性は、誰もが活躍するための基盤整備の主役になれる
管理職ではない立場で長く現場を守ってきた女性たちは、実は「実務に最も精通している人材」です。
限られた時間の中で成果を出してきた、いわば「時短のプロフェッショナル」です。
彼女たちはどこに無駄があるか、どこを削っても変わらず現場が回るかを、肌で知っています。
「イノベーションは、若者・よそ者・馬鹿者が起こす」という言葉があります。
長年、組織の意思決定の外側に置かれてきた女性は、まさにこの「よそ者」です。
これまでの当たり前を疑い、本質を問い直す力を持っています。現場を支える彼女たちに、どうすれば活躍できる環境が整うのかを聞かない手はありません。
管理職への勧奨をする前に、その女性の力をまずは徹底した業務改善に活用してほしいのです。
「女性が活躍できる体制づくりを本気で進めたいから、業務改善に知恵を貸してくれませんか」
あなたが目をかけるような優秀な女性の中に、そう声をかけられて嬉しくない女性はいるでしょうか。
女性の実務ノウハウ×若手のデジタルリテラシ×フィールドを整える管理職
「あなたなら、できる」と任せられた経験こそが、自己効力感を底上げし、働きやすい職場づくりを推進します。主体的に組織を変える経験が、管理職への意欲へと自然につながっていく、女性がリーダーになることの本来の意味は、この「イノベーション」にあるはずです。
業務設計を変える──DXとは、発想の転換である
基盤整備において、いまDXは避けて通れません。DXとは単なるデジタル化ではなく、業務そのものを根本から問い直し、再設計することです。
この発想の転換こそが、最も難しい部分です。
人間がやるべきことと、やらなくてよいことを分けなければならない時代です。
かつて皮むき器が登場したとき、「包丁を使わないのは邪道だ」と感じた人がいたでしょう。余裕があるならそれでもいい。でも、一仕事終えた夕暮れ時、包丁で丁寧に剥いたジャガイモか皮むき器で剥いたジャガイモかよりも、はるかに大切なことがある。
一刻も早くお腹のすいた家族に料理を届けることです。
DXへの抵抗はこれと同じであり、手段への執着が本来の目的を見えなくさせています。
そしてこの発想の転換を起こせるのは、制約の中で働いてきた人たちです。私が係長時代に徹底した業務の見直しができたのは、「残業できない」という切実な制約があったからです。
試しに、「誰一人残業できないとしたら?」という問いを立ててみてください。頭はまるで違う方向に切り替わるはずです。
制約の中に置かれて初めて「本当に必要なことは何か」が見え、全員が「帰りたい」からこそ本気の知恵を絞る。
やらされ仕事ではない創意が生まれます。管理監督職の仕事は、自ら手足を動かすことではなく、こうした現場の力を引き出すフィールドを整えることへと転換しなければなりません。
基盤が整って初めて、育成は機能する
基盤が変わってはじめて、個への育成が意味を持ちます。 若いうちからできる限り重要案件を任せること。育休中や時短であっても、「この人を育てる」という意思を持って期待を伝える。休ませることが配慮ではなく、参画できるように整えることが本当の配慮です。
同時に、「自分には無理だ」「家庭が優先だから」という女性の言葉の裏には、社会が長年かけて植えつけてきた思い込み(バイアス)が潜んでいます。その言葉を額面通りに受け取り、育成を諦めてしまっては、一向に状況は変わりません。期待を言葉にして伝えることが、組織にできる第一歩です。
反対に、仕事を置いて子どもを迎えにいくことや、家庭を優先することに強烈な罪悪感や劣等感を持つ男性を何人も見てきました。
「育児中の男性が管理職として働いている姿が心の支えになる」という若い声を聞きます。
「管理職は強くあるべき」というバイアスは、管理職を孤独に追い詰め、若手の目指したい姿から遠のいていきます。
「仕事一辺倒でなく、管理職も両立を目指してよいのだ」というメッセージを送ることが、若い職員全体の昇任意欲に確実につながっていきます。
自治体こそ、変わらなければならない
第一話のはじめに書いたとおり、日本社会の持続可能性を本気で考えたとき、旗を振るべき存在は自治体です。働き方改革を推進し、子育て支援を届ける自治体自身が、同じ課題を内包したまま、多様な当事者の視点が入らない政策は、当事者に届きません。
自治体が変わることは、社会が変わることに直結しています。その変化は外からの圧力だけでは生まれず、内側にいる一人ひとりが、自分たちを縛るバイアスに気づくことから始まります。
『女性活躍』と言いながら、私たちは女性を家庭を守るものとして休ませること、休むことばかり考えてきたのではないか。これこそが、どれだけ頑張っても空回りし、私たちを疲弊させてきた盲点だった。本当に必要だったのは、『活躍』をサポートするという、驚くほど単純な視点だけだった。
管理職の数を増やすことばかりに気を取られ、誰も何のためにやるのかわかっていません。家庭でも、組織でも、特定の誰かだけが活躍できる(それを望もうと望まなかろうと)環境はすなわち一人で抱える孤独な環境なのです。
女性活躍とは、女性の力を社会に、組織に活かすこと、そして男性の力を家庭に、地域に活かすことです。
「管理職になりたくない」「結婚、出産を望まない」今、若者は何に強烈な違和感を感じているのでしょうか。
【明日から、始められること】
1.働き方改革と業務改善のための「プロジェクトチーム」を作り、優秀な女性をリーダーに抜擢してください。どうにも効率が悪く「いつか見直しを」と思いながら放置している業務の1つや2つ、あるはずです。サブ担当にはデジタルリテラシーの高い若手をつけましょう。これまでの常識の外側にいた人たちから、きっと新しい知恵が生まれます。
2.管理職は、予算上の措置や内部調整など、彼女たちがプロジェクトを前に進めるために必要なサポートに全力で徹してください。自分たちが働きたい職場を自分たちの知恵でつくる経験が、主体性と自己効力感を押し上げます。小さな成功を言葉で褒め、フィードバックしてあげましょう。プロジェクトが上手くいった時、皆さんは彼女たちにとって一生忘れない上司として記憶に刻まれるはずです。
3.女性にプロジェクトを与えるとき「あなたが管理職になったときを想定して取り組んでください」と伝えましょう。単なる不平不満を真剣な提案に引き上げることが必要です。支える側と支えられる側は、職場でも家庭でも押し付け合ってきた事実があります。「管理職が背負うもの」という固定観念を自分ごととして塗り替える。その経験こそが、次世代に残せるモデルになります。
4.組織でも、家庭でも、誰かが犠牲になることをそろそろ終わりにしましょう。一人で頑張るのをやめ、時には弱音を吐いていい。人は成功談よりも失敗談を共有することで心理的安全性が高まり、チャレンジする勇気が湧いてきます。これまで支えてきた人が一歩引いて、支えられてきた人の活躍を応援しましょう。誰もが自分の存在意義を感じられるとき、きっと忘れていた笑顔が戻ってきます。組織でも、家庭でも「評価されない」これが最も辛いのです。
本当は、もっと楽しいはずだった
最後に、個人的な想いを書かせてください。
本当は楽しいはずの子育てを、気づけばすべてミッションにしてしまっていました。家は、いつも戦場でした。
これは、私自身の後悔です。
もっと子どもたちと笑えばよかったし、もっと周りを頼ればよかった。もっと早く、完璧にやらなくていいと気づけばよかった。
でも、それに気づくことができただけ、幸せだと思います。
昭和世代の女性とよく話をします。「私たち、一人でやりすぎたよね」と。
そしておそらく、男性も。
この言葉を初めて聞いた日から、ずっと引っかかり続けてきた「女性活躍」という言葉。もう聞くのは疲れてしまった気がします。
来月も、都内の自治体で登壇します。現場の一人ひとりと、目の前で言葉を交わしながら、「自分たちを縛っているもの」に気づくきっかけを届け続けたいと思っています。
次世代には、もっと笑顔で子育ても仕事も楽しんでほしいから。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
