この空の下 大切なもの(ショートショート)
こちらの作品の続きとなっています。本編だけでも読めますが、続けて読まれるとより楽しめると思います。
あくび……
あくび……
またあくび。
クリスマスに男と食事をしていると言うのに、この女はどうしてこんなにも退屈そうなのか。
今すぐ帰りたい気持ちになるが、なんとか笑顔を作って話しかける。
「ミキちゃん、今日はありがとうね。大事な日に一緒に過ごしてくれて嬉しい」
「こちらこそ。あのカバン欲しかったし」
「あぁ、ミキちゃんに似合うものをプレゼントできて良かった」
「そうやね。ただ店のチョイスはイマイチやな。わたし和食は食べ飽きたのよね。てゆうか、クリスマスなんやし、もっと他のあったやろ?」
「あ、ぁあ、ごめん」
「いや、謝らんといてよ。わたしがイヤな女みたいやん」
「・・・」
「・・・」
「あのさぁ、マサミとはどうなってるの?」
「ん? マサミくん? いいひとやね。そんなあなたは、親友の彼女を奪おうとする悪いオトコやね」
ミキの上目遣いにおれは吐き気を覚えた。
◇◇◇
大阪の大学に受かったおれは、東京の実家を出て1人暮らしを始めた。知り合いもいない中、同じく東京から出てきたマサミとは気が合った。
おれと違って、思いやりがあって優しいマサミ。
そんなマサミが好きになったのがミキだった。
ミキは地元の市議の一人娘で、確かに聡明で上品な雰囲気をまとっていた。学内でも目立つ彼女は、いつも男たちに囲まれていたが、決してなびくこともなく、まさしく高嶺の花だった。
入学して半年くらい経ったころ、マサミとふたり家飲みをしていた。その日は珍しく酔っ払ったマサミが、嬉しそうに報告してくれた。
「テツヤ、おれさ、ミキちゃんと付き合うことになったよ」
もちろんおれは親友の幸せを心から祝った。
ミキとマサミはとてもお似合いに見えた。
その時は。
◇◇◇
しばらくして、嫌な噂を聞いた。
同期の女子達が騒いでいるのが耳に入ってきたのだが、ミキが複数の男と付き合っているという。
最初はお嬢様に対する単なるやっかみかと思ったが、疑いの目で見ると確かにミキはどことなく裏がありそうに思えた。
話しかけてみると思いのほかノリがいい。
食事に誘うと簡単にOKされた。
「うちな、話しかけにくいオーラ出てるみたいでなかなか誘ってくれる人いないから、こうやってお誘いしてもらえると嬉しいねん」
なんて言いながら上目遣いでこちらを見る。
なるほど、これで大抵の男は1発KOだろう。
2時間ほど一緒に過ごしてすぐに分かった。
こいつぁ小悪魔だ。地雷案件だ。
純真なマサミがイチコロなのもよく分かる。
さて、どうしよう?
このままミキの本性をマサミに伝えても、きっと信じないだろう。
これは、決定的な証拠を突きつけて、目を覚まさせるしかない。
じゃないと、この小悪魔はマサミから全てを搾り取ってしまうだろう。
◇◇◇
そこでおれは、ミキの行動を監視し始めた。まるで探偵になった気分だ。
しばらく見ていると、ミキはマサミ以外に3人と遊んでいることが分かった。しかも、それぞれの男に貢がせて、それをバイトと称している。
想像以上にひどい状況。
一方でマサミの様子を伺うと、ミキと過ごすクリスマスイヴを楽しみにしている。ピュアで脳天気なやつだ。そこがいい所なんだけど。
さて、どうしたものかと考えた。
手元には、ミキが男と会っている写真。これこそ証拠になる。これをマサミに見せたら諦めるだろうか。それだと単にダメージを与えるだけになるだろうか。
やはり、ミキ本人に何か罪を償わせることは出来ないだろうか。
せめて、マサミへの謝罪の言葉が欲しい……。
◇◇◇
「クリスマスにバイトしない?」
食堂でミキを見かけて、おれは唐突に切り出した。
バイトというワードに、ミキは一瞬ギョッとした様子を見せた。
「バイトってどうゆうこと?」
「マサミから聞いたんだ。『ミキちゃん、最近バイトで忙しいみたいだ』って」
「あー、マサミくんが。そうなんや。イヴはマサミくんと過ごそうかなって思ってたんやけど、なんか良いお仕事あるん?」
「そうそう! ミキちゃんの1番欲しいもの買ったげるよ。もちろんおれにできる範囲だけど。その代わり1晩デートしてよ」
「ふーん。バイトってことにして、遊びたいってこと? 悪い男の子やね。でも面白いから、いーよ。ところで……同じクラスの人やっけ?」
悪びれもなく聞いてくる。前に飯奢っただろうが。それにしても簡単に物に釣られたなぁ。やはりひどい。
◇◇◇
「マサミくん? いいひとやね。そんなあなたは、親友の彼女を奪おうとする悪いオトコやね」
イヴの夜。目の前には白いワンピースに薄いピンクのストールをまとったミキがいる。見た目だけで言えば、まさに天使。そんなミキにおれはいよいよ切り出した。
「おれさぁ、見ちゃったんだよね」
そう言って、ミキと男たちが写った写真をテーブルに出した。
「な、なによこれ? ストーカー?」
「いやいや、マサミがいるのに、これはないでしょ。何やってんの?」
「あんたには関係ないやん。え、なに? これ見せたいから今日呼んだの?」
「そうだよ。マサミに謝って欲しい」
「は~ぁ? わたしが? わたしは特定の誰かじゃなくて、全男性に平等なだけやねんけど。マサミくんにも何も悪いことしてへんよ。むしろ、これだけ一緒にいて何も大したプレゼントもくれへんのに、別れないわたしに謝って欲しいくらいやけど」
「・・・」
「それだけなん? それやったら私帰るね」
立ち上がりかけたミキを制しておれも返した。
「いやいや、マサミがどれだけミキちゃんのこと想ってるか分かってる? あいつ、ミキちゃんが初めてできた彼女なんだよ。大切に想ってるんだよ。今も、ミキちゃんはバイト頑張ってるからって健気に帰りを待ってると思うよ。遊ぶのは勝手だけど、あんなピュアなやつ巻き込むなよ! 謝る気がないなら……せめてもう、マサミとはすっぱり別れてやってくれよ」
ミキは一瞬、とても寂しそうな表情を見せたが、すぐに元に戻って「分かったわ。今までありがとうって伝えといて」と残して帰って行った。
ミキも寂しかっただけなのかもしれない。あるいは、おれと同じで、マサミの純粋さに癒されていたのかもしれない。かと言って、何も許す気にはなれない……。
◇◇◇
ピンポーン
マサミの部屋の前でチャイムを鳴らす。
ピンポーン
ピンポーン
3回目を鳴らしたところで、ドアからマサミが顔を出した。
「あれ、テツヤか……悪い。おれ、お前とは今話したくない」
「え? ケーキと酒買ってきたんだけど」
「おれ……さっき見たんだ。テツヤとミキちゃんが2人でいるところ」
「あ! そうなんだ。すまん、それについては誤解なんよ。とりあえず部屋ん中で話させて?」
「……え? 誤解? そうだよな! テツヤとミキちゃんがおれを裏切るわけないよな?」
マサミはすぐに信じてくれる。どれだけまっすぐなやつなんだ、と少しあきれながら部屋に入った。
◇◇
「マサミ、何やってたの?」
「おにぎり食ってた」
「そのお通夜みたいな顔で?」
「そうだよ。テツヤとミキちゃんが浮気してると思って、この世に絶望してた」
2人で顔を見合わせて少し笑った。
マサミの顔に表情が戻ったのに安心したが、話は伝えないといけない。
「マサミ、ごめん。あらかじめ謝るけど、今からキツイこと伝えるわ」
「え? なになに? もう今日は勘弁なんだけど」
「だよな……。でも、伝えるしかない。ミキちゃんはもうここには来ない」
「・・・」
「彼女のこと、少し調べたんだ。嫌な噂があって、おれも信じたくなくて。でも、噂は本当で、ミキちゃん、マサミ以外に男と遊んでた」
「・・・」
「写真……証拠写真……みる?」
「見ない」
「だよな。それで、今日ミキちゃんに会って、真実かどうか確かめたんだ。そしたら、やっぱりほんとで……」
「・・・」
「最後にミキちゃん、マサミくんにありがとうって伝えてってさ」
ずっと黙って下を向くマサミに、おれはとにかく最後まで伝えきった。
長い沈黙のあと、マサミは目線をあげて言葉を吐き出した。
「……まじか。めちゃくちゃショックだけど、テツヤ、わざわざそれをミキちゃんに確かめてくれたのか?」
この短い時間で気持ちを切り替えて、おれを思いやれるなんてどれだけいいやつなんだよ。
「そうだよ~おかげでカバン買うはめになったよ~ったく」
「カバン?なにそれ、取材代?」
「そうそう。高くついたわ~」
2人で笑い合う。
「悪かったなぁ。あ、ケーキ食べようぜ!」
マサミが机の上のケーキを指さす。
「そのケーキ、おれが買ってきたやつだよ! まぁ~マサミが少し元気になったみたいで良かった! 今日は男2人飲もうぜ!」
「おぉ、飲もう。なんだかおなかすいたなぁ。そういや、今日ご飯食べてなかったわ。
でも米しかないな。テツヤ、おにぎり握ってくれる? おれ下手くそでさ」
「いいけど具はどうする?」
「うーん。めんた……いや、塩こんぶで!!」
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