スパイの愛したおにぎり(ショートショート)

選択肢は、ひとつしかなかった。
想像もしてなかったんだ。

今日、この日が来るまでは……。


◇◇◇

ミキは大学の同期だ。
関西でも有名なお嬢様学校出身で、初めて会った時から育ちの良さが全身から滲み出ていた。いわゆる、The高嶺の花子さん。

ミキの周りにはいつも爽やかな香りと、穏やかな空気と、そしてミキを狙う男たちで溢れていた。

もちろんおれも、その男たちの1人だったわけで、遠くから眺めながら、「ミキちゃんと仲良くなれたら」なんて妄想する日々だった。
控えめに言って、あれを一目惚れと言うのだろう。


入学から半年くらいして、奇跡が起きた。

それまで全く話したことも無かったのに、フランス語の授業の発表でペアになったのだ。

発表まで時間が無くて、おひるごはんを食べながらふたりで課題をこなしていた時だった。

おれの不格好なおにぎりを見てミキが「今度、私お弁当作ろうか?」と言ってくれたのだ。そんなミキのお弁当は、まるでセーヌ川のほとりでいただくような、気品と芸術と愛にあふれたdéjeuner(お弁当)だった。「じゃ、じゃあ明太子で!」とテンパって答えてから、なんでおにぎり前提なんだよ!って自分に突っ込んで恥ずかしくなった。

翌日ミキは、本当におにぎり弁当を作ってきてくれた。もちろん中身は明太子。ほんのり甘い卵焼きと、食べやすいようにピックに刺された枝豆を見て、あぁ天使だって思ったね。


課題発表の本番は……まぁ散々だった気がする。あまり覚えていない。ずっと隣のミキが気になって集中出来なかったからな。というか、その後の打ち上げお食事会が最高すぎたから、課題の方はあまり記憶にないだけかもしれない。


発表終わりでダメ元で食事に誘ったら、意外とOKをもらえた。だから、いつもは絶対行かないような割烹料理屋をあわてて予約した。行ってから、こういうのはミキにとっては日常過ぎて、もっと違う店にすれば良かったと少し後悔したけれど、ミキは笑って「このお店美味しいね。連れてきてくれてありがとう」って満点の笑顔をくれた。続けて「この後は、マサミくんの普段行ってるようなお店がいいなぁ」なんて見つめてくるから、完全に舞い上がって、二次会の店を出たら勢いで告白してしまった。


やばい、飲みすぎたかも、って後悔した次の瞬間、ミキは「私でよければ」とこれまた最高の笑顔をくれた。時間よ止まれってこの時真剣に思ったね。


◇◇◇


それからの大学生活は最高だった。
ミキの作ってくれるおにぎり弁当を食べながら、何度も幸せをかみ締めた。


街中で鏡に映る2人を見る度に、不釣り合いかもしれない、という不安にかられたけれど、ミキはいつも優しかったし、鏡を見なければ済む話だと自分に言い聞かせて毎日過ごした。


◇◇


付き合い初めて3ヶ月ほど経ってから、あれ?と思うことがあった。


いつもは明太子おにぎりなのに、ある日中身が塩こんぶだった。いや、普通に美味しいのよ。塩こんぶも嫌いじゃないんだけど、それまで頑なに明太子おにぎりだったもんだから、少し不思議に思ってミキに聞いてみた。

するとミキは一瞬、あっ、て顔をして「ちょうど明太子がなくて」と言った。こういう時の、あっ、て意外とすぐ気が付くんだよなぁ。まぁ、塩こんぶも美味いからいいけど。



◇◇

しばらくしてミキは新しいバイトを始めたとかで、急に忙しくなった。
それまでお金の面で苦労している様子は見えなかったのに、急にバイトを始めたので、「何か買いたいものでもできたの?」と聞くと「ないしょ」とはぐらかされる。でもおれはなんとなく気がついていた。だって来月はクリスマス。2人にとって初めてのクリスマスだ。おれもバイトしよっかなぁ。ふふふ。



◇◇

なんと、クリスマスイブにバイトが入っているらしい! めっちゃ謝られたけど、初めてのクリスマスイブは久しぶりにデート出来ると思ってたから悲しい。そもそもバイトを始めた理由ってプレゼントをくれるためじゃなかったのか? もしかして、夜に枕元に置いておくスタイル? バイトと見せかけてサンタとして現れる的な? なんだよ、ミキ。そんなサプライズを準備してくれてるのか?



イブ当日の夕方4時。バイトまでの時間、ミキはおれと一緒に居てくれた。今日のシフトはよりによって夜らしい。ドアまで見送って、「ねぇ」と声をかけてミキを抱き寄せる。 一瞬ミキが固まったように感じたけど、軽くキスをして「いってらっしゃい」と声をかけた。ミキは軽く微笑むと、すぐに無表情になってドアを出ていった。


なんとなく、妙な胸騒ぎがして、おれは後を追いかけることにした。


家を出る前に鏡を見て気付く。いつものグレーのスウェットパーカーに、バックプリントがでかでかと入ったevisuのジーンズ。あまりに普段着すぎて、イブの街中を1人歩いていたら寂しすぎる気がした。何より、ミキに見つかったらすぐに分かってしまう。


今からおれは……そう、スパイだ。
これはミキにバレてはいけない極秘ミッションなのだ。


あわててクローゼットを開けて手持ちの服を確かめる。一張羅のジャケットを上から羽織り、ジーンズも目立たない黒のチノパンにした。たまにネタでかけるレンズの入っていない眼鏡をつけて、マスクをして外に飛び出した。


ミキのバイト先は実は知らない。ただ、ここは大学生が沢山すむ下町だ。ほとんどアパートの住宅街だから、働くなら、お店の立ち並ぶメインストリートだと推理した。


足早にメインストリートにたどり着くと、人混みの中にミキの後ろ姿を見つけた。やはり後ろ姿も美しい。今日は特に、髪型もアップにしてまとめていて、一段と素敵だと思った。思わず近付いて後ろから抱きしめたくなったが、もう自分の目的を忘れてしまいかけている事実に急に恥ずかしくなった。「危ないあぶない。ミッション失敗になるではないか」とわざと口に出して独り言を言う。ミキは……大丈夫。気付いていない。



おっ!


危なかった。急に振り向くから見つかるところだった。
少し間をあけよう。見つからないように。



あっ!


あそこに監視カメラがある!
あれに映るとやっかいだ。おれはスパイ。どんな小さな痕跡も残さないのだ。


などと、ついつい妄想モードに突入してしまう自分と戦いながら、ミキの後ろ姿を追った。


するとミキがある店の前で立ち止まった。
あそこは、おれが以前ミキと初めて食事した場所。そう、割烹料理屋だ。


ミキはすっと左腕の時計を見て、スマホに視線を落とす。誰かと待ち合わせをしているのだろうか?

ここで考えられる選択肢はみっつ。


ひとつは、一緒にバイトに行く仲間とここで合流する。


ふたつめは、バイト先がこの割烹料理屋で、少し早く着いたからシフトの時間まで待っている。


もうひとつは……。



と考えているうちに、ミキがスマホから目線をあげて、右手を振った。


その視線の先に現れたのは……テツヤだった。


テツヤもおれたちと同期だ。入学当初から仲良くなって、よく二人で飲んだり遊んだりしてきた。ミキと付き合い始めた時は、テツヤも喜んでくれて、なんならおれの一番の親友だ……のはずだ。


そういや、あいつの好物、塩こんぶのおにぎりだったな。



その瞬間、点と点がつながって、頭の中でバチバチと火花を散らした気がした。


その間に、ミキとテツヤは仲良く手を繋ぎ、お店の中にすっと消えていった。


その瞬間、選択肢はひとつしかなかったことに気が付いた。




◇◇


ひとり、とぼとぼと家に帰ると涙が止まらなかった。悔しい。寂しい。悲しい。どれだろう?
スパイの結末がこんなにも情けない映画なんてかつてあっただろうか?


華麗にミッションをこなして、今頃ミキと一緒に食事を取っているのがおれだったら、このスパイ映画もブレイクして、シリーズ化されて、大ヒット御礼間違いなしだったのに。



誰もいないキッチンで冷蔵庫を開けると、食材はほとんどなくて、買っておいたクリスマスケーキの横に、明太子がポツンと所在無げに目に入った。



炊飯器に残っているお米で、不格好な明太子おにぎりをにぎって、ひとくち、あむっと食べた。

とたんに涙がとまらなくなって、ちゃんと握れてないから米粒がくずれおちて、そんな涙でぐちゃぐちゃのおにぎりを、両手で押し込むように口の中に詰め込んだ。


想像もしていなかった。

親友と彼女に笑われる、脇役のスパイ。

それがおれに残された、たったひとつの選択肢。






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今回は2つの企画に参加しました。


選択肢からはじまる、もしくは終わる片思いのストーリー。
さらに、おにぎり、大ヒット御礼、監視カメラの3つのワードを使う。


冒頭のフレーズは、企画主の作品が素晴らしかったので、敬意を評してそのまま使わせていただきました。

ありがとうございました。


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