三年間、誰も使わなかった言葉「なんのはなしですか」が文化になるまで、を横で見て
客観的に感想を書けないな、ってとこで止まってしまってたんですけどね。
でも、モスエリさんの素晴らしい考察を読んだらやっぱり書かない訳にはいかないな、ってなりました。
客観的に書けないなら。もう思い切り主観で書いてみようと思います。
私と「なんのはなしですか」
初めてタグを使ったのが2024年の5月。
あらためて思い返してみたんですけど、私はこの言葉に惹かれたから使い始めた訳じゃなかったんだと思います。
むしろ、「なんのはなしですか」という言葉を中心に集まっている人たちが、おかしくて、面白かったから。
シンプルにあの人たちに近付きたい。その気持ちでした。
コニシさんの記事にもあるように、路地裏のプリンセスを始め個性的な人たちが沢山いて、それこそ毎日わけがわからない、なんのはなしかわからない作品がどんどんアップされていく。
そしてその中心にはどうやらコニシ木の子という人がいるらしい。
コニシさんの記事も読みに行ったら、これまた面白くてクセになる文章で。
そう、当時の私にとっての「なんのはなしです課」は、書き手としての実力がぶっ飛んだスター集団だったんです。
しかもオールジャンルの無差別級。
有益な記事は既にnoteの世界にあふれていて、でもそういう記事には飽き飽きしていた自分にとって、何の役にも立たない、自由で、好きに表現された「なんのはなしですか」はとても眩しかった。
そんな面白い人たちの仲間になりたくて、タグを使い始めたのがきっかけでした。
私とコニシ木の子
コニシさんは、私にとってカリスマでした。
めちゃくちゃ面白いnoterさん達が、こぞってコニシさんのことを崇めている(ように見えていた)。
だから当時コメントを貰った時は小躍りして喜んだし、通信で紹介される度にスクショして何度も読み返しました。
通信を読み込んでいて通勤電車を乗り過ごしたこともあります。
週に一度、月曜日に自分の記事が紹介される。しかもあのコニシさんに。
嬉しくて仕方なかったです。
私にとって、コニシさんは雲の上の人でした。
そんなコニシさんと仲良くなりたい。
次第にそう思うようになりました。
私は文章が面白いと思ったら、その先のその人を見たい、知りたいと思う質です。
コニシさんのことも知りたい。
どんな人なのか。
そもそも男なのか、実在するのかも分からない。
今でこそ顔も出してメディアにも出ているコニシさんですが、当時は全てがベールに包まれていて、そのファンタジーな感じにたまらなく惹かれました。
2024年11月。初めてお会いした時から、私のnote人生は大きく変わったと思います。
「なんのはなしですか」をジャンルにしたいという熱量。当時はまさに路地裏が広がり始めたばかりの時期でした。
これからの展望を子供のようにキラキラした目で語るコニシさんはとにかく眩しかった。
そんなコニシさんに「マイトンもっと書きなよ。絶対いけるよ」と言われたことが、どれだけ背中を押してくれたか。
同い年のはずなのに、これまで歩んできた人生は全く違っていて、自分が見てこなかったこと、感じたことのなかったことが、コニシさんと話しているとどんどん流れ込んでくる。
衝動。まさにそれだなと思います。
「なんのはなしですか」の為に。というより、コニシ木の子という人が見ている景色を、一緒に見てみたい。
そんな気持ちだったのだと思います。
ここがスタートでした。
太陽と月
コニシさんとの関係を語る上で再三この表現を出しています。
最初は本当に太陽を引き立てる役割に徹するつもりでした。
コニシさんの強い意志と夢を実現する為に、自分ができることをする。あくまで考えて決めるのはコニシさん。
そうやって路地裏が広がっていくのを横で見ていたい。それができたら幸せだと思っていました。
だけど、途中から気付いたんです。
コニシさんも完璧ではない。コニシさんが不得意なところを自分が補えば、そして一緒に考えれば、「なんのはなしですか」はもっと大きく広い世界に届けられるのではないか。
幸い、路地裏はスター集団です。
色んな特技、才能を持った人財が沢山いる。
コニシさんひとりじゃダメで、私だけでも足りない。みなさんの力を借りて、もっと大きく動かしていけばいい。そう思うようになりました。
人が増えて、活動範囲が広がれば迷うことが出てくる。
でも、迷ったら立ち戻る基準は既にありました。
「なんのはなしですか」のミッション
誰もがどんな些細なことでも、楽しく、自由に、表現出来るようにする。
「なんのはなしですか」のビジョン
「なんのはなしですか」とあらゆる角度から考え、新たな価値を生み出す。
「なんのはなしですか」のバリュー(価値観)
肯定:すべての表現を受け入れる。
感謝:すべての表現は、困難から生み出されたものと考える。
冷静:すべての表現に対して決めつけない。
情熱:作品、人に徹底的に傾ける。
言葉のみでの繋がり:人間関係を何も強制しない。干渉しない。のめり込まない。
変化:進化や変わることを一切恐れない
これがあるから。
そして、コニシ木の子の目が、未来を見据えて引っ張ってくれるから。
今こうしてその活動はどんどん拡大しているのだと思います。
個人的にとても大切にしている記事があります。
「一緒にやろうよ」
誰も頼ることなく、ひとりで「なんのはなしですか」と言い続けてきたカリスマが、必要としてくれた瞬間。
正直色んな大変さはありますけど。
でも、それでも度々この記事に戻ってくると、こと時の嬉しい気持ちに戻れる。
なんのはなしですか
何があっても、そう言ってみたらいい。
私たちにはこの魔法の言葉がある。
そんな自由で、あほらしくて、でも笑顔に溢れた世界がもっと広がるのを見るまで、ここにいる幸せを忘れるな、って自分に言い聞かせています。
そうやって、今を全力で楽しんできたら、気が付けばいつの間にか私自身もティッシュ字検定師範になっていました。
「なんのはなしですか」の表現も、文章の枠を超えて、イラストから音楽、その他様々なカタチで広がっています。
タグの数は2万を軽く超え、千人以上が「なんのはなしですか」と表現しています。
と、ここまで書いてきたのが、私が見てきた路地裏の2年間です。
きっと、路地裏と関わったことのある人なら、私のようにみんなそれぞれのストーリーがあるのだと思います。
そういったストーリーが沢山積み重なって、大きな渦となって、それが文化なのだと思います。
正しいとか間違ってるとかじゃない。
コニシさんのものとか、誰かのものじゃない。
誰もがどんな些細なことでも、楽しく、自由に、表現出来る世界。
なんのはなしですか
まだその世界を見ていない方は是非口にしてみてください。コニシさんが飛んで回収に来たところが文化の入口です。

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