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「発信する」って、どういうこと?ーーnote騒動から見えてきた、私たちの“あり方”

少し落ち着いてきましたが、まだどこかざわざわしている——そんな空気を感じている方も多いと思います。
今回の「辛口レビュー」騒動をきっかけに、note上ではさまざまな意見が飛び交いました。

称賛の声、疑問や反論、そしてその間で静かに傷ついた人たちの声。
私自身もすぐに記事を購入し、思うところを記事にまとめました。



出された記事を全部は貼りませんが、今回は、私がnoteを始めてからずっとご縁のあるクロサキナオさんやシゲクさんをはじめ、過剰考察のゆう、らいおんさんなど、多くの書き手の方がご自身の意見を発信されていました。




それぞれの視点や立場からの言葉に、強く共感した部分もあれば、考えさせられることも多かったです。

特に感じたのは、「発信者は常に“見られている”側である」ということ。


今日は、普段あまりオープンにしていない私自身のスタンスについて、正直に綴ってみようと思います。

これは、私のメンバーシップに参加してくださっている方々に向けてのメッセージでもあるため、メンバーシップ記事とさせていただきました。

とはいえ、今回の件は広く話題になっていることもあり、辛口レビュー記事と同じく、有料で一般の方にも読んでいただける形にしています。



今日わたしが書きたいのは、「見られる側である、ということの重み」についてです。


え、いつも鼻毛出てるやん、って思った方。よくないですよ?その見た目の話じゃないです。あと鼻毛出てません😉


そもそも……noteは炎上しにくいよ、って聞いていたのですが、XなどのSNSがすぐ近くにあるので、立ち振る舞い次第では、燃えるリスクがあると思います。

こんな時代だからこそ、単純な「見られ方」ではなくクリエイターとしての「あり方」が問われる。

今日はそんなお話です。

ちょっと、いつもより強めの内容だと思うので、その点ご容赦ください。




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