【1話読切】街中に取り残されたオヤジ『ピンボケの幸福論2』
Eテレ&note「#一言で表せない感動」受賞作『ピンボケの幸福論』のアナザーストーリーです。受賞作の裏側にある、両親の記憶を綴りました。
——父と母から教わったこと——
ある日の午後、私の携帯が震えた。
画面には父の名前。
「あぁ、まただな」と内容は大体察しがついた。
案の定だった。
父は母とケンカして、隣町の街なかに取り残されていた。
晩年の父はほとんど目が見えなかったから、腕を組んで歩かないと足取りが危なっかしい。
「かーちゃん怒らせちゃった」と、
子どもみたいにバツの悪い顔をしていた。
あの父が、だ。
帰る途中、父はどうしても「うどんが食べたい」と言い張った。
母に他の予定があったことなんて、
もちろん父は知っている。
知っているけれど、
食べたいものは食べたい。
そんな子どもじみた“だだ”をこねるのも、父の可愛らしいところだった。
うどん屋に入ると、父は急に真面目な顔で言いだした。
「道歩いてたらさ、ぶつかってくる奴がいたんだよ。
あっちからだよ? だから注意したら逆に怒られちゃってさぁ」
それは、母がいつも嫌がる“父のクセ”だった。
障がいがあるからって、
弱々しく振る舞わないといけない空気が、大嫌いだった父。
見えなくなっても、
「目が見えなくて」と人にほとんど言わないのは、
社会がどう反応するか、
長年、身に沁みて知っていたからだろう。
家に帰る道すがら、父はますます気まずそうな顔をしていた。
そして玄関を開けると、
今度は母が気まずそうな顔をしている……かと思いきや、
強気の母はやっぱり、まだ怒りの火種を胸に抱えたまま。
「まったく、あんたって人は!」
父はしょんぼり、
母はぷんすか。
その姿を見て、私はふと思った。
——あぁ、この人たちに育てられたんだな、と。
父からは、
「弱く見える時こそ、心だけは折れるな」と教わった。
母からは、
「強くあることは、愛の形のひとつだ」と学んだ。
二人はいつもケンカばかりしていたけれど、
どこかでちゃんと支え合っていて、
その不器用な愛情を私はずっと見てきた。
ピンボケした家族の写真みたいに、
輪郭は少しゆがんでいるけれど、
温度だけははっきり残っている。
私はあの日のうどんの湯気を思い出す。
あれはたぶん、
父と母が教えてくれた “幸せの温度” だ。
『ピンボケの幸福論』シリーズ↓
