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【1話読切】サンタが来なかった松ちゃんのこと。『ピンボケの幸福論9』

まだ、ぼくがちいさな子どもだった頃の話です。

あたらしい家が建つことになって、 ふだんはあんまり家にいない父親といっしょに、 工事中の土地を見に行ったことがありました。

季節は冬で、あたり一面、真っ白な雪景色。 ぼくはうれしくて、親父といっしょに雪だるまをつくりました。 そのへんに落ちていた木の枝を腕にして、 ちょうどいい石ころを目と鼻にして。 口は、たしかお菓子の袋か何かだったかな。

バケツの帽子までは用意できなかったけれど、 そいつは、これから僕たちが住む場所を じっと見守ってくれているような、そんな頼もしさがありました。

「あした、お母さんと妹にも見せてやろうな」

親父とそう約束して、その日は団地に帰ったんです。

あくる日、はやる気持ちをおさえて、 家族みんなでその空き地に行ってみると、 雪だるまは、ズタズタに壊されていました。

自然に溶けたんじゃなくて、 あきらかに、誰かの「意思」で壊された形をしていました。

親父とお袋は、なにかを察したんでしょうね。 「残念だね、また作ろうね」なんて言って、 その場をすぐに離れようとしたけれど、 ぼくはショックで、しばらく口がきけませんでした。

それから時間が経って、ぼくたちはその新しい家に引っ越しました。 そこで、「松ちゃん」という近所の友達ができたんです。

ある日、ふと雪だるまの話を松ちゃんにしたとき、 彼がポツリと言いました。

「あれ、おれがズタズタに引き裂いてやった」

悪びれる様子もなく、ただの事実として。 ぼくは意味がわからなくて、とっさに心の中で思ったんです。

松ちゃんは悪いやつだ。 松ちゃんになんか、サンタさんが来なければいいのに。

それは、子どもらしい、ささやかな正義感からの「呪い」でした。

そして迎えた、12月25日。 夕方になって、松ちゃんがうちに遊びに来ました。

ぼくのところには、サンタさんが来ていました。 本当は「ドンジャラ」が欲しかったのに、 枕元にあったのは、親父が宴会の景品でもらってきたような ビリヤードのおもちゃでした。 「これがサンタさんからのプレゼントなんだ」と、自分に言い聞かせていました。

それを松ちゃんに見せると、彼はまたポツリと言いました。

「お前はいいな。サンタさんが来て」

えっ、と思った。 松ちゃん、サンタさん来なかったの?

その瞬間、ぼくの胸は、 プレゼントをもらった喜びじゃなくて、 真っ黒な罪悪感でいっぱいになりました。

ぼくの呪いが、本当に叶ってしまったんだ。 ぼくが願ったから、松ちゃんのところにはサンタが来なかったんだ。

いたたまれなくなったぼくは、 もらったばかりのビリヤードで、乱暴に遊びはじめました。 すぐに壊れてしまいそうな、チープな作りのおもちゃ。 案の定、ビリヤード台はすぐにバキッと壊れました。

ぼくは、なんだかホッとしました。 これで、松ちゃんとイーブンになれたような気がしたから。

松ちゃんのこと、あとからいろいろ知りました。 おばあちゃんと二人暮らしだったこと。 あの日、親父と楽しそうに雪だるまを作るぼくたちを、 窓からずっと見ていたこと。

そして、昔「お父さん」と呼んでいた人にもらった プラスチックの短剣のおもちゃで、 あの雪だるまを切り刻んだということ。

松ちゃんのおばあちゃんは、クリスマスのやり方を知らなくて、 プレゼントを用意できなかったということ。

ぜんぶ、あとから知ったことです。

ぼくは、欲しかったドンジャラがもらえなかった。 松ちゃんは、サンタさん自体が来なかった。

「願っても手に入らないものがある」というのは、 ふたりとも同じはずなんだけど、 そこには決定的な、なにか深い違いがあるような気がして。

ぼくにはサンタが来て、松ちゃんには来なかった。 ぼくの「呪い」のせいなんかじゃなく、ただ、そういう現実があっただけ。

でも、あの日、僕がビリヤード台を壊して「イーブンだ」と思い込もうとしたように、 人はときどき、自分を守るために悲しい計算をしてしまうことがあります。

サンタクロースっていうのは、 ただプレゼントを持ってくるお爺さんのことじゃなくて、 「あなたのことを考えている人間が、ここにいるよ」という、 目に見えない「安心」のことだったのかもしれません。

それが「在る」のと「無い」のとでは、 世界の色がまるで違って見えてしまう。

松ちゃんが見ていた冬の空は、僕が見ていた空よりも、 ずっとずっと、広くて寒かったのかもしれません。

もうソウ太郎

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