まじめな日本人が国を滅ぼす -間違いだらけの経済常識- [21]財政破綻論は何が間違っているのか?(第5回)
国や世の中のことを良くしようと考えている人のほとんどが、日本を滅ぼすことに加担している。なぜなら彼ら・彼女らの経済に対する考え方が、致命的に間違っているからだ。そんな悲劇的な状況を少しでも変えるべく、この連載を始めた。8月からは、まじめな日本人が消費税廃止・減税、積極財政に反対する最大の論拠である、日本は今のままでは財政破綻するという「財政破綻論」のどこが間違っているかについて、解説している。
11. 日銀と銀行・政府の関係
前回は、銀行の実務家にとっての「常識」である、銀行が貸し出すことで預金は生まれるのであって、貸出に預金は必要ないという話をした。それならば、無限にいくらでも貸し出せるのかと言えば、そんなことはない。借り手の返済能力、その前提として資金需要が必要である。つまり、企業に資金需要があれば、預金が増加し、世の中に出回るお金の量が増え、景気も良くなる。金融部門から経済全体(企業や個人など)に供給されている通貨の総量を「マネーストック」と言うが、今回はそれとは全く別の通貨の話をしたい。
-日銀が銀行・政府に貸し出すと預金が生まれる
銀行が企業や個人に貸出をすると、預金という新しい通貨が生まれるのと同じ関係が、日銀(日本銀行)と民間銀行・政府の間にも成り立っている。一般の企業や個人が日銀に預金したり、日銀から融資を受けたりすることはできない。日銀は銀行の銀行とも言われるが、日銀が銀行に貸出を行う、あるいは銀行から債券を購入すれば、預金が生まれる。銀行に資金需要があれば、預金が生まれ、通貨が増えるのは、前回説明したマネーストックの場合と同様である。ただし、日銀が銀行に貸出を行う別の理由がある。世の中の金利をコントロールするためである。この点については、改めて説明したい。
日銀は政府の銀行でもある。日銀と政府の関係も、日銀と銀行の関係と本質的には同じと言える。ただし、政府は直接日銀から借り入れる(日銀に国債を売却する)ことはできない。日銀による国債引受を財政ファイナンスと言うが、これは原則禁止されているためだ。政府の国債増発に歯止めがかからなくなり、悪性のインフレーションを引き起こす恐れがあるためと言われる。そこで、日銀と政府の間に銀行がはさまることになる。日銀による政府への貸出(銀行を介した国債の購入)によって、政府に預金が生まれる。政府は確実に返済可能であるから、政府への貸出の条件は、政府の資金需要である。つまり、政府の需要によって、通貨が創造されることになる。
-マネタリーベースとマネーストックは全く別のお金
日銀(中央銀行)が世の中に供給する通貨量を、「マネタリーベース」と呼ぶ。日本銀行当座預金と現金通貨(日本銀行券=紙幣と硬貨)の総量を指し、2025年10月末時点で619兆円となっている。ここで重要なことは、マネタリーベースとマネーストック(金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量)は全く別のお金であって、混ざらないという点である。
「日本銀行当座預金」(日銀当預と略される)とは、金融機関が日銀に持つ口座であり、日銀と金融機関の間の決済(貸出、国債の売買など)や金融機関間の決済が行われる。一般企業や個人が日銀当預に口座を持つことはできない。また、日銀には金融機関に加えて、「政府預金」の口座がある(マネタリーベースには含まれない)。日銀、金融機関、政府の間の資金の決済は、日銀の口座間の振替で行われる。
マネタリーベースとマネーストックが混ざらないことを具体的に説明していこう。下図は、日銀による歳出金の業務の流れであり、公共事業の代金の支払いの事例となる。

(日本銀行金融研究所編「日本銀行の機能と業務」p.211)
①政府は公共事業を実施した事業者に代金の振込通知を行い、②財務省に支払情報のデータを送信、③財務省は日銀に預金口座への振込を請求する。④日銀は振込先の金融機関に事業者の預金口座・金額などのデータを送信する一方、政府預金を引落し、金融機関の日銀当預に入金する。⑤金融機関は事業者の預金口座に記帳することで代金を振り込む。
ここで気をつけてほしいのは、政府から公共事業を行った企業に資金が流れていないことである(上図の右=マネタリーベースと、左=マネーストックの間に資金の流れを示す赤い矢印はない)。金融機関の日銀当預が増加するのと同時に、民間企業の預金が創造されたのだ*1。
*1 10月の連載では、この代金の支払いの前に金融機関が政府から国債を購入した事例を説明した。その場合は金融機関の日銀当預から政府預金に振替(引落し・入金)が行われるから(上図の④の逆向きの矢印)、両者の預金口座の金額は元に戻ることになる。
次は、日銀による歳入金の業務の流れとして、個人や企業が金融機関を通して国税を納付する事例(下図)を説明しよう。

①税務署から書類を送付された個人や企業は、②預金口座の引落しなどにより金融機関(上図では代理店と書かれている)を通して納税する。③金融機関は日銀に国税受入を通知し、④日銀はその金融機関の日銀当預から引落し、政府預金に入金する。さらに⑤国税の計算整理、⑥その結果の照合・確認をした上で、⑦税務署への報告、⑧税務署との毎月の照合・確認を行う。
ここでも重要な点は、公共事業の代金の支払いの場合と同様、個人や企業が納めた税金が政府に流れているのではないことだ(上図の左=マネーストックと、右=マネタリーベースの間に資金の流れを示す赤い矢印はない)。納税が行われると、個人や企業の預金口座からその分の預金が消滅するのである(記帳によって預金が創造されたのとは逆に)*2。
*2その分政府預金は増えるが、国債を償還すれば(元本を支払えば)消滅する。
-経済の理解を難しくする「現金」の存在
企業に資金需要があれば、銀行が貸出によって預金を創造するのと同様に、銀行や政府に資金需要があれば、日銀が預金を創造する。前者、つまり金融部門から企業や個人などの経済全体に供給される通貨(=マネーストック)と、後者、つまり日銀が世の中に供給する通貨(=マネタリーベース)は別のお金であって混ざらないという事実を理解していただけたろうか?
正直ややこしい話だったと思う。経済の理解が難しい最大の理由は、「現金」という唯一の例外があるためだと、私は考えている。現金だけが、マネーストックにもマネタリーベースにも含まれるのだ。現金は眼に見えるしわかりやすいので、現金を基本として私たちは金融を理解しようとしがちである。このことが経済の正しい理解を妨げている。
私たち(個人や企業)は必要に応じて銀行から現金(紙幣や硬貨)を下ろしたり、銀行に預けたりする。銀行も同様に日銀当座預金で現金の引き出し・預け入れを行う。したがって、日銀が紙幣を発行し(硬貨は政府)、銀行経由で世の中に出回る一方、逆に銀行経由で日銀に戻り、(一部は)廃棄されるというのは全く正しい。しかし、前月の連載でも見たように、現金は貨幣量(マネーストック)の1割程度を占めるに過ぎない。経済の大半は貸出が生み出す預金によって動いている。銀行が誰かの預金を又貸しすることで通貨が増えていくとか、私たち民間の預金を使って銀行は国債を購入している(だから、いずれ国債を買う預金が尽きて財政は破綻する)とか、こういった経済への根本的な誤解は素朴な「現金モデル」からきているのだ。
12. そもそも資本主義は「借金」で成り立っている
-「借金」が成長の原動力である
まじめな日本人が財政赤字を危惧する理由は、そもそも「借金=悪」という思い込みにある。前回、今回の連載で説明してきたように、企業の借金が通貨を増加させ、誰かの支出が誰かの所得となり、通貨が世の中を回ることで、経済は成長していく。人類の歴史を振り返れば、資本主義社会になるまで世界の経済はほとんど成長していなかった。それが、手元に資金がなくても借金をして投資をすることで、事業が成功する仕組みが生まれたことで、経済は飛躍的に成長するようになったのである。つまり、借金こそが経済成長の原動力なのだ*3。
*3脱成長とか「成長から成熟へ」などと言う人たちもいるが、共産主義社会が失敗した現在、資本主義社会でそれを言うのはナンセンスであることは、本連載(第5回〜)で述べた通りである。
20世紀最大の経済学者と言えるシュンペーターは、資本主義の特徴を①物理的生産手段の私有、②私的利益と私的損失責任、③民間銀行による決済手段(銀行預金や手形)の創造の3つに整理しているが、その中でも3つめの「信用創造」が資本主義の最重要な特徴であるとする(中野剛志「どうする財源」より)。
信用創造とは、企業(や個人)に需要があれば銀行が貸出によって通貨を生み出せることである。また政府に需要(財政支出)があれば銀行の国債購入を介して日銀によって通貨が創造される。逆に企業や個人が銀行に借金を返せば、通貨(預金)は消滅する。同様に政府の徴税により税金が納められ、それが日銀への債務返済に充てられれば、その分の通貨も消滅することになる。
重要なことなので繰り返すが、通貨は貸出によって創造され、返却によって破壊されるのだ。全企業と政府がすべての借金を返せば、世の中の通貨(預金)は消滅してしまう。政府の借金の残高が財政赤字であることは言うまでもない。それでも、財政赤字が財政破綻につながると言い続けるのか?
-政府の支出は税金を集めて行なっているわけではない
ここまで見てきたように、企業や政府に需要があれば、銀行や日銀が貸出や債券の購入を通じて通貨を生み出し、その通貨が世の中をめぐり経済を成長させていく。企業も政府もまず需要に応じて支出を行い、後から収入が入ってくる。企業であれば事業による収入、政府であれば税収である。つまり、政府の支出は税金を集めてから行なっているわけではないのだ。
こう言う話をするとすぐに、「それなら、無税国家が成り立つのか?」という疑問・反論が出てくる。答えは、無税国家は成り立たない。税金には他の役割があるからだ。
本連載では一貫して、財政支出を増やし消費税を減税・廃止することを主張してきた。財政赤字の金額やその対GDP比が問題なのではない。真の制約は「供給量」である。政府が財政支出し公共事業を行うことで景気を浮上させようとしても、そのためのヒトやモノが足りなければ、通貨の量だけが増えて物価が上昇するだけになってしまう。そうした資源の供給量の制約でインフレが悪化したら、税金で通貨量を減らさなければならない。そもそも法人税や所得税には、景気の良いときは増収になり景気の過熱を抑制する方向に、景気の悪いときは減収になり景気の落ち込みを緩和させる方向に働く「ビルトイン・スタビライザー(自動安定装置)」の機能がある(消費税にはこの機能がない)。税金には経済を調整する役割があるのだ(他にも機能はあるが、これについては改めて説明する)。
論を進めるのを急いだため、わかりにくいところがあったかもしれない。次回は、今回説明した経済のメカニズムを踏まえて、なぜ世界中で日本だけGDP(国民総生産)の成長が停滞し、「失われた30年」に陥ったのかについて解説したい。(つづく)
