救急車を呼ぶか、このまま様子を見るか。あの5分間は今でも忘れられません。
現場では一瞬の判断が利用者様の命を左右する場面があります・・・
そして、その判断には「正解」が分からないこともあります・・・
今でも忘れられない出来事があります。
ある日の午後。
利用者様はいつもと変わらず、周りの方と談笑され、お茶を飲み、穏やかに過ごされていました。
「今日も元気そうですね。」
そんな会話を交わした数分後でした・・・
職員が慌てた表情で私のところへ駆け寄ってきました。
「〇〇さんの様子がおかしいです!」
急いで駆け付けると、利用者様は椅子にもたれかかり、顔色が急に悪くなっていました。
呼び掛けへの反応も鈍く、いつもの笑顔はありません。
「〇〇さん、分かりますか?」
「聞こえますか?」
何度声を掛けても、返事はありません。
フロアの空気が一瞬で変わりました。
さっきまで笑い声が響いていた場所が、静まり返りました。
職員の顔から笑顔が消えます。
血圧を測る看護師。
脈を確認する看護師。
時間を確認する職員。
ご家族様への連絡を準備する看護師。
それぞれが自分の役割を果たそうと動いていました。
そして私の頭の中では、一つのことだけが繰り返されていました。
「救急車を呼ぶべきか。」
「もう少し様子を見るべきか。」
もし呼んで何事もなければ…。
「大げさだったね。」
そう言われるかもしれません。
でも、呼ばなかった結果、本当に重大な病気だったら…。
その数分の判断が、利用者様の命を左右するかもしれない。
管理者として、その責任の重さが一気にのしかかってきました。
時計を見ると、まだ数分しか経っていません。
でも、その数分が何十分にも感じました。
職員全員が私の判断を待っています。
利用者様の呼吸、表情、反応…。
「いつもと違う。」
その違和感だけは、誰もが感じていました。
私は迷いました。
本当に迷いました。
ですが、最後に思ったのは、
「もし何もなかったとしても、それでいい。」
「でも、もし重大な病気だったら、後悔しても取り返しはつかない。」
その思いで、救急車を要請しました。
救急隊が到着するまでの時間は、とても長く感じました。
利用者様に声を掛け続ける職員。
他の利用者様を安心させようと対応する職員。
ご家族様へ状況を説明する看護師。
誰もが冷静を装いながらも、心の中では不安でいっぱいでした。
幸い、迅速な対応につながり、利用者様は医療機関で適切な処置を受け落ちつかれたそうです。
後日、ご家族様から、
「すぐに判断していただいて、本当にありがとうございました。」
そう言っていただけました。
その言葉に救われた一方で、私は改めて思いました。
介護の現場には、「迷う時間」があります。
その迷いは、経験を積んでもなくなるものではありません。
何十年この仕事をしていても、
「これで良かったのか。」
「もっと早く判断できたのではないか。」
そんな思いは、今でも残ります。
介護職は医師ではありません。
診断はできません。
それでも、利用者様の「いつもと違う」に最初に気付くのは、私たち介護職であることが少なくありません。
だからこそ、日頃から利用者様をよく知ることが大切なのです。
いつもの表情。
いつもの声。
いつもの歩き方。
いつもの食事量。
その「いつも」を知っているからこそ、小さな変化に気付くことができます。
私は職員によく伝えています。
「迷ったら、一人で抱え込まない。」
「迷ったら、すぐ相談しよう。」
「大丈夫だろうではなく、もしかしたらを大切にしよう。」
救急車を呼ぶ判断は、決して簡単ではありません。
でも、利用者様の命より大切なものはありません。
結果的に何もなければ、それは「無駄」ではなく、「安心を確認できた」ということです。
介護の仕事は、人の命を預かる仕事です。
笑顔があふれる日もあれば、数分で空気が一変する日もあります。
だからこそ、この仕事には緊張感があり、責任があり、そして大きなやりがいがあります。
あの日の5分間は、今でも忘れることができません。
そしてこれからも、あの時の緊張感を忘れず、「いつもと違う」という小さなサインを見逃さない管理者でありたいと思っています。
