見出し画像

何気ない言葉に傷つく日、心の余裕がなくなっていた。

以前なら気にならなかった一言が、胸に残る日があります。

「元気そうで安心した。」

「もう落ち着いた?」

「気にしすぎじゃない?」

相手には悪気はありません。

励まそうとしてくれていることも分かっています。


それでも、その言葉を聞いたあと、何も返せなくなることがあります。

その場では笑っていても、家に帰ってから涙があふれることがあります。


そして、

「こんなことで傷つくなんて。」

「私は弱くなってしまったのだろうか。」

そう思って、自分を責めてしまう方がおられます。


私はこれまで、多くの方のお話を伺ってきました。

大切な人を亡くされた方。

介護を続けてこられた方。

夫婦関係の苦しさを抱えている方。

皆さんのお話を伺う中で感じるのは、喪失を経験したあと、

人は以前よりも人の言葉に傷つきやすくなることがあるということです。

それは心が弱くなったからではありません。

大切な人を支え続けた時間。

眠れない夜。

先の見えない介護。

看取りの緊張。

別れの悲しみ。

そうした毎日を過ごしてきた心は、自分でも気づかないほど疲れています。


私は義母を看取り、その後アメリカで母を介護し、見送りました。

その間には、愛犬の介護と別れもありました。


義母の仕事場を片づけ、

帰国の準備を進め、

葬儀や法要を営み、

さまざまな手続きを終え、

母を日本へ連れて帰るための準備も続きました。


ようやく一つ終わったと思えば、また次のことが待っていました。

あの頃は、悲しむことよりも、

目の前のことを終わらせることで精いっぱいだったように思います。


私はもともとHSPの気質があり、片耳難聴もあります。

以前から人混みでは疲れやすく、

人との会話では聞き取ることに神経を使っていました。

それでも日常生活を送ることはできていました。


けれど、介護や看取りが続いた頃は違いました。

何気ない一言が胸から離れない。

少し冷たい口調に深く傷つく。

以前なら受け流せていたことが、何日も心に残るようになりました。

「あれ、私はこんなに弱かっただろうか。」

そう思ったことが何度もあります。


今振り返ると、弱くなったのではありませんでした。

受け止めなければならない出来事が、あまりにも多かったのです。

だから、心に余裕がなくなっていたのでしょう。


もし今、

何気ない言葉に傷ついてしまう自分がいるなら、

どうか責めないでください。


あなたの心は壊れてしまったのではありません。

大切な人を思い、

支え、

見送り、

その後も懸命に生きてきたからこそ、

以前と同じようには受け止められない日があるのだと思います。


傷つきやすくなったことも、

涙が出やすくなったことも、

大切な人との別れや、

長い介護の時間を生きてきた心に起こる、

ごく自然な反応なのだと、私は思っています。

いいなと思ったら応援しよう!

しなこ よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!