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≪黒木華no戦略≫第3回本人が知らない?

「マルクスとケインズの論争で阿鼻叫喚劇場なのに。「知のカオス」いよいよ終盤へ(笑)。」

第5章 外野席は、なぜか人類史だった。


午後零時三分。

黒島優菜係長は、ドアの外を見て固まった。

ドアの外では

「俺たちも参加させろ!」と
怒号が渦巻いていた。

黒木華支持層は高市政権を凌駕している…。

「……会場が手狭なので…参加するには及びません。」

その一言で、廊下がざわついた。

そして警備員がいないので、全員がツナミのように
会議室へなだれ込んできた。

最初に姿を現したのはソクラテスだった。

「私は、黒木華さんの次の役なんて関心がない。」

「しかし。」

「次回も当然のようにそこにいる。そして違和感が生じないということは知っている。」

海尾守は思わず頷いた。

「始まった……ぞ。」

続いて孔子。

「議題を正さねばならぬ。」

「まず『どうする』とは何か。」

土屋先生が天井を見上げる。

「また議論以前に…ループか!……。」

さらにシェイクスピア。

「演じるべきか。」

「演じざるべきか。」

「それが問題だ。」

千鶴が小さくつぶやく。

「問題なのは混ぜ返すアンタだ!」

そこへゲーテ。

「人は、自分が理解できるものしか見えない。」

凛々子が静かにメモを取る。

「なるほど。」

その横でニーチェが笑った。

「おまえたちが黒木華を見ていると思っている。」

「そして黒木華も、おまえたちの視線を見ている。」

博士後期が小さく言う。

「黒木さんに、それほどの眼力があるんですか?」

さらにアインシュタイン。

「役柄は相対的位置で決まる。」

「観測するまで存在は確定しない。」

海尾守が苦笑する。

「まさかシュレーディンガー先生まで来ませんよね。」

その瞬間。

ドアが開いた。

シュレーディンガーが立っていた。

「呼びましたか。」

黒島係長は議事録を閉じた。

「もう好きなだけ乗りなさい、山手線の通勤ラシュの非じゃない…
埼京線の戸田公園~赤羽間だ!」

ダーウィンが後ろから押されながら着席する。

「環境が変われば役柄も変わる。」

マルクスは腕を組む。

「環境ではない。」

「社会構造だ。」

ケインズは即座に反論した。

「需要です。」

ソクラテス。

「その需要とは何か。」

孔子。

「まず言葉を正そう。」

シェイクスピア。

「世界は一つの舞台である。」

レルフ教授。

「でも場所が重要です。」

トゥアン。

「やはり場所への愛情です。」

サウアー教授。

「文化景観です。」

土屋先生は静かに机へ突っ伏した。

高島先生が苦笑する。

「土屋さん。」

「寝てはいけません。」

「寝てません。」

「気絶して、現実逃避するんです。」

午後一時。

会議室は乗車定員200%の中央線快速より窮屈になった。

議題は相変わらず、

『黒木華、どうする。』

である。

黒木華という議題を守る者は誰一人いなかった。

そのとき。

最後列で、ずっと黙っていた一人の老人が立ち上がった。

白い髭。

静かな目。

誰もが息をのむ。

黒島係長が名札を見る。

「……レオナルド・ダ・ヴィンチ。」

部屋の空気が変わる。

ダ・ヴィンチは黒板を見つめ、ゆっくりとチョークを手に取った。

全員が固唾をのんで見守る。

そしてひとことだけつぶやいた。

『人は、答えよりも問いに魅せられる。』

沈黙。

九秒。

十秒。

海尾守が静かに笑った。

「つまり。」

「黒木華さんの次の役を知りたいんですか?」

「ちがうよ。『次は何を見せてくれるんだろう』と考えている時間が楽しいんじゃねえ。」

ダ・ヴィンチは何も言わず、ただ微笑んだ。

午後一時十七分。

黒島優菜係長は議事録に書き加えた。

本日の初めての成果。
結論は出ないが、会議を開く必要性だけ担保された。

第6章 最後列の女性


午後五時四十八分。

会議室には疲労が漂っていた。

ホワイトボードは七枚目。

「文化景観」

「限界消費性向」

「相対性理論」

「名は体を表す」

「存在と時間」

「需要曲線」

誰も消そうとしない。

もう消す気力も残っていない。

海尾守は議事録を閉じた。

「では……そろそろまとめましょう。」

その瞬間だった。

最後列で、一度も発言していなかった女性が、静かに立ち上がった。

全員が振り向く。

黒島優菜係長が名簿を見る。

「……失礼ですが、お名前を。」

女性は会釈した。

「黒木です。」

部屋の空気が止まった。

海尾守が瞬きをする。

「……黒木さん?」

「はい。」

「黒木華です。」

九時間近く議論していた会議室から、

音がどこかに吸い込まれて消えた。

ソクラテスが口を閉じた。

孔子が眼鏡を直した。

ケインズが資料を閉じた。

マルクスが咳払いをした。

ダ・ヴィンチだけが、

少し嬉しそうに微笑んでいた。

土屋先生が静かに言う。

「……本人?」

「はい。」

高島先生。

「いつからいたんですか?」

「開会十分前からです。」

「ずっと?」

「はい。」

「九時間半ずっと?」

「はい。」

凛々子が額を押さえる。

「誰か一人くらい気づきなさいよ……。」

千鶴が苦笑した。

「私たち。」

「黒木華さんを論じていたつもりで。」

「誰一人、黒木華さんを気付かなかったのね。」

沈黙。

それは、この日いちばん長い沈黙だった。

黒木華は、小さく笑った。

「皆さんのお話、とても面白かったです。」

「文化地理学も。」

「経済学も。」

「哲学も。」

「言語学も。」

「全部。」

「勉強になりました。」

海尾守がおそるおそる聞いた。

「それで……。」

「次は、どうされるんですか。」

会議室中が息を止めた。

黒木華は少しだけ考え、

穏やかに答えた。

「まだわかりません。」

その一言で、

九時間半の議論が、

正しく、そして無意味になった。

ダ・ヴィンチは静かに立ち上がる。

「だからこそ芸術は面白い。」

黒島優菜係長は、最後の一行を議事録へ書き加えた。

本人も、未来を知らない。
未来も
まだオファーを出していない。
撮影だけは…こっそりと
とある千葉県で始まっているらしいが。

エピローグ 銀河鉄道は会議室に停車する


午後六時三十分。

九時間半の議論は終わった。

結論は出ない。

正確には一つだけ。

「分からない。」

その「分からない」を証明するために、
人類史を代表する偉人たちが
丸一日を費やしたのである。

知的である。

そして、実にばかばかしい。

黒木華は静かに席を立った。

「今日はありがとうございました。」


深々と頭を下げる。

その姿を見送ろうとした…その」とき。

会議室の一番奥から、椅子がきしむ音がした。

一人の男が、ゆっくり立ち上がる。


黒島優菜係長が名簿をめくる。

「あれ……。」

「名簿にお名前がありません。」

海尾守も首をかしげる。

「どなたでしたっけ。」

男は少し照れくさそうに笑った。

「途中から勝手に参加しました。」

「でも話が面白くて、帰る機会を失いました。」

土屋先生が吹き出した。

「あケンジ君も来てたんだ!」

男は静かに名乗った。

「宮沢賢治です。」

会議室の空気が変わる。

賢治は窓の外を見た。

夕焼けだった。

まるで銀河鉄道が、夕空の駅に停車しているようだった。

賢治は振り返る。

「皆さん。」

「人類は、なぜ未来を知りたがるのでしょうね。」

誰も答えない。

「でも。」

「もしも未来を知ってしまったら。」

「次の駅でどんなワクワクが待ち構えているのか・・・・
その楽しみを失います。」

静かな沈黙。

「だから。」「分からないことも、決して不幸ではありません。」

「明日の楽しみは明日のものです。」

黒木華は、もう一度頭を下げた。

「宮沢先生ありがとうございます。」


海尾守は議事録を閉じる。

今日の議題。

『黒木華、どうする。』

今日の結論。

『黒木華が決める。』

その当たり前のことを理解するために、

ソクラテスは問い続け、

孔子は名を正し、

シェイクスピアは舞台を語り、

ゲーテは人間を見つめ、

ニーチェは笑い、

アインシュタインは時間を曲げ、

レルフ、トゥアン、サウアーは地図を広げ、

ケインズとマルクスは泣きながら自説を主張し、

土屋先生はため息をついた。

そして高島先生は日本語をチェックしていた。

宮沢賢治は、最後の3分で、

九時間半の会議を銀河鉄道の乗り放題キップに変更した。

黒島優菜係長は静かに宣言する。

「これをもちまして、第4兆3回がっかり学会を閉会します。」

時計は午後六時三十三分。

窓の外には、夕焼け。

誰かがぽつりとつぶやいた。

「……次は、どうする。」

会議室の全員が笑った。

たぶん、いつもの市ヶ谷駅のルノワールか
酒当番だろう。

人は、本を読み、映画を観て、芝居に拍手を送り、
また誰かの次の一歩を楽しみに待つ。

銀河鉄道は今日も定刻どおり本線進行中である。

行き先が決まるまで、八海山か…ドライで乾杯だ。

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