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≪黒木華の戦略≫第2回?

「戦略会議のはずが…『どうする』が決められず紛糾している。」

第3章『どうする』は、どこへ言ったのか。


午前十時三分。

レルフ教授が、世界地図を壁いっぱいに貼り始めた。

海尾守は嫌な予感しかなかった。

「教授。」

「何でしょう。」

「黒木華戦略会議です。」

「もちろん。」

「メルカトル図法です。」

「それが問題です。」

一同、黙る。

凛々子が、静かにコーヒーを飲んだ。

もう慣れている。

この学会は「もちろん。」で話題は本筋を離れる。

レルフ教授が赤いマーカーを取り出した。

「皆さん。」

「『どうする。』を東京駅で言うのと、宗谷岬で言う場合、意味が違います。」

博士後期が小さく手を挙げる。

「なぜ違うんですか?」

「違います。」

「なぜです。」

「寒いからです。」

会議室に沈黙が落ちた。

土屋先生が天井を見上げる。

「……帰っていいですか。」

「まだ十時です。」

黒島係長は冷静だった。

トゥアンが静かに口を開いた。

「人間は場所ではなく、経験を生きています。」

「東京駅で『どうする。』と言えば、乗り換え。」

「病院で『どうする。』と言えば、人生。」

「居酒屋で『どうする。』と言えば、二軒目です。」

王林がうなずく。

「青森だと、雪かきだ。」

海尾守がメモを取る。

「なるほど。」

千鶴が即座に否定した。

「なるほどじゃない。」

「黒木華さんが消滅しました。」

「消えてません。」

「消えています。」

凛々子が議事録を指差した。

「現在まで。」

「黒木華に関する論議ゼロ回。」

黒島係長が読み上げる。

「『どうする』……四十七回。」

「場所」……三十二回。

「文化」……二十五回。

「黒木華」……ゼロ。

海尾守は小さく咳払いをした。

「それでは。本題に戻りましょう。」

全員がうなずく。

ようやくである。

レルフ教授は地図を丸め始めた。

そのとき。

サウアー教授が静かに立ち上がる。

「私は反対です。」

全員が固まる。

「文化景観を論じずして、黒木華は語れません。」

「え?」

「俳優は文化です。」

「文化は景観です。」

「景観は場所です。」

「場所を論じずに、俳優を論じることはできません。」

海尾守はゆっくり椅子にもたれた。

「ああ……あ。」

千鶴が時計を見る。

午前十時四十八分。

「あと七時間四十二分。」

凛々子が静かに微笑む。

「今日は長くなりそうね。」

その瞬間、会議室のドアが再び開いた。

「遅くなりました。」

聞き慣れない低い声だった。

全員が振り向く。

そこには二人の老人が立っていた。

一人は分厚い『一般理論』を抱え。

もう一人は擦り切れた『資本論』を小脇に抱えている。

海尾守は頭を抱えた。

「し……しまった。」

「誰が呼んだ!」

黒島係長が名札を確認する。

『ケインズ』

『マルクス』

黒島係長は議事録に静かに書き込んだ。

午前十一時。
経済学者二名乱入。
本日の会議は、収拾不能になる見込み。

第4章 市場が黒木華を決めるのか。黒木華が社会を決めるのか。


午前十一時一分。

二人は無言で向かい合った。

一人はケインズ。

もう一人はマルクス。

黒島優菜係長は議事録に小さく書いた。

「本日の最大の脱線事故、開始。」

海尾守は思わず抗議した。

「いや、まだ脱線と決まったわけでは……。」

「決まっています。」

千鶴は即答だった。

「この二人がきて、会議が脱線しなかったことが過去にありましたか。」

「ありません。」

黒島係長も納得した。

ケインズがゆっくり口を開いた。

「黒木華さんが次にどんな役を演じるか。」

「それは需要が決めます。」

マルクスが鼻で笑う。

「違う。」

「社会構造だ。」

「制作会社。」

「資本。」

「階級。」

「それらが俳優を規定する。」

ケインズは首を振る。

「いや。」

「観客が見たいと思う作品が作られる。」

「需要が供給を呼ぶ。」

「だから市場が決める。」

マルクスは机を軽く叩いた。

「市場そのものが社会構造の産物だ。」

「需要も作られる。」

「自由に見えて、自由ではない。」

議論は熱を帯び始めた。

海尾守は期待した。

「おっ。」

「黒木華さんの話になる。」

ならなかった。

十分後。

ホワイトボードには、

有効需要

資本蓄積

限界消費性向

階級闘争

という四つの単語が並んでいた。

「……。」

凛々子は静かに黒板を眺めた。

「黒木華さんはどこ?」

博士後期が答える。

「今のところ出ていません。」

千鶴が立ち上がる。

「失礼します。」

「二人とも。」

「今日の議題を覚えていますか。」

ケインズは答えた。

「もちろんです。」

「黒木華戦略会議。」

「なぜ経済学の議論なんですか。」

マルクスが真顔で言う。

「経済を知らずして俳優は語れない。」

「映画は資本だ。」

「ドラマも資本だ。」

「配信も資本だ。」

ケインズが続ける。

「スポンサーも市場です。」

「広告も市場です。」

「視聴率も市場です。」

「配信ランキングも市場です。」

海尾守は感心した。

「なるほど。」

千鶴は冷たく言った。

「感心するな。」

土屋先生が腕を組む。

「私は二人とも半分ずつ正しいと思います。」

「しかし。」

「半分ずつ正しい人が二人集まっても、一つの正解にはなりません。」

高島先生が微笑む。

「日本語も同じですよ。」

「意味は一つでも。」

「言葉はいろいろな表現手段がある。」

「逆に。」

「言葉が一つでも。」

「意味は複数ある場合も…。」

海尾守が小さく呟く。

「どうする……。」

その一言で、

土屋先生は日本語を考え始め、

レルフ教授は地図を広げ、

ケインズは市場を語り、

マルクスは資本を批判し、

博士後期はAIを起動し、

王林は「りんごだべ」とつぶやき、

黒島係長は議事録のページを一枚追加した。

凛々子は額に手を当てて考えた。

「……分かった。」

「何が?」

千鶴が聞く。

「黒木華さんが予測できない理由。」

「どうして?」

「本人が予測不能なんじゃない。」

「私たちが勝手に、自分の専門分野で説明しようとしているだけ。」

会議室が静まり返る。

その沈黙を破ったのは海尾守だった。

「つまり。」

「黒木華さんの問題じゃない。」

「問題なのは……。」

全員が海尾守を見た。

海尾守はゆっくり言った。

「私たち外野。」

その瞬間だった。

会議室の廊下から拍手が聞こえた。

パン、パン、パン……。

ドアが開く。

「呼びました?」

「外野のおかわりです。」

いつもの面々が、なぜか廊下に行列を作って待っていた。

黒島係長は議事録に、ため息混じりに書き加えた。

午後零時二分。
外野、追加乱入。
本会議、制御不能。

さて第5章では「偉人たちが外野席から勝手に発言を始める」まさしく

阿鼻叫喚劇場です。
「知のカオス」、、、、厄介でしょう(笑)。


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