小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(51)光を抜けて
Chapter51
──池のほとりで無理やり鏡に引き込まれた時とは違い、心地よい感覚に包まれたレナは全身の力を抜いて身を任せていた。トムの手をしっかりと握りしめ、波打つ光の景色を見据えながら漂い進んでいった。目の前が真っ白に変わる瞬間、彼女の頭の中で「幾つものピン」がポロポロと抜け落ちるような感覚と共に強い衝撃があり、二人はそのまま光の輪を抜け出した──
「うあっ⋯⋯!!」
冷たい石畳に転がり落ちたトムは、辺りを見回した。薄暗い部屋は幽玄な雰囲気に満ちており、中央の燭台にはロウソクが灯され、その揺らめく炎が不気味な光を投げかけていた。四方の壁一面には大きな鏡が備え付けられており、灯りの反射によって部屋が無限に広がっているかのような錯覚を与えていた。彼はその不思議な空間に飲み込まれていく感覚に圧倒され、声を漏らした。
「ここはどこだ⋯⋯辺り一面、鏡に囲まれている⋯⋯?」
トムは立ち上がり、鏡に映った自分の学生服姿を見つめた。彼は絵本の世界に取り込まれ、そこでレナを見つけたこと、自身が体を乗っ取られ、記憶の中で溺れたことを次々に思い出した。少女のレナが池で溺れた直後に、自身の溺れた記憶がリンクし絶命しかけた瞬間を振り返りながら、彼は鏡の前まで慎重に歩いて行き、自分の顔を凝視した。
「僕は昔⋯⋯あの池に落ちていた?⋯⋯レナを助けようとして、それで⋯⋯」
トムは自分の置かれた状況を把握した後、心にレナの存在がよみがえった。ロウソクの炎が揺らめく隙間に人影を確認すると、彼の心は一層の不安に駆られた。その姿がレナであることを願いながらも、なぜだかその対象に深い戸惑いを感じた。
「⋯⋯誰かいるのかな? 奇妙な⋯⋯気配を感じるけど」
トムは恐る恐るその方向へ進み、部屋の一角で人物らしきものが横たわっているのを見つけた。頭を覆う布から覗く金髪が、キャンドルの灯りに照らされ美しく輝いており、彼の目を強く引きつけた。
「レ⋯⋯レナかい!? おい! 大丈夫かっ!?」
「⋯⋯う⋯⋯」
呻き声を上げるその人物の布をずらして眠っている顔を確認すると、トムは驚きと安堵の入り混じった感情に襲われた。その顔は間違いなくレナだったが、彼女の身につけている衣装から放たれる異様な雰囲気に何かおかしなものを感じた。
トムは倒れているレナの上体をそっと持ち上げ、腕の中で彼女を見つめた。そのとき、側にある大きな鏡が突然光を放ち始め、その輝きがレナを照らし出した。意識を取り戻した彼女はうっすらと目を開けて、小声でトムに問いかけた。
「⋯⋯まぶしい⋯⋯。あなたは、誰⋯⋯?」
──ではお前らの「記憶」をもらった後で──
突如、重く威圧的な言葉がトムの頭をよぎった。しかし、それよりもレナの不思議な魅力に満ちた瞳とその表情に心引かれ、彼の胸は甘いむず痒さを感じ、恥ずかしさから思わず手を離してしまった。
「痛っ⋯⋯!」
「ご、ごめん!」
上体を起こしたレナは、儀式的な印象を思わせる黒い装束姿で、不思議そうにトムを見続けていた。鏡の光に照らし出された彼女の顔には困惑がありながらも、何かを探るような深い視線が彼に向けられていた。

