小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(37)役を演じて
Chapter37
『物語は既に始まっている。娘、お前の演技力でこの俺を楽しませてみろ』
度重なる理不尽なこの世界観に、もはやレナは驚かなかった。──池で溺れていた少女は鏡の中へ吸い込まれ、金色の斧は古びた斧に変わっていた。屈強な男とそれに怯える釣り竿の人、濡れた身体は一瞬で乾いた──ありのままの光景を受け入れ、何があっても前に進むだけだという強い意志が彼女を支配していた。そして目の前にある「ただの斧」の手招きに、彼女は応えた。
「⋯⋯私は無理矢理、理解の及ばないこの世界に連れて来られ、ひとりで寂しく過ごしていた」
『ん? プロローグか? これはまた、久しぶりにレベルの高い作品が生まれそうだな』
ダンは自身の能力で彼女を操りながら期待に満ちた表情で言った。それを見た釣り竿の男性は、彼の機嫌をとるように話を合わせた。
「ダン様の『設定』は絶対です! 私たちはただのキャラクターとして、この世界を楽しく盛り上げるのが役目です!」
レナは両手で斧の柄を握り、ゆっくりと立ち上がり俯きながら釣り竿の男性の方を向いて言った。それはまるでドラマのワンシーンのような、運命の告白だった。
「そんな私に⋯⋯希望を与えてくれた。私の眠っていた才能を、あなたは目覚めさせてくれた! 私⋯⋯あなたに一生ついて行きます!!」
『うむ、いいぞ。王道のストーリー展開ではあるが』
ダンは釣り竿の男性を見据え、彼の次の一手を静かに待った。ダンの眼差しは鋭く、男性はその圧力を感じ取りながらも、何とか平静を保とうと胸を張った。
「え? ⋯⋯いや、その⋯⋯僕は別に大した事をしていないよ。ちょっとばかり君の力になれたらって、そう思ったんだ」
男性はネクタイに手をかけ、動揺を隠しきれない様子で言った。彼は何度もダンの反応を伺うようにチラチラと目で追いながら、少し声を落として続けた。
「あー、君の気持ちは嬉しいが⋯⋯その、君はまだ学生だ。今はただ、その情熱のせいで僕を⋯⋯美化しているだけだと思うんだよ」
「それって、私を拒否するって事ですか?」
レナの両手に握られた斧が、ゆっくりと胸のあたりまで持ち上げられた。
「えっ!? いやその、拒否とかじゃなくてだね⋯⋯もっとお互いを知ることも大切だろうと──」
男性の言葉を遮るように、レナの斧が勢いよく空を切った。
「私には、あなたが必要なのに⋯⋯あなたは、私がいらないって言うのね?」
『フハハハ! いいぞ、これは面白い! さて、これからどうなるか?』
ダンの高らかな笑い声が響く中、釣り竿の男性はレナの虚ろな瞳を息を呑んで見つめ返した。彼の目には、不安と同情が交錯しているのが明らかだった。

