小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(48)希望を見つめて
Chapter48
「でも、そしたらお姉ちゃんの世界の『僕』は、今どこにいるの?」
レナは最も気掛かりな質問に頷いた。彼女は、「現実世界」でのつまらない喧嘩別れをした時のトムと、「絵本世界」でキリン公園にふらりと現れたトムが本当に同一人物なのか、確証が持てなかった。彼が豹変して、婚約や結婚についての支離滅裂な発言をしたその時の会話が、不意に彼女の脳裏をよぎった。
「そういえば、あの時⋯⋯結婚式の前日に私がいなくなったとか言ってたような⋯⋯」
──君は突然消えてしまったんだ。結婚式の前日に。そして発見された。この公園の、この池で──
「ううっ⋯⋯!! 頭が痛いっ!!」
「大丈夫!? お姉ちゃん??」
心配そうにレナの顔を覗き込みながら、トムは自分のズボンのポケットから何かを取り出した。
「今、薬を出してあげるよ。頭痛薬でいいかな?」
そう言って、トムはスマートフォンのようなデバイスを手に取り、指でフリック操作のような動きを見せた。
「え? それってスマホ!? どうして持ってるの!?」
「これ? さっきの廊下、鏡の入り口でよく物が落ちて来るんだ。食べ物とかも結構あるよ。きっと、別の世界からの人の持ち物なんだと思うけど。お姉ちゃんは運が良くて、どこかへ飛ばされずにここに残れたからよかったよね!」
「で⋯⋯でもそのスマホでどうやって薬を出すの? ⋯⋯まさか注文するの? そもそも、電波なんて通ってない──」
「スマホって何? 僕はよくわからないけど、使い方は簡単だよ? これが勝手に教えてくれるから、そしたら僕はその通りに欲しいものをお願いするだけなんだ。ここを触って、そしたらここを選んで、そしたら⋯⋯はい! 僕の手に届いたよ!」
トムは得意げに、その小さな手に現れた薬のパッケージをレナに見せた。それを目の当たりにした彼女は軽いデジャブ感を味わった。あの池で出会った釣り竿男性との似たようなシーンに、自分が再び遭遇していることに気づき、今回は好奇心を抑えて冷静に尋ねた。
「それって、まさかAI技術⋯⋯なんてね? そんなわけないよね」
「う〜ん、僕が読めない文字がここの画面にあるんだけど、お姉ちゃんはわかるかな? 英語みたいなんだけど」
レナは彼の差し出す、小さなデバイスから光る画面を覗き込んだ。
──xxxx - Mill - Ema Tenner - xxxx──
「ええと、『ミル、エマ・テナー』って⋯⋯何かしら? 人の名前? それとも装置の名称か何か⋯⋯?」
「見る? エマテナー? なんかそれ、カッコいいね! ミルって呼ぼう!」
無邪気なトムの言葉に、レナはふと公園の砂場での出来事を思い出した。幼少期から変わっていない、この彼の口癖や素振りを彼女は微笑ましく見つめた。このトムは背丈から見て歳はいくつ位だろうか、そしていつからこの孤独な空間にいるのだろうかと、そんなことを考えられる余裕が生まれていた。
「ねえ、トム? 私と一緒に、この暗い世界から抜け出そう? あの廊下に並ぶ鏡から、元の世界に戻れる気がするの」
「元の世界? でも、そこには僕の知ってるレナはいないんだよね⋯⋯」
トムの泣き出しそうな表情を見て、レナは彼の気を紛らわすように続けた。
「だから、そのレナちゃんが溺れる前の世界に行くのよ。一緒に行って、私が二人とも助けてあげる!」
「⋯⋯ホントに? そんなことができるのかな?」
「大丈夫よ! 「疑わずに信じる」これが、レナお姉ちゃんの生きる道!」
しょげたトムの顔はパッと明るくなり、笑顔と期待に満ちた表情でレナを見上げた。

