小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(49)鏡に触れて
Chapter49
「それじゃあ、調べてみるわよ? 一緒に見張って、何か異常を見つけたら、私に教えてね」
子供のトムに連れられて歩いてきた、先の見えない「鏡の通路」の入り口に、再びレナは立っていた。彼女の手には、彼から渡された赤い布切れが握られており、それは鮮やかでありながら、何か神秘的な力が宿っているかのように感じられた。
「その赤い布は、僕のお守りなんだ。でも一応、目を開けないでつぶっててね」
鏡を直接見ないよう、念のために目を覆うように言われたレナは、深呼吸して自分に言い聞かせるように呟いた。
「さあ、ひとつひとつ鏡に触れて⋯⋯『戻るべき世界』を見つけるのよ」
レナは再び布を目に当て、巻き付けて頭の後ろで結んだ。彼女は「絵本世界」で身に付けた感覚を活かし、直接鏡に触れることでそこから得られる「映像」のイメージを掴むことを期待していた。
「信じればきっと、それは実現する──やってみないとわからない」
ヒンヤリと重い空気が漂う通路に、恐る恐る足を踏み入れたレナは両手を横に伸ばして、鏡の冷たい表面から感じ取れるものを探った。左右の鏡に交互に触れながらゆっくりと前に進む彼女は、先ほど真っ暗な空間で灯りをイメージして、その生成に失敗したことを思い出した。しかし、レナはそれでも諦めずに自身の思考を研ぎ澄まし、手探りで鏡の感触を慎重に確かめた。そんな真剣な彼女の行動を見ながら、トムは得意げに言った。
「この通路を歩いてくる人たちはね、みんな僕の言うことを聞かないで、途中で立ち止まって鏡を見るんだ。それで、何か怖いものを見ちゃったのか、悲鳴を上げるんだよ。そしたらすぐに、その鏡の中に吸い込まれていくんだ。」
「でもトム⋯⋯君は、その鏡を見ても大丈夫なんでしょ?」
トムは自身から発する不思議な淡い光を見ながら、レナに答えた。
「うん。きっと、僕の身体から出ている光が、バリアーみたいに守ってくれてるのかもね」
──きんいろのひかりが⋯⋯『トム』を助けてくれたのよ──
「はっ! これは⋯⋯私の声!?」
「どうしたの!? お姉ちゃん!?」
とある鏡に右手が触れた瞬間、レナは自分の声が聞こえたことに深く動揺した。目隠しで、目を閉じている彼女の頭の中の白いスクリーンは、期待通りに「絵本世界」での感覚を呼び戻し、徐々にそのイメージを創り上げた。そこには大声を上げて泣いている、子供のトムの姿が映し出されていた。
「これは⋯⋯トム、君よ! 君が泣いている映像が見えるわ! そして手に何か握っている⋯⋯赤い⋯⋯布? これってまさか⋯⋯!!」
レナは自分の目を覆っている布を感じ取った。その瞬間、彼女の耳にノイズ混じりの声が聞こえた。
──そうだよ、レナ。それは君の大好きな「真っ赤なヒーローマント」だよ。風に吹かれて、池に落ちたそれを、君は取ろうとしたんだ──
レナは何か、とてつもない違和感に襲われた。同時に、頭に浮かぶスクリーンからはスーツ姿のトムが現れ、彼女に近づいてきた。そしてゆっくりとレナの頭の後ろに両手をかけ、目隠しの結び目を解き始めた。
「お姉ちゃん! 布が解けちゃってるよ! 早く目を隠してっ!!」
隣でレナを見上げていたトムは、彼女の目隠しが不自然な解け方をしたことに驚き、声を上げた。そして次の瞬間、凍りつくような鋭い声が空間を切り裂いた。
『探していた小僧は、見つかったか?』
目を瞑ったレナに見えている濁ったスクリーンは、あの「忌まわしい大きな鏡」へと即座に塗り替えられた。彼女の目隠しを解いた、目の前のスーツ着のトムは冷酷無情な「ダン」の姿へと変貌し、そのプレッシャーが彼女に迫った。

