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家を出ること、捨てること

突然ですが、実家を出て一人暮らしをすることになりました。

正確には昨年春に亡くなった父方の祖母宅(実家とは二世帯住宅)に家賃を払って暮らすという形になります。
もともと十年ほど前に家を出ていたのがコロナ禍に伴う抑うつで実家に戻り、その後コロナ後遺症で休職していたのですが、それも回復してきたし、そろそろ家を出た方がいいかな……と親に言ったところ、祖母宅に住むことを提案されたのでした。

祖母宅は昨年祖母が死去してから簡単には片づけられていましたが、とはいえ使う人もいないため、ほぼ放置状態です。一方で今の家(実家及び祖母宅)は建てられてからそれなりに年数が経過しているので外壁工事の必要があり、今月頭から工事をしています。
親としても、工事はするけど祖母宅側は使わない、弟(両親からすれば息子)夫婦もいずれは親と同居したいとは言ってるけど今すぐじゃない、とはいえ人にも貸せないし……ともやもやしていたところにわたしの家を出たい発言がうまく嵌った、という感じです。

仕事の都合で数年転勤生活をしたこともあり、それも入れれば一人暮らしは今回で三回目。
祖母の物の処分については親戚に確認を取る必要があるため実際の生活は春頃からになりますが、親も隣にいるし即座に全てを揃える必要もないので、のんびりいこうと思います。

とりあえず今はニーチェアが気になってます(2月に値上げするらしい)。

……と、対外的には説明するんだろうな、と思います。

嘘は吐いていません。
こうして書くとなんとも優雅な話だな、と思うし、実際幸運で恵まれた環境であることはわかっています、わかってはいるんですが……。

以下は「……。」の続き。ある意味ではこちらの続きです。



そもそもはモーニングページ

上記の通り、わたしは十年ほど前に実家を出ています。
コロナ禍に伴う抑うつでなし崩し的に実家に戻り、一年ほど休職。リワーク施設に通って復職したものの、それから一年足らずで今度はコロナに感染、コロナ後遺症で再度休職。昨年春に改めて復職&異動しました。

つまりこの2~3年、わたしは親に看病され、完全に親の庇護下にありました。なので家を出ることについては薄ぼんやりと視野に入りつつもまあそこまで急ぐ話でもなかろう、でも実家の自分の部屋のインテリアとかは考えてみたいなー、とぼんやりしていました。制服化もある程度できたし三種の神器もあるし、そうするとまあ次はインテリアだな、あきやさんのお部屋も素敵だったし……その程度の認識です。

それが何で急展開したのか。
……モーニングページに出てきたからです。

モーニングページ(モーニングノート、とも)とは、起きぬけに頭の中の思考をノートに3ページくらいがーっと書く、というものです。
この手法、知ったのはかなり前で、やっては挫折しをわたしは繰り返しています。昨年夏に再開して秋位に一度中断していたのですが、友人がやり始めたら凄く良かったというので昨年末位からまた始めていました。
不思議なものでそれまではノートに3ページとか無理、1ページ埋めるのがやっとという感じだったのですが、昨年末からは凄く書けるようになっています。モーニングページの考案者はこの行為を脳の排水と呼んでるのですが、わたしの場合noteその他にここ数年の対人トラブルやそこから翻っての親との関係などを延々書いたことで、排水溝の詰まりが取れたのではないか……そんな風に思っています。
(余談ですがこの考案者の「自分を貴重品のように扱う」というアドバイスはすごく好きだし助けられました)

で、その、すらすら書けるようになったモーニングページに突然「家を出よう、出なければ」という言葉が出てきたのでした。
(実際にモーニングページにわたしが書いた言葉はもうちょっとショッキングな表現でしたが、ここには書きません)
折しも世間はかに座満月、自分の居場所について考えてみましょうと言った言葉がタイムラインにあふれているタイミングでした。JJGのなかにも一人暮らしについて考えたり、もっと具体的に部屋選びの基準をみんなに聞かれている方もいたり……そういう中で自分の中からふいに出てきた言葉。
とはいえ即決できる話ではないしなー、まあとりあえず……と、職場の家賃補助と前回の賃貸条件を確認し、不動産サイトと公営住宅のサイトをさらっと見たあたりで。

めちゃくちゃ具合が悪くなりました。

動悸、情緒不安、肩と背中の凝りに思考の暴走、浅い呼吸。顔もずっと強張っていたようで、体調でも悪いのかと親にも聞かれました。ぜんぶ気圧のせいにしておきました。
どうもこれは、わたしのパンドラの箱を開けているらしい。嫌だ、怖い、そんなこと無理だと思っている自分がいる。つまり、この話題に触れようとすると自分は不安感が強くなる。
何で?
で、一人暮らし検討メモを書いてみたところ、どうも以下のように考えてるらしい事がわかりました。

・「実家を出る」=親との対決・絶縁というイメージがあるっぽい。
・「一人暮し」に求める基準が高い。
・「ちゃんとした一人暮らし」ができないと思っている。
  → 過去の一人暮らしも自分内基準は満たしていない。
    自分は「だらしない」と思っている。
    抑うつで生活崩壊したことに挫折感がある。
・一人暮らしをしてた頃、家でリラックスした記憶が無い。
  → 上に同じ。
・というか、実家でもその感覚は薄かった…?
・実家でもリラックスしてなかったから、家を出る=今より大変になる筈=親族との絶縁、というイメージになってるのかも?(そして冒頭に戻る)

……なんかひどい。

それはそれとして引き続き具合は悪いわけで。
こんな認識・状態で事を急いだら絶対にとんでもないことになるやつだと頭ではわかるし何ならchat GPTにもそう言って励まされましたが、早く家を出なきゃ、親に実家を出ると宣言しなきゃ! と叫んでいる自分が24時間脳内にいる。いやいや去年の今頃はあなた後遺症で休職してたんだからね、ちなみに後遺症が出たの精神的なストレスが切欠よ? これあなたにめっちゃ負担掛かるやつだからね……と言い聞かせても無理。
どうしてこんなに苦しくなるんだろう。そうじゃない人も沢山いるのに。
他の人はとっくにクリアしてる問題の筈なのに。
みじめで苦しい。
確かにモーニングページ、よく人生が変わるとか言われてて読みながらいつも「そうか……?」と思ってたけど、こんなの嫌すぎ・辛すぎる。

……というのが一週間弱続いた週末、朝食の時にぼろっと「やーまあいずれは家出なきゃかなーって思ったりもしてるんだよねー」と親の前で逃げ腰ばりばりの発言をし、しかも聞き返されたのであっこれ聞かれなかったかなと誤魔化そうとしたら親の方から「なんで?」と聞かれたのでいやまあ後遺症も治ったし……ともごもご答えたら祖母宅での生活を提案された、という経緯なのでした。

家を出たいと親に言ったこと自体は悪い事ではないし結果オーライと言えばいいのでしょうが、意を決して告げたというよりはぐだぐだで棚ぼた、無事でよかったねーという経緯です。
ただ、むしろモグラの穴掘りはここからでした。

「どうして」という要請

一人暮らしできることになった! 良かった! 
半日ほどはそう喜んでいたのですが、わたしは「家を出なきゃと思ってる」とは親に言いましたが、「隣の祖母宅が丁度空いてるんだしそこで一人暮らしをしたい」とは言わなかったのだな……と後から気付きました。
当時のわたしは職場近くにあるめちゃくちゃ古いが格安の社員寮に行くか普通に賃貸で間借りする、場合によっては長期スタンスでマンション購入を検討しようと思っていて、隣にある祖母宅に住むという選択肢は完全に除外していたのです。

……ほんの半年前、某親戚が祖母宅にタダ同然で住まわせてくれと言ってきたにも関わらず!
なぜわたしは言えない、思いつきもしないのか!
(さすがに親も断ってましたが、相続争いってこうして発生するんだろうなーと思いました)

……いや、それだったらわたしが祖母宅に住んだっていいじゃないか。
親戚の提案について聞いたとき、うっすらそう思ったのは事実です。でもそれが実現可能なものだとは思っていなかった。
それから暫く経って、モーニングページに書かれた言葉の影響で突然一人暮らしについて考えだし具合の悪くなったわたしがずっと考えていたのは、家を出たいという自分の要望を親、特に母親にどのように伝えればいいのかということでした。

想像の中の母親は「どうして」とわたしに尋ねます。だって今の状態で何も問題ないじゃない。あなたも家事をしなくていいし楽じゃない。
どうして?
それらの問いを突破してなおかつ祖母宅に住みたいと主張する、説得できる自信がないから、だからわたしはその選択肢を除外していたのです。

どうして。
どうしてそんなことをするの。
そんなことする必要が本当にあるの?

おそらく私はこれまで何度も、こうした問いを母親にされています。
これを読んでる方の多くは既にお気づきと思いますが、これは質問の形をした軌道修正の要請です。この質問にわたしは何度も正面から答えようとしては「でもねえ……」と追い打ちを掛けられて最終的に親の要望に従ったり、何でと言われてもそうなんだと言って黙っては呆れられたり怒られたり、最終的に親の要望に従ったりしていました。
対話ではない、質問でもない。お前はわたしに従えという命令。

(これを書きながら、わたしが学生時代、最初に希望した職種は全国転勤があるという理由で母にすごく嫌がられたのを思い出しました。
最終的には試験に不合格になったこともあり進路変更していて、今から思えばあれは適性が無かったなと自分でも思うのですが、かなり強い圧をかけられました)

恐らく母は、こうした話法を弱者の知恵として身に着けたのだろうと思います。弱者が強者に対して、どうか自分の声を聞き入れてはいただけないかとおずおずと差し出すための婉曲な言い回し、その延長線上にこの話法はある気がします。実際彼女の生家、もっと言えば祖母や曾祖母がそれなりに抑圧の強い・激しい人であったことを私は知っています。ついでに言えば父方の祖母も、母方とは方向性は違いますが結構抑圧が強いタイプだと思います。
しかし親子関係において母親とは強者です。言うまでもなく。
そしてわたしは自分の葛藤を内面に押し込めるタイプの子どもでした。
だから「お前はわたしに従えと命令する母親」が今も、強烈に頭の中に住み着いてしまっている。

わたしには弟がいます。
彼は十年ほど前に結婚して家を出ましたが、より正確に言うと彼はある日突然、付き合っている女性がいる、これからは彼女の家で暮らすと言って、最低限の生活用品だけリュックに詰めて家を出て行ったのでした。
その後、相手のご家族と家族同士でお会いし式なども行い、彼はその女性と今も仲良く暮らしています。両親やわたしとは年末年始に限らず一緒に食事を取り、みんなで旅行に行ったこともあります。
結果オーライではあります。が、弟が家を出た当時はあまりに突然のことでわたしも両親もびっくりしたし、正直、その相手は本当に大丈夫なのか……なんか問題とかあるんでは……騙されてないか……? と不安にもなりました。
特段問題のある相手でもない(職場の同僚でした)のに、どうして彼はそんな形で出て行ったのか。
理由を聞いたことはありません。でも一人暮らしについて考えながら、ふとわたしは弟のことを、そして自分の頭の中に住んでいる母親のことを思ったのでした。
想像の中のわたしはいつだって、絶縁状を叩きつけるように家を出ることを宣言し、夜逃げするように荷物を持って出て行きます。
そうして無理やり叩きつけなければ、「どうして」という母親の問いからは逃れられない。
わたしも、そして弟も、そのようなやり方しか浮かばなかった。普通に自分の状況や要望を話してそれを受け入れてもらえる、理解してもらえる、あるいは最初は理解されなくてもお互い話し合う中で意見を調整できるとは到底思えなかった、イメージできなかったのではないか。
そんな会話をしたことは殆ど無いから。

弟も、わたしも、反抗期のない子どもでした。

今回、幸いなことに両親はわたしの一人暮らしを了承しました。
やっぱりそうしなきゃ駄目かしら、と母は私に聞きましたが、それはかつてのような、わたしを説得するためのものではありませんでした(……と、感じられるようになったのはわたしの変化によるものも大きいのかもしれませんが)。
でも同時に今回、家を出ることを考えただけで身体症状を伴う強い不安感がわたしを襲ってきたのも事実です。自分と親との関係については去年色々書いたことなどである程度解決したと思っていましたが、それはやはりわたしの錯覚で、まだ色々抱えているんだなあと痛感しました。

怒りというタイトルの絶縁状を親に叩きつければ、今抱えている親への気持ちや身体症状を伴うような不安も消えて楽になる……とは、思いません。既にそれは一度やって失敗しています。
良かった、やっぱり時間も経過して親も変わってるんだな。今の彼らはわたしの意見を尊重してくれるんだ。わたしも変わって親も変わったからもうこんな不安を感じることは二度と無いだろう……とも、思いません。

生活力に自信が無いというわたしに、今までだってちゃんと暮らせていたし抑うつで生活が荒れたのは仕方のない事だと母は言ってくれますが、なぜわたしが十年ほど前に一人暮らしを始めたか、その際自分が何を言ったかは、きっと覚えていないし覚えていても自ら言及はしないでしょう。まあ確かに、言っても仕方のないことかもしれませんが。

たぶん、わたしはわたしがリラックスできる場所、安全基地を作りだす必要がある。
幸か不幸かわたしは親と過去に色々あったけど絶縁まではしなくてもいい関係には持っていけるようです。だから家を捨てなくてもいいし、一人で暮らしても過去に色々あっても時には親に頼ってもいい。
家にある誰かの家具を一つも使ってはいけないなんてことはないし、全て処分せず使わなければいけないわけでもない。相手に対して常にゼロか百でなくてもいいと心底腑に落ちて、そういう関係性を作る必要がある。
それは恐らく暮らしだけではない。


終戦宣言がいる

ムーンプランナーさんのマシュマロでウィッシュリストを書く前に終戦宣言がいる場合があるという話がありましたが、恐らくわたしにもそうしたものが必要なのだと思います。親との関係にも、自分の在り方にも。
わたしは学生時代にマクドナルドでバイトしたことがあると言うとびっくりされるタイプの人間なのですが(ストレングスファインダーで「人に影響を与える力」ゼロ、体育会系的なノリとかだめなタイプですねと言われて即座に頷きました)、自分にとって辛いこと・苦手なことも努力すれば必ず習得できるはずだ、すべきであるというかなり強い思い込みがあります。そのことによって出来るようになったこと、得られたものは沢山あるけれど、とはいえやはり、限界があるのも事実です。
学業や仕事についてこの思い込みがある(あった)、料理や掃除など生活力についてもこうした思い込みから自分を責める傾向があってでもそれはちゃんと自覚できている、と思っていたけれど。もしかして「自立」についても同じことが言えるのではないか。
古い木造アパートに自分でタイルを敷きDIYで素敵なお家にした友人やネット検索で素敵なアンティーク家具を見つけて安く購入した友人、海外で永住権を獲得しマンションを買った親戚。成績優秀者用の奨学金で大学に行っていた友人や同人イベントやコンクールなどに出す出ている友人、シェアハウスに住む友人を見て、自分なんて全然だめだと落ち込まなくてもいいのではないか。
当たり前だけどみんながみんな、そういう人生を送っているのではないのだから。

……といったことを考えながら、賃貸でなく、祖母宅に住むといういわば「楽な道」を選択した自分を許すことにした、というか、許せるようになっている自分に気付きました。
正直、以前だったら祖母宅に住むという今回の結末には「本来ならば"ちゃんと"家を出て賃貸などで暮らすべきなのに」「自分は能力が無いからズルをしている」と落ち込んでいたし、何なら母の提案を拒否したくなっていたと思います。
母娘問題についての本で「家を出ろ」というアドバイスは定番です。間違い、ではないと思います。親子関係に問題が無くても一度は一人暮らしをすべきだという価値観は世の中に強い。だからわたしもそうしなければと長らく思っていました。今も。
(とはいえ今のこの国全体の経済状況からして、その価値観を実現できるのは全員ではないですよ、経済状況が良くてもそれ以外の要因でできないことだってあるんですよ、とは凄く言いたい)
(なお同居家族との精神的な距離の取り方についてはこちらに記載があって、一人暮らしだけを解決策にしないのは有難いなと思いました)

一人暮らしについて、従来はあくまで理屈の上でそうすべきだ、そうしなければと思っていたという傾向が強く、今回のような強い、身体症状を伴う切実さが何日も続くようなことは無かったのですが、とはいえ本来やるべきことをわたしはできていない……というところではとても長い間自信を無くしていたと思います(ムーンプランナーさんの言う、ウィッシュリストに義務リストが混ざってる的な何かだったんでしょう)。
一人暮らしに求める基準の高さには恐らくこの影響もあります。やれば色々変わるだろう、変わるはずだ、変わらなければおかしいという期待の裏返し。
その一方でわたしの同世代には、親が病気で働けなくなり自身が両親含めた家族の大黒柱にならなくてはいけないという人も既に出てきています。

恵まれているし、これまでも恵まれていたと思います。とても。
でも多分、わたしが思っている以上にわたしの受けている抑圧は強かったのではないか。今も。

とはいえ多分わたしのコンセプトである「自由で愛情深い華やかなアーティスト」はそういうことで自分を責めないし、誰かと比較もしないだろう。
そんな気がするし、そう考えたら少し楽になりました。

優雅な生活と捨てること

もう一つ。
これから祖母宅に住むぞということで祖母宅を覗いてしみじみ思ったのですが、わたしは本当に、「自分の物」を持っていない。物理的な意味で。何なら所有するということに不安を覚えているのではないか……そんな気がします。

今の実家は祖父の他界後に建てたもので、祖母は引っ越しに際しかなりの物を整理、処分しています。祖母は怖いくらいにすっきりした、必要最低限の生活をしている……ずっとそう思っていました。
でも今回改めて祖母の部屋を見て、いやいやどうして、沢山物があるじゃないかと思ったのでした。
そりゃあ母方の、曽祖父の時代のものまで仕舞われていた家に比べれば大したことはないかもしれませんが、壁には旅行土産の飾りや絵葉書、置物も沢山あるし、今のわたしの部屋にある物なんか余裕で全て入ってしまう。ファッション関係については制服化の影響もあるでしょうが、わたしの持ち物はずっと、とてもとても少ない。そうしようとしてきたから。

過去二回一人暮らしをした私ですが、実は自分の家具を買ったことは殆どありません。電化製品すらろくに買っていない。子ども部屋の勉強机と洋服箪笥をそのまま持っていき、それ以外で必要なものは親族の誰かの使わなくなった何かを使いまわせば事足りてしまったからです。お金を使わずに済んだのは良いことでもありましたが、経験値はありません。
そしてこれから祖母宅に住む。
これも言ってみればお下がりの家に住む、わけで。
冒頭でも紹介した通り、お下がりの服については以前こんな文章を書いたことがあるのですが、わたしがわたしの場所をつくるにはつくづく、親や祖父母世代から受け継いだものを捨てる、取捨選択する必要があるのだな……と思います。その意味でもやっぱりこれは「楽で怠惰なだけの選択」では全然ない。

とりあえず。一人で暮らすようになったら、北欧のお皿を一枚買おうと思っています。
過去のわたしの一人暮らしは食器もほぼ全てお下がりだったのですが、偶然見つけたイッタラの黒、というかグレーのお皿を買った事がありました。食事が映えるのでそれを買ってからはそれまで使っていたお皿は処分し、毎日それを使っていてとても気に入っていたのですが、抑うつ生活で生活が荒れて行く中で落として割ってしまいました。
今振り返るとそれは実家に戻る本当に直前の事で、ああもう本当に今の自分は駄目になってるんだと落ち込んだのを覚えています。

お皿や服の処分の経験からも思いますが、自分が本当に側に置きたいと思えるものが何か明確になれば、手放すこと、選ぶことはかなり楽になるのでしょう(逆に、それがないとエンジンが中々掛かりにくくて既にあるものに圧倒され埋もれてしまうんだなとも思うんですけどね……)。

優雅で楽しい、でも無理のない生活をしたいな、しようと思います。

(やっぱりニーチェア見に行こうかな……)(二月に値上げ予定だそうですよ!)

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