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コンセプト、叶ってたかもしれない問題

7月の月報でも紹介した「なめられない品格」。
この本の中で自分の強みを強化する方法の一つとして、これまでの自分の成果を数え上げよう、というのがあります。
ああ休職中のリワークでも似たようなことやったな、その時は主に仕事面でいろいろまとめたけど……と思いつつ改めて、テキスト創作の方面でやってみました。

……あれ、意外とやってるかもしれない……?

そうなんです。
コロナ禍以降、いわゆる創作イベントに参加しなくなったこともあり、ああもうここ数年の自分は全然何もできてない……と、ずっと思っていたんですが。
書き出してみれば何だかんだで年に一回は何かしら作品を作ったり、関係のお手伝いをしたりネットプリントを配信したり。創作イベントには参加していないけれど同人誌は細々と売れてるし。
しかも自分の場合コロナの始まった2020年以降、休職、復職×2回をやっているので、その中でここまでやっていたならむしろ大した執念だし成果なんじゃないか……と。
コロナ以降、精神的に縮こまりがちになっていたのが影響して自己評価も縮めてしまっていたのかも……と、ちょっと反省しました。ついでにコロナ禍以降、プライベートでやった成果もリストアップしたんですが、これまた結構色々あったので過去の自分を盛大に讃えておきました。

そんな中でムーンプランナーさんの卵の記事がアップされ、それを受けてJJGの方がnoteに書かれたウィッシュリストの記事をいくつか読みました。

一年前の今頃(7月末)受講した自問自答ファッション教室で「神様が才能もお金もなんでもくれたらどうしますか?」という問いに、わたしは上手く答えることができませんでした。
「なりたい(なるべきだ)」は沢山あるけれど「好き」なものもあまり浮かばなくて、ここを増やしていきましょうー! と、あきやさんとお話したのを覚えています。

ウィッシュリストとは「神様が才能もお金もなんでもくれたらどうしますか?」という問いとほぼ同じなのだとわたしは思っています。
自律神経のケアなどもあり自己肯定感(という言葉は何ともいらない語弊が生まれがちですが)が当社比上昇したであろう今の自分なら、このあたりもいろいろ変わってるかもしれない。
教室から一年ということもあり、お金と才能があったらやりたいことについて、改めて書いてみることにしました。実際、他の方のを見て「いや自分なら……」と考えた効果も相まってか以前よりするする書けている、ような。
そして書きながら、かつて自己否定からくるものであったウィッシュが、今はそうでもなくなってるものがあるかも、と思いました。例えば今わたしはハンドケアをしていますが、これは数年前なら(とても根深い)自己否定からくるウィッシュだったと思います。

そんなわけで、創作関係のウィッシュもするすると出てををこれこれ、と思っていたんですが。
……書きながら、いやこれ意外と叶ってるな、という気がしてきてしまったのでした。

・商業出版する。 →できてない。
 ただし同人誌はそれなりに売っている。最終的にボツになった出版企画で原稿依頼をもらったこともある(執筆者は複数の企画。そして修正作業だけを延々させられた)。
・賞を取る。 →できてない。
 ただし小さい賞や佳作は取っている。
・出版記念と受賞記念にジュエリーを買う。 →できてるわけがない。
・イラストや写真とコラボ作品を作る。 →……数年前に一応やったなー。
・詩の翻訳をする。 →今やってる。
・作詞をする。 →piapro投稿昔したなあ、採用されてないけど……。朗読原稿も作ったことあるけど出来は満足できなかったなあ……。
・原稿依頼をもらう。 →数回経験あり。
・エッセイを書く。 →数年前に一年隔月連載をやってた。
・配信をする。 →後遺症で体調悪いときにスペースをやったけど視聴者は少なかった記憶。でもスペースの読書会に何度かお呼ばれした。

……。
………………。

……………………あ、あれ?

ところで先日、賞の公募に作品を出したのですが(一応去年も出してるけど引っ掛かってない)、そもそもなんで自分は賞に出すんだろう、と考えていました。
有象無象からのちやほやなんてされたくない、自分の作品をちゃんと読める人に的確に褒めてもらいたいという己の傲慢な望みを改めて自覚しつつ、賞によってもたらせる権威が欲しいのだろうか、自分がここにいるという証がほしいのだろうか、どうしたら自分を納得させられるのだろうかと真面目に考えていたんですが……。

他にない、というか、思いつかないのでは……?
これ以上を望むとするならそれしかないからでは……?
むしろなんでここまで成果を上げて評価もされてるのにわたしはわたしに納得できてないんだろう、と。思ってしまったのでした。
 
確かに上には上がいる。世の中には初めての公募で賞を取った十代とかそういう人間だっているわけだから、見上げればどこまでもきりがない。そして賞を取ったり外部に評価されなくても価値ある作品は沢山ある。
でも別に誰も、おまえごときが作家気取りなんて、なんてことは言わない、言われたこともない。仮にそれに近いことを言われたら「チキン野郎」と言われたマーフィーの勢いで激昂するだけで、恥入ることすら自分はしないのでは?(……と、指輪を買いながらしみじみ思いました
もっと大勢の人に評価されないと、賞を取らないと自分の作るものに価値があるなんてとても言い切れないと思っていたし、例えば職場や家族に説明しようと思ったらそのくらいの権威が必要なのは事実。でも逆に言えば権威が必要なのはその位というか、何だかんだいって自分では自分の作品に価値があると(妙に)確信しているのも事実。

にも拘らず。なぜわたしは表現者であると言い切れないんだろう。
創作とか趣味とかいった言葉でふんわり濁しているんだろう? 

それって他者からの評価に依存してるとかそういう話じゃなくて、自分ひとりの、覚悟の問題なのでは?

……いや、まあ、その。

(すーっと大きく息を吸って)権威のある他者からはもちろん評価されたいなぜならわたしも権威の力で金額大きめの定期的な原稿依頼か企画持ち込み力が欲しいから、そしてそれを理由に今の仕事は可能な限りさぼりたいし己の得た権威を使ってこれまで人を馬鹿にしてきた嫌な奴らを機会があれば踏みにじりたいという欲望は全くもって叶ってないし常にそこにありますが、この出版不況のご時世、原稿料は雀の涙で専業作家が無理なことは知ってるし賞を取ったってそれで終わりじゃなく始まりでしかなくてその一方で作家希望も駆け出しの作家も山のようにいるから置かれた現状が今から大きく変わることは恐らくそうそうないし成功するのは一握りだからいろいろ誤魔化しときたいけどそういうとこまで書くとまじで実も蓋も夢もなさすぎるなあと思ってるってことですよねー! 

ぜえはあ(着席)。

とはいえ、成果は確かにあるのです。他の誰でもなく、わたしこそがそれを一番無視し、この位なら誰でも……とノーカン扱いしていただけで。
SNSアカウントのプロフィールに受賞歴や原稿依頼について書いてたり作家としてpostしている人たちについて、正直自意識過剰だなあと思っていたのですが……多分これ、嫉妬なんだろうなあ、と認めざるを得ない。
わたしはずっとSNSアカウントでも筆名をはっきり書いていなくて、それは一応自衛のためでもあるのですが、とはいえ依頼する側からしたら作家ではありませんと常に縮こまってる人間に依頼が来にくいのは当然といえば当然のことです。

……。
……………………。


そんなわけでとりあえず自分の成果をアピールしたり執筆活動できますアピールをしつつ、創作関係のウィッシュリストについては作品発表を頻繁にして賞を取るしかない……ということが改めて明らかになりました。でないとウィッシュリストがただの現状維持リストかシュリンクリストになってしまう。

コンセプトが決まった後、色々書きましょう、とあきやさんに言われました。
いやでも今まったく書いてないわけじゃないんですよ、これ以上って、もう公募に出せとかそういうことをしろってことなんでしょうか……と往生際悪くぐちぐち訴えたところ、ではYAZAWAは何と言うでしょうかと問われ。

「……公募に出せと言いますね……」

あまりに嫌なので(えっ)他のYAZAWAも呼び出して検討してみたんですが、恐ろしいことに全員、いやそこは公募に出すのが当然では……? と、訝し気な顔しかしないのでした。

自問自答ファッション教室、行ってきました。|魔法使いのバレリーナ (note.com)


……って、去年あきやさんが言ってたでしょ!(逆切れ)

そんなわけで引き続き頑張りつつ、創作も創作以外も、ウィッシュリストの精度とレベルをもうちょっと上げたいと思いました。
とりあえずジュエリーは魔法使いっぽい感じのショーメが欲しいです。

自分の現状を理解した上でウィッシュリストの内容を具体的に書き込まないとこうなるんだな……という一例でした。シュリンク駄目、絶対。

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