【振り返れば・・・:25/12/29】
もう昨日の昼食さえ、何を食べたか思い出すのも難しい私。今は、スマホのスケジュール機能があるので、日時指定や検索などで、思い出すことが容易になり、ますます、覚えておこうとする気持ちもなくなっている^^;
1月には、4月から社会人になる次男のスーツを買いに、明治通りのTAKEO KIKUCHIのお店に。久々のため、なぜか緊張する私だが、次男をスタッフに任せて生地やデザイン、仕様決めや採寸をしている間、店内をうろつく。ディズニーとのコラボなんて、昔なら想像できなかっただろう。今や、色々な分野での連携協業が当たり前になってきている。自社完結型から、連携協業型へシフトしているのは、新規性や独自性を打ち出すのが難しくなってきており、話題性や相乗効果を狙って双方が歩み寄るのだろう。いずれにせよ、相手がほしがる強みやトンガリが必要な訳で、それがないと誰からも声が掛からない。

2月には、生まれて初めてサザンオールスターズのライブを観に、さいたまスーパーアリーナに出掛けた。国民的な人気ロックバンドのため、チケットはまず手に入らないのでも有名。まずは、ファンクラブに入会し、会員特典の早期チケット予約を利用するのが当たり前だと聞き、さいたまスーパーアリーナと横浜アリーナの4公演を予約。と、ビギナーズラックか、前者に当選するという幸運に恵まれ、初のライブ体験を堪能することができた。開演前から興奮の坩堝のような会場の熱気だが、彼らが登場するや否や、総立ちに! ところが、桑田さんが「まあまあ、皆さん、座って座って。」と高齢者も目立つ客席に向かって労わるような気遣いを。ドッと沸いた観客が座ったところで、ライブがスタート! とにかく、サービス精神満点の上、ファンやスタッフなど、彼をを取り巻くすべての人たちに感謝の想いを伝える。手抜きなど一切しないプロフェッショナルの矜持を魅せつけ、至福のひとときを皆んなで共有した。Thank You So Much!!
3月は、初めてベトナムを訪れた。ハノイとダナンのクライアントに会うのと、ダナンでの視察ツアーにも同行、最後はホーチミンに立ち寄るという北から南下する行程。ハノイノイバイ空港に到着次第、地元のタクシーアプリGrabで配車する。すぐに声を掛けてきたので乗り込み、目的地のホテルに向かってもらう。だが、Google Mapの目的地とは違う方向に。到着したホテルは明らかに違うホテルで、騙されたと気付く。配車ドライバーではなく、観光客目当ての小銭稼ぎ詐欺野郎。すかさず、もう一度Grabで配車予約し、到着したタクシーに乗り込もうとすると、そいつがあろうことか代金を要求。付き纏うので財布から50,000ドンも渡して発車してもらったが、後で分かったのは、日本円で300円程度w ま、いい勉強だったと思うことにする。ハノイは、とにかくバイク天国で、川の流れのようにバイクが駆け巡っている。よく事故らないものだと感心するが、小さな接触は日常茶飯事だというから凄まじい。ダナンでは、Da Nang Mikazuki Japanese Resorts and Spaにも視察に。世界的なリゾート地のダナンにあっても有名な巨大な施設で、日本文化を体験できる圧巻の存在感。コロナ禍前のご縁から始まり、やっと訪問できたので感慨深い。ベトナムで出会った人々は、クライアントの方々や視察先の方々含め、謙虚で明るく素敵な方々ばかり。若者はバイタリティに溢れ、人懐こいのが嬉しい。料理やホイアンなどグルメや観光地は素敵だが、とにかく、人柄が気に入った。ホーチミンでは、Grabで配車したドライバーの若者がたまたま広島に住んだことがあると知り、一気に距離が近づく。Facebookの友だち登録するなど、ノイバイ空港でのアクシデントがウソのようw

また、半年前から予約していた白内障の手術をした。その間、何度か検査にきていたが、実際の手術となると、片眼が水浸しになるように洗眼され、あっという間に終了。私の場合、近眼+老眼+乱視のため、多焦点レンズを選択したので、保険適応外。高額なので躊躇したけど、半世紀ぶりにメガネから解放されたので、満足至極。行きつけの床屋さんの鏡が見れたのも嬉しかったが、それより床屋さんのインテリアが素晴らしい!のに気付くw
4月は、私が主催しているオヤわ会(オヤジと若者が交流を図る会合)を初めて関西京都で開催。あの伊藤博文が愛した常宿だったお店で鍋料理に舌鼓を打つ。意外にも帰りを気にされたか、大阪や神戸からの参加者は少なく、次回は大阪開催にしようと心に決めるw

5月のゴールデンウィークはどこにも出掛けずまったり過ごしていたが、5日(月)の子供の日の深夜、弟から連絡があり、何と介護施設の部屋で転倒したおふくろが救急搬送された日赤広尾病院にいると。骨盤と左肩の3箇所にヒビが入ったらしく、1ヶ月の入院生活に。その後、リハビリ専門病院に転院し、回復し自宅に戻れるのは7月になる。
6月は、日本で最も美しい村連合の定期総会で、長野県中川村に。毎年加盟町村で開催されるのだが、この機会が今の所、唯一、加盟町村を訪れる機会。全国の加盟町村から駆けつけた方々や協賛企業や会員の方々とお会いし話をできるのも楽しみ。交流会では地元の料理やお酒などをいただきながら盛り上がる。翌日の視察は現地の美しい見どころへ。中川村は、飯沼の棚田が素晴らしい。棚田の景観は全国各地にあるのだが、ここは、担い手がいなくなり休耕地や荒地になった棚田を再生すべく、伊那食品工業社が支援し、社員たちが地元の子供達と一緒に、田植えや稲刈りを実施。収穫されたお米を、これまた伊那食品工業社が継承した米澤酒造が日本酒として製造販売している。このお酒が評判を呼び、今では、棚田を増設するまでに発展。これぞ、地方創生の見本となる自治体と民間企業と地元住民が一致団結して、地元の貴重な資源である棚田を再生し、酒蔵までも復活させた事例だと思う。


7月から、ALT+Labというデザイン思考×リベラルアーツで、事業・サービス・プロダクト開発者の起業家マインドを育てるプログラムに参加した。5ヶ月間、週ごとに対面とリモートを繰り返し2時間のカリキュラムを実施。その成果発表会は、12月の次期参加者を募るためのセミナー内で、実施することになった。
8月といえば、神宮花火大会を、入居しているアラマンダワークコートでゆっくり鑑賞。家族と一緒にお弁当を食べ、お酒を飲みながらの至福のひととき。こんな特権が、まさか今年で最後になるとは思いもしなかった。
9月には、次男が小学生の時に参加していた少年野球チームの親御さんたちが久しぶりにハイアットリージェンシー東京ベイに集結し親睦会を開催。新社会人になったのを機に、子育てからは解放された親御さんもいて、当時の練習や試合のために週末が拘束されつつ、一喜一憂した思い出話に花が咲く。美味しい中華料理にお酒が入ったため、そのままカラオケ大会に突入。ジャニーズ勢の楽曲を踊りながら熱唱するパパ友や、ピンクレディのモノマネするママ友たちを見る限り、健康で何よりだとw

10月は、アメリカのロックバンドNIGHT RANGERの日本では最後となるライブを観届けに日本武道館に馳せ参じる。結成40年以上の歴史を飾るライブは、往年のヒット曲が披露され、ファンの間では最高のセットリストだと絶賛。ロックとの出会いは、中学生の時に、ラジオから流れるチェイスの黒い炎に魅せられシングルレコードを購入。初めて買ったLPレコードは、ロギンス&メッシーナという男性デュオ。シングルヒットした楽曲もいいのだが、アルバムに収録されている楽曲は、カントリーやジャズ、ブルースやレゲエのようにバラエティに富んでおり、サポートメンバーと一体となったグルーヴは、単なるポップスとは一線を画し、実験的で先鋭的でもあった。主に欧米のロックを中心に聴きまくり、起業してからは、ライブハウスにも頻繁に出掛け、有名アーティストや若手ミュージシャンのパフォーマンスに浸るようになっていたが、外国人アーティストのライブは、逆に少なくなっていた。
11月は毎年恒例の高校時代の同窓会に。男女ともに、すでに見かけは当時とは甚だしく変化しているが、不思議なもので声だけは変わっていない。方言が飛び交うと、一気に高校時代にタイムスリップするから面白い。例によって、病気・介護・孫といった3大テーマが語り尽くされ、「また来年も会えたらいいのぅ」と儚い望みも。5年ごとに地元福井でも盛大に開催されるが、無事参加できますように・・・。
12月は、日本で最も美しい村連合の分科会である全国U35未来創造会議に初参加。会場は、池尻中学校の跡をリニューアルしたHOME/WORK VILLAGEという複合施設で、お店やオフィス、ギャラリーや体育館などがあり、屋上は菜園となっている。もともと、日本で最も美しい村連合加盟町村の未来に関し、ベテランたちではなく、若者が主体的に協議実践していくことを目的の会議なので、そもそも、オーバー65の私は参加資格はなかったのだ。しかし、今回は、年齢縛りを解くとのことで、恥ずかしながら参加した次第。最年少は16歳の女子高生コンビという若々しさ!世代を超えて、議論したりワークしたりする貴重な1日となった。

と、プライベートばかり書き綴ってきたが、シゴトでは、たくさんの方々とご縁を賜り、貴重なお話をお聴きすることができ、感謝しかない。ヒトモノコトとの未知との遭遇は、知的好奇心が刺激され、ボケ防止にはもってこい。びっくり(!)したり、考え(?)たりすることをずっと続けていければいいなぁ。
ありがとうございました!
#今年の振り返り
