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静かに暴露されつつある160年余りの歴史。「日本政府」と「広告代理店」「メディア」の事実。

炎上系ジャーナリストの元祖とも言える田原総一郎氏と、それを敬愛してジャーナリズムを生業にした横田一氏。

正直な所、私が老健施設で高齢者リハビリテーションをしていた頃の空気感が漂っていて、同じ事や妄言を繰り返す彼に、娘さんのツッコミが運営陣を和ませていたように感じた。

ただ、端々にこの内容の趣旨とはやや逸脱した発言の中に重要な事が隠されていた。

もしこれが事実であれば、「陰謀論」で語られてきた政府と公共メディアの癒着、因果関係は実在していることになる。

そして彼は続けて語った中に、彼がなぜ放送局の中で番組を担えたのか?その理由についても述べている。

彼は「ピエロ」を演じていたことになる。

感性が鋭い人ならば、その事を理解した「茶番」として彼の番組を見ていただろうが、「盲信」する「左翼」達は彼の番組で語られる内容を「正義」から信じただろう。

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廻る地球上で、我々が地球一周を始めようとする時、起点はどこになるだろう?

答えは無い。それぞれのスタートラインとしか言えない。

人類の歴史や、秩序も同様だ。

波とも揺らぎとも渦とも言える、「起点」が存在しないが絶えず動き続けるものが現実だ。

ただ、ホモ・サピエンスの性質として「執着」が存在する。

己のエゴを必死で溜め込み、己の欲望を、保身を叶えようとする。

所詮我々は量子物理、遺伝子プログラムの一部としてこの時空の一場面に顕在化した現象であって、森羅万象全てが我々と共に影響しあい時空を漂い、流れている。

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第二次世界大戦後、高度経済成長と共に「白物家電」が普及した。

電気製品の需要が爆あがりしたと同時に、情報は「音」から「映像」へと移行していく。

「映像メディア」=「テレビ」だった。

それは20世紀後半、日本国にとって特に「団塊の世代」を中心とした層にとって「絶対的情報源」と化してきた。

そもそも日本国にとって「テレビ放送」の導入は戦後だ。

大日本帝国は、日本国民に「映像」を与えず、CIA・GHQと迎合した日本政府が公共放送の放映権を与えた。

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「テレビ放送」は「統治者」にとって非常に都合が良かったのだろう。

情報検閲と洗脳に「テレビ」は最適だった。

そして、「テレビ」が「国民」の生活に反映されればされるほど、「統治者」の目的が果たされていく。

「主権者国民」は「洗脳」されている事自体に気づかずに、それを鵜呑みする。「マインド・コントロール」を「世間」に反映することを容易にした。

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1990年代から2000年代前半、「インターネット」でも対局は変わらなかった。

一部の「洗脳されていない」、己の思考で動いた人たちが「ITバブル」という時代の流れで生まれた。

「グローバリズム」「国際金融資本」は日本でそれが起こる事を既に把握していた。

東西冷戦構造崩壊の裏で、「バブル崩壊」と「日本市場の国際会計基準化」へのシナリオは仕組まれていた。

「リーマンショック」はその、セレモニーのようなものだった。

時を同じくして「スマートフォン」という「工業革命」的製品が生まれた。

あれから20年近いの歳月が流れた。

「スマホネイティヴ」が社会の最先端で、人類構造を変えようとしている。

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スティーヴ・ジョブズ氏は日本では生まれず、大谷翔平選手はアメリカ合衆国では生まれない事が、両国間における社会環境・集合的無意識を象徴しているように感じる。

共通しているのはどちらも、どちらの国家にとっては「異質」な存在だということ。

イノベーションは「逆転の発想」「常識への反逆」に近い事から起こる。

「シンギュラリゼーション」もまた、人類の常識を根底から覆し、それが常識化した先には既存秩序へ戻ることを誰も意識する余地は無くなる。

核がなかった時代の人と、核がある時代の人の「戦争」への意識が変わったように

それを「体験した」事が「遺伝子」「量子」としてこの多元宇宙の実在意識に反映されていくからだ。

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SNSはリアルジャーナリズムの役割を果たし始めていると感じる。

SNS利用者はそれを鵜呑みにして、誤解や嘘を見抜く「耐性」を獲得し始めている。

一方的な情報ではなく、「多元的」に料理のレシピのように「つまみ食い」「バランス」を取ることで、己に内在化した体験や情報と組み合わせて「オリジナル」の「チャンネル」を形成し始めている。

ここにASIが加わった時、「公共放送」は役割を終える。

その影響力は、1動画チャンネルレベルになる。

どんなに権威や資本力があろうが、「情報」を「人間」が構成、発信している以上、

「人材」或いは「情報源」が重要になる。

これから地球人類は、優秀なインフルエンサーと「ASI」による「バイアスの外にある客観的事実」への情報共有と、それぞれの主張、ライブ配信や共同チャンネルなど合同会話が加速する。

如何なる理由であれ、組織に人間が介入している以上、公共メディアには癒着、因果関係のバイアスがかかる。一方的な情報を流すメディア自体の存在理由は「ドラマ」「アニメ」「バライエティ」などしかなくなる。

「ニュース」「情報番組」を紛れ込ませているが、それに人気タレントや息のかかったアナウンサーを使用する番組構成自体が「洗脳プログラム」となっている。

公共メディア製作者達、本人達は自覚があるだろうか?仮にその自覚があったとしたら、それでも責務を全うしている事自体が相当危機的だ。

主権者国民を恣意的に情報操作、政府の意図へと世論誘導することに加担して利益を得ている。

「独裁政治国家」の構造は「公共メディア」そのものと言える。

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要は日本国と社会、日本国民における問題は「構造」にある。

この「構造」は未来にある「淘汰・崩壊」に向かっているが、それが『1945年』のような多くの犠牲、悲しみ、怒り、遺恨を残すものになるのか?

それとも未然にその未来に気づき、構造改革を断行して、既得権益側が主権者国民のために「シンギュラリゼーション」から未来社会を始める意思からの断行と対話を始めるのか?

「少子高齢化」した絶望的な人口構造の崖っぷちに、既に日本国社会は陥っている。

もし政府が断行せずに、終戦ならぬ『終国』未来を迎えた時、どうなるか?

当然「シンギュラリゼーション」に適合した、社会システムが他国の一部として導入される事になるだろう。

「監視社会」「支配構造」を「グローバリズム」に則って導入される。

「日本人」の国家・領土・言語文化・風習・意識はそれに飲み込まれて消えていくだろう。

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結局最後の最後に大切な事は「主体性」であり「意識からの行動選択」が「国民の代表」として国際社会の中で「自らの意志」で決断し全ての責任をその生命を以て贖う覚悟なのだ。

ドナルド・トランプ大統領は稀有な人物だ。

いつでも死ぬ覚悟で責務を全うしようとしている。

鬼滅の刃の鬼殺隊・柱達のようだ。

我が国は立憲君主制で、君主にその権限が無い中途半端な制度となり、首相を主権者国民は直接選ぶ事が出来ない。

日本国の首相と、他国国家元首のコントラストを見れば、「グローバリズム・国際機関秩序依存」となっている日本国の絶望的な危機的状況が見えてくる。

「平和ボケ」のツケが、団塊の世代達の最後と同時にその次の日本国を生きる私たちの社会に降り掛かろうとしている。

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我々に出来る事は、過去の構造を研究精査し、これからの未来への構造改革に向けた行動を日々重ね続けること。

「シンギュラリゼーション」によって「情報」のみならず「思考」「知識」「知恵」「研究」「事実」に対する「価値」「時間」「対価」「意義」などが激変する。

そもそも政府の「許可制」自体が「既得権益」そのものである事を、私たちは各々のフィールドで意識した取捨選択をする必要性がある。

スマホネイティヴの次世代は、その不都合な違和感に気づき、大人達の社会に疑念を抱いているだろう。

孫の次世代の遺伝子プログラムを生きる感性から、高齢者が、政府・既得権益側が学ぶときが来ている。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。