アンガージュマン・実存主義を貫いた哲学者サルトルが、『自由と拘束』今に語りかけるもの。
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嘘とは、私がつくったものではなく、
『階級に分かれた社会に生まれたものである』
だから私は生まれながら
『嘘を相続している』
(ジャン・ポール・サルトル)
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皆さん、こんにちは。
宙唄(Sorauta)
です。
いつもお立ち寄りありがとうございます。
また
初めての方、『ようこそ!』
いつも『徒然なるまま』に、完全オリジナルの独自の視点で「note」しております。
前回まではこちらの『note』しました。
ホモサピエンスとして、日本人として、DNAが構築した環境適合という偶発的な選択性の連続がこの地球上で行われてきた因果の先に、
私たちの今ここの世界が実存している。そしてこれからの未来への偶発性の因果へ私たち一人ひとりの一瞬一瞬が関与している。
西暦2025年2月最後の日を迎えた現在、
『ポストシンギュラリティ時代』
その入り口に立っている地球人類は過去の繁栄を築き上げた
『虚偽』『虚構』『騙し』
という
『魂を蝕む悪魔的カルト崇拝』と、
それを実現した『国際金融資本』『グローバリズム』
という
3つの巨大な存在からの脱却への戦い
が始まっている。
それは
この人類の隅から隅まで蔓延って、深く根ざしている。
『大掃除』は一筋縄には行かずとも、
一人一人の己が気づき、小さな勇気ある行動と未来への挑戦の選択を重ねていく時、
その悪魔の種は衰退してやがて消滅する。
過去の数万年もの間、利己的な遺伝子と思考や文化技術を社会継承して、現在の文明を実現した。
その狭間で生まれた、地球生命体、霊長類・哺乳類・ホモサピエンスとしての実感、実存性からの乖離。
21世紀後半に向けて、
私たち一人一人を一人の個体としての『死生』の原点へと立ち返らせようとしている。
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負の遺産からの脱却、放擲していく先に変わっていくもの。
哲学が手紙の始まり。
人類は何かを書き記す事、そしてそれを誰かが読み、次に伝えていく事によってその叡智を次世代へと紡いできた。
他の生命体はDNAと実際に生存している事でしかそれが継承できないもの。
私たち人類は『記録』『読解』する術を手に入れた。
手紙や記録は、
書物や個人の記録物から、
クラウド、データセンター、そして
『AGI』へと役目を変えようとしている。
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それは、一部の天才的記憶力や努力を必要としない
ありのままの個体の意識・感性・気づきへの目覚め
を意味している。
人間は思考や理性に頼りすぎて、亜流に存在していたかもしれないパラレルワールド的な可能性の犠牲の上に今の文明を築き上げた。
とも言える。
仮に、カールマルクスが生きていた時代に、
AGIや汎用ロボットを世界大戦前に手に入れていたとしたならば、
今のような資本主義やカルト、グローバリストが絶対的な支配者となり得ていただろうか?
それが良いとか悪いとかではない。
衣食住が全て自動的に提供可能になった社会
において、それでも無益な労働を継続するのだろうか?
余白が生まれた先に
人類は人生の時間を何に費やしているのだろう?
本当に更なる資本競争という名の魂の潰し合い、騙し合いを重ねていくのだろうか?
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『存在と無』サルトルについて
ジャン=ポール・サルトルによる『存在と無』は、20世紀の哲学を代表する作品の一つであり、存在主義の思想を体系的に示した重要な著作です。
主な論点:
存在先行的: サルトルは、人間はまず存在し、その後に本質を持つと主張します。つまり、人間は生まれた時点で何者かではなく、自由な選択によって自分自身を創造していく存在であるとします。
自由と責任: 人間は自由な存在であり、自分の選択に対して全責任を負う必要があります。この自由は、人間を不安定で不確実な存在にする一方で、自分の人生を創造する可能性をもたらします。
無: サルトルは、人間存在の根底にある「無」を重要な概念として提示します。無とは、人間が常に何かになり得る可能性であり、同時に、人間が決して完全に満たされることのない欠如でもあります。
他者: 人間は、他者との関係の中で自分自身を認識します。他者は、自分の存在を反映し、自分の自由を制限する存在として、人間にとって重要な要素となります。
悪意: サルトルは、他者の自由に対する恐怖と敵意を「悪意」と呼びます。悪意は、他者を自分の欲望の対象として見ようとする人間の傾向であり、人間関係を複雑にします。
『存在と無』の意義:
人間存在の理解: サルトルは、人間存在の自由、責任、不安定さ、他者との関係といった側面を深く分析し、人間存在の複雑さを明らかにしました。
存在主義の確立: 『存在と無』は、存在主義の思想を体系的に示した重要な著作であり、後の存在主義哲学に大きな影響を与えました。
現代社会への示唆: サルトルの思想は、現代社会における個人主義、自由、責任といった問題を考える上で重要な示唆を与えてくれます。
批判:
抽象的で難解: 『存在と無』は、その内容が抽象的で難解であるため、理解が難しいと批判されています。
過度に個人主義的: サルトルの思想は、個人の自由を強調しすぎるため、社会的な責任や集団的な価値観を軽視しているとの批判があります。
悲観的な世界観: サルトルの思想は、人間の存在を不安定で不確実なものとして捉えるため、悲観的な世界観であるとの批判があります。
結論:
『存在と無』は、人間存在の根源的な問題を深く掘り下げた、挑戦的な作品です。サルトルの思想は、現代社会においても、人間の自由、責任、他者との関係といった問題を考える上で重要な示唆を与えてくれます。
参考資料:
『存在と無』(ジャン=ポール・サルトル著)
『サルトル』(森田真生著)* 『存在主義入門』(河合良之著)
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今、私たちの社会はどうでしょうか?
『労働者』『資本家』『消費者』『納税者』などと区別して存在を登記処理しようとする。
人間の集合体である人類の存在は『無』である事を意識の中心に置いて現実を構築するならば、
一瞬先の未来すら、意識の選択次第で存在が決まる。
他者を自由にすることへの恐怖、敵意を持って他人をマインドコントロールする、それを『悪意』と彼は呼びました。
ジャン・ポール・サルトルから
この西暦2025年現在は
『悪意に満ち満ちている』
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サルトルは『贈与』のあり方を、
厳しく批判しています。
それは贈与というものが、贈り物合戦になり、支配と主導権の争いになるから。
『USAIDやODA援助』
『二世議員、王位継承』
まさに
サルトルの指摘している『悪意』そのものです。
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私たちはなぜ、過去の哲学者が文字通り
『魂をその生涯を賭けて』
ある意味
その社会における幸福や地位、名誉などの全てを放擲して積み重ねてきた
『人類へのメッセージ』
を軽視して、
『金融資本』『カルト』『為政者』『メディア』
といったものばかりに心と時間を浪費するのでしょうか?
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一人一人が、その気づきへの意識を日々の日常の中に重ね合わせて、
穏やかで冷静な眼差しでこの現実社会と対峙していれば、
起こる事象は変容する。
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今、SNSやデモ活動など実質的行動選択をする人々が、徐々に増えてきた。
『多元宇宙』『量子もつれ』『シンギュラリティ』
セレンディピティこそが、実存の人生の本質とも言える。
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私たち一人一人の『アンガージュマン』
社会参画行動が、主体的自己として、この地球上におけるホモサピエンスの系譜を未来へ紡ぐ無から始まる存在意義となる。
あなたは、今この現実社会へ不自由な何を選択して社会にシンクロニシティを生み出していますか?
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。