【多重洗脳社会への疑念】参政党の肩を持つつもりは更々ないが、仮に彼らが『極右』に見えるなら、それは『自分の意識が極左だからである可能性』を自省した方が良い件について。
私のnoteにこれまで触れてこられた方は、私の生育環境が様々な因果関係に揉まれてきたことで「孤独」と「中庸」という選択肢を中心軸に置くしかないものだった事をご存知だと思う。
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戦後80年の終戦記念日に、参政党は靖国神社参拝を果たした。
終戦の日に日本国の自衛のために、或いは植民地解放戦争のために、何にせよ祖国の領土に生きる家族や民族の為に命を落とした人々の霊魂へと自国の国会議員が敬意を表する事は「極右(排他主義)」と呼ぶのだろうか?
自国ファーストを「極右」とレッテル貼り、誤認した場所から思考選択すると破壊的な齟齬、暴力が生まれる。
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まず重要な事は、人類が表す「言葉」や「思考」は常に不完全であり、完全な状態を表す事はない。
つまり私たち人類は「思考」から生まれるものでは、完全に理解し合うことはない。
人類とは人類が思っている以上に「不完全」で「誤認を盲信する」存在であることをまず自覚する必要がある。
例えば「中国共産党」は「排他主義」ではないのだろうか?
中華人民共和国にとっての「極右」にはならないのか?私たちは、まずそこから見つめてみてはどうだろうか?
例えば「グローバリズム」が「アボリジニー・ネイティヴアメリカン・マオリ族などの先住民」に対する「排他主義」にならないのか?
「参政党」が登場した事自体が、倭民族の日本国の中で今何が起こっているのか?
よくよく自分自身の価値観への「疑念」を俯瞰して考察して欲しいと思う。
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恐らく「極左」と「極右」の思考が辿り着く先は同じでどちらも「排他する事」である。
「正義」と「正義」がやがて相手を「罪悪」とレッテルを貼り「民族」或いは「思考・宗教」の違いを「排他」する事になる。
結局「ホモ・サピエンス」による「ホモ・サピエンス」の「思考・感情の争い」である。
「ゲーム」「スポーツ」「受験」「推し活」・・・・・
人類はとても「争い」が大好きだ。
古代ギリシア時代には「コロッセオ」が存在した。
私たちの遺伝子プログラムには「優劣」に「熱狂する」性質がある事を、まずは基本的に深く留意する必要がある。
そしてそれが過激で、対立軸との衝突の衝撃が臨界点を超えた時「戦争・殺し合い・犯罪」が始まる。
武力や、資本、権力支配構造はそれを増幅させ、肉体的、精神的被害を拡大するために利用される。
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正直10%程度「右翼(保守)」が存在して初めて「極左(無政府主義)」との均衡が取れるだろうと感じる。
まずは、好き嫌い、善悪などではなく、
ただこの世に、この日本国の日本人社会の中に
過去にそれがあった事実を知っておいてもらいたい。
それは70年代に「創共・共創協定」という「創価・共産」の「極左連合」が存在していた事だ。
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同時にもう一つ見つめてもらいたい事もある。
それは「国際勝共連合」という組織が同時に実在している。
これは朝鮮人の統一教会教祖と「KCIA」「自民党総裁・岸信介」「笹川良一」によって作られた「連合」だ。
もう一度問う。
「極右」による脅威など、この日本国に存在しているのだろうか?
あるとすれば「反社会勢力・ヤクザ・任侠」くらいだろうか?
それは「司法」「警察」によって厳しく取り締られている。
もう一度問う。
あなたのみている「極右」は本当に「極右」だろうか???
そしてあなたの擁護する今のその思考、意識は「極左」ではないだろうか???
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西暦2025年。今から3ヶ月ほど遡った5月に前教皇崩御に伴う「ローマ法王庁教皇選挙(コンクラーベ)」が実施された。
それと同時期に映画「教皇選挙(コンクラーベ)」が日本公開された。
私たちに今必要なことは、私たちが「今まで信じてきた正義盲信」に対する「疑念」という「内省・自省意識の主体的焦点化」にあると感じる。
西暦2025年。21世紀は早くも「セカンドクォーター」を迎えようとしている。
私たち「今を生きる人類」は、過去の「極右」からも「極左」からも脱却した「地球の中心核」を捉えて「大地」に「重力」を感じて生息する「真核生物・ホモ・サピエンス」という種族と量子物理事実から全ての事象に対峙する時代を迎えている。
私たちはただ地球の生態系における「ホモ・サピエンス」の遺伝子多様性の先端にある「プログラム現象としての80億の個体」である。
その地点から「極右」「極左」は何方も「球体の水の惑星」を回り続けた時、全ては繋がっている。全ては因果応報。最終的にその「思考創造」は私たち1人の内部にある「思考」に帰結するだけである。
「汎用性超越人工知能(ASI)」が登場する「シンギュラリティ」とその先にある多元宇宙認知時代における、地球人類の次世代の子々孫々の未来の生き方の中に、
人類が争い続けてきた根源として、「極右」「極左」という対立の過去は、どう映るのだろうか?
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私は代々祖先が「日本人」なので自然と「日本人ファースト」になる。アフリカ人ファーストでも、欧米人ファーストでも、朝鮮人ファーストでも中国人ファーストでもない。
『両親が日本人だから』
きっと母国が、別の国家で、別の言語であれば「自国ファースト」だった。
それだけだ。
そして戦後日本人は大きな勘違いをしている。
恐らく「極右」とレッテルを貼る人の中にある感情思想は「極左」である己の感情の裏返しである。
そしてその根底には「戦後教育」による「洗脳」が内在化している「自覚欠如」が存在している。
「孤独」を生きる私にとって「己」のみ「己」との対話を、今ここを生きる現実の中に、「極右」を意識する「極左」にこそ「危険思想」を感じている。
全ては「CIAによる工作」だった。そして今、その危険思想の主体が混ざり合いながら「リベラル・共産」へと移ろうとしている。
私にできる事は、この「note」に残し、触れたあなたがその先に何を意識するか?小さな内省化という気づきへの「疑念の種」を「note」する事くらいだろう。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。
