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【そもそも論・仏教の中道と政治的中道】起点・軸が何処にあるかではないだろうか?

中道(ちゅうどう)とは、仏教における重要な概念で、一般的には以下の意味で理解されています。

1. 二つの極端な見方や行いを避けること

  • 快楽主義と苦行主義の中道: 極端な快楽に溺れることも、過度な苦行に身をやつすこともせず、バランスの取れた生活を送ること。

  • 存在主義と虚無主義の中道: 全てのものが永遠に存在すると考えることも、全てが無であると考えることもせず、縁起の理(原因と結果の法則)に基づいて物事を理解すること。

2. 固定的な見方をしないこと

  • 有と無の中道: 物事は絶対的に存在するわけでも、全く存在しないわけでもなく、条件によって生じたり消滅したりするという考え方。

  • 常と断の中道: 全てのものが永遠に変わらないと考えることも、一瞬で消滅すると考えることもせず、変化し続けるという事実を認識すること。

3. 真実を正しく理解すること

  • 中道は、単に二つの極端の中間地点を指すのではなく、物事の本質を正しく理解し、それに基づいて行動することを意味します。

  • 仏教では、中道を実践することで、苦しみから解放され、悟りへと近づくことができるとされています。

より詳しく理解するために:

  • 八正道: 中道を実践するための具体的な方法として、八正道(正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)があります。

  • 縁起: 全てのものは相互に依存し合って存在するという縁起の理を理解することが、中道を理解する上で重要です。

  • 空: 全てのものは固定的な実体を持たないという空の概念を理解することも、中道を理解する上で役立ちます。

中道は、仏教の教え全体を貫く重要な概念であり、様々な解釈や実践方法があります。より深く理解するためには、仏教の経典や解説書などを参考にすることをおすすめします。

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言葉は語弊・誤解の根源である。

当たり前だが、そもそもとして「仏教語源の中道」を「政治理念」にした場合は「政教一致」であり「憲法違反」になる。

立憲民主党の話す様な「政治、真ん中の道を進む」という意味であればそれは「中庸・凡庸」の方が当てはまりやすい事になる。

「真ん中」や「中心」など、言葉の言い換えが可能かどうかをまず、突き合わせて行くことが「公共放送・ジャーナリズム」が「国民の知る権利」を果たすための「最低限の役割・仕事」だと感じる。

このままでは「ワンイシュー・スローガンという偏重情報流布」して「世論・大衆を煽る」という「洗脳マシーン」になりつつある。

興味関心・考察が好きな私としては、己の「課題提起」として有難い機会ではあった。

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立憲民主党と公明党は「高市早苗政権誕生を阻止する」という理念と、前述の「中道主義」という理念で一致しているが、

「玉木雄一郎氏」を利用せぬ限り「悲願達成」が不可能な情勢。

内部事情はSNSを少し検索すれば若者達が諸々アップしているので、参考にすると良いが、

現在の政局に最も影響を与えているのが、「細川内閣」だろう。

ここからの「議員・政党の動き」をそれぞれの視点から見た「中道」であるならばなんとなく「それぞれの中道」が見えてくる。

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私は「そもそも日本国の政治システムの問題」だと思っている。「政党」も「議員」もその「被害者」と言えるがそれを変えられるのも「政治」でしかない。

本来その矛盾にこそ議員達が立ち向かう必要があったが、どうやら与えられた「政治・政局ゲーム」の中の椅子取り合戦、選挙戦ばかりに明け暮れ、更にそれを有意に進めるために選挙制度を変えようとする。

私は日本人で、私がこの事に気づいている。

良く「日本人の資質が・・・」などと語る人がいるが、恐らく「議員の資質」が「日本国民のための国家改革」へと向かっていないだけだと感じるのは私だけだろうか?

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日本はまだ間に合うかもしれないが、「残された時間は少ない」。

奪われた30年を取り戻すには「創造的破壊」が「政治・経済」において必要になる。

要は「過去は失敗だったから、一気にぶっ壊してあり得ない挑戦をする」という事が原理原則として求められる。

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洗脳された信者の人々には「発狂」されそうだが、

「政教分離」がなぜ必要か?それは「和平・平和」のためだ。

世界を見渡して見て欲しい。「戦争」は「宗教・イデオロギー」で起こっている。「民族」ではない。「パレスチナ」を見ればわかる。

つまり「政教一致」が「他国との戦争の種」となる。

そして重要なのは西洋グローバリズムの指す「宗教」と日本国の「古神道」「仏教」は本来はそれぞれ違った理由で「宗教」とは呼べない。

まず「神道」は土着の風習・自然信仰であり「経典が存在しない」。

実は「仏教」もゴータマシッタールタは「書いていない」。「悟り体験を語った」、それを後から「仏陀の教え」として「仏教」に仕立て上げられた。

結果的に仏陀は成就した。

乱暴な言い方をすれば、ある意味「滅びが仏教」でもある。

仏教を国教にすれば「滅亡する」。

仏陀は「宇宙の法則そのもの」を本人が感じたままを説いた。

だから「和平」として人々がこの日本で生きてゆくための手段として「神仏習合」という相反する道標が両方が必要だった。

そしてそれが260年間続き、欧米グローバリズムの軍事力と資本主義によって開国されて、それに乗っかった勢力によって日本国は「天皇を国家神道とする帝国主義」へと進んだ。

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シンギュラリティが到来し、アップデートされた世の中を生きてゆく時代がもう既に「リハーサル」「序章」のようなフェーズに突入している。

戦後80年。明治維新後160年。

日本人が、気づき、目覚め、破壊的創造した時に、根源的な問いに答えがそれぞれの魂と魂が重なる何かが与えられると感じている。

私は「日本人の遺伝子」であるから、与えられた「宿命」「運命」に従って「note」にこれを残している。

日本人は、このまんま、本当にそれで良いのか?

その問いのきっかけ、機会を、この私の残したものに触れる者たちへ形而が心に示すままに記録している。

個人としては「真核細胞生物・ホモ・サピエンスという遺伝子プログラム・地球環境の一部である物理現象」だと自らの存在を量子レベルで生きる事に終始している。

その時が訪れたなら自らの意思で「地球人としての道」を選択するだろう。

何故なら私は「男性」だから。

女性(メス)と男性(オス)では、民族としての意味が違うし、更に言えば「生存理由・存続理由」が違っている。

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つまり「ホモ・サピエンスにおける中道」と「日本国政治における中道」は全く別物として捉えない限り、日本人にとって「民族滅亡の根源」になるだろうと予言する。

人の無意識からの行動ほど恐ろしいものはない。

凡庸な悪がホロコーストの根源になった事は、歴史がそれを証明している。


一人一人の、小さな気づきと小さな勇気が、未来を創造していく。そしてその未知(みち)を他の大きなものが支援し重ね合わせる時、奇跡は現実のものになってゆく。

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ご愛読、ありがとうございます。

これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。