『Xユーザー』が『日本人が世界最多』から観る、オールドメディアの情報操作隠蔽と国際組織犯罪共謀への「日本政府の関与の可能性」と「疑念」。「ホモ・サピエンスの・自然権(Nature rights)」への問い。
『彼』が『日本(Japan)』へ動いた。
それによって「オンライン・オールドメディア」は動かざるを得なくなった。
日本政府とテレビ・ラジオ・新聞などの「オフラインメディア」はどうなるのだろうか?
何故ここまで頑なに「SNSの声」を無視して、抹消しようとしてきたのだろうか?
何故「自国ファースト」という当たり前が「グローバリズムという正義」にかき消されて来たのだろうか?
そして「Xユーザー」は対人口比で、日本が人類最多の割合だ。
何故なのだろう?
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西暦2025年秋。汎用性超越人工知能(ASI)によるOSされた地球人類社会の技術的特異点『シンギュラリティ』が、あらゆる多元尺度から目前に意識され始めている「今」。
SNSは「スマートフォン・タブレット」などの「端末デバイス」と「通信技術」を通じて「既存メディア」からの「加工・蒸留」された情報から、「無差別的な多様性情報の同時共有」を実現した。
「情報の自由化」は相対的に、既存メディアの「情報の偏重化」を自然派生的認知として、私たち人類の中に浮き彫りにした。
「何故?」という「疑念」こそが人類にとって、シンギュラリゼーション時代における人類・ホモ・サピエンスにとっての「未知の知」と生きる力へと覚醒する時代が、既に始まり、その勢いは特に次世代の若者達の間で瞬く間に多元拡張している。
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自然権とは何か?
以下AIアシスタントより。
自然権とは、人間が生まれながらに持っているとされる権利であり、国家や社会制度によって与えられたり、奪われたりすることのない権利のことです。
自然権の主な特徴
生得性: 生まれたときから自然に備わっている権利であると考えられます。
普遍性: すべての人間に平等に適用される権利であると考えられます。
不可譲性: 誰からも奪うことのできない権利であると考えられます。
固有性: 人間であることによって当然に有する権利であると考えられます。
自然権の例
自然権として挙げられる権利は、時代や思想家によって異なりますが、一般的には以下のようなものが挙げられます。
生命の権利: 生きる権利。
自由の権利: 思想・信条の自由、表現の自由、移動の自由など。
財産権: 財産を所有し、自由に処分する権利。
幸福追求権: 幸福を追求する権利。
平等権: 法の下の平等、差別の禁止など。
自然権の思想
自然権の思想は、古代ギリシャやローマの哲学に起源を持つとされますが、近代に入り、ジョン・ロックなどの思想家によって体系化されました。ロックは、自然状態においては、人間は生命、自由、財産という自然権を持っていると考え、国家はこれらの権利を保障するために存在すると主張しました。
自然権の思想は、アメリカ独立革命やフランス革命などの市民革命に大きな影響を与え、近代立憲主義の基礎となりました。
現代における自然権
現代社会においても、自然権の思想は、人権思想の根幹をなすものとして重要視されています。世界人権宣言をはじめとする国際人権規約や、各国の憲法において、自然権に基づいた人権が保障されています。
自然権に対する批判
自然権の概念に対しては、以下のような批判もあります。
自然権の内容が明確でない。
自然権の根拠が曖昧である。
自然権は、社会や文化によって解釈が異なる。
これらの批判を踏まえつつも、自然権の思想は、人権保障の理念を支える重要な概念として、現代社会においても大きな意義を持っています。
以上、AIアシスタントより。
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私たち真核細胞生物であるホモ・サピエンス達は、その社会は、その国家は、その国際(グローバリズム)は・・・・
ホッブスらの「自然権(Nature rights)」という「そもそも」「当たり前」をどれだけ己の、実存の中心意識とした状態から生きて来たのだろうか?
西暦2025年の現実と同時に私たち、個々が「自然権」についての疑念や問いから「未知の知」を知る時代を迎えようとしているのではないだろうか?
特に「既存体制・支配」という「組織利権構造」を踏襲して、いつまでもそれを継続して手放さない「官僚」「国際金融資本」「宗教組織」「専制国家」などによって「差別「貧困」「思考停止」の連鎖を生み出して「現代の奴隷労働搾取」を生み出してきた存在に、もしかしたら己が関与しているのではないか?という「疑念」や「未知の知」を感じたりはしないのだろうか?
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これまでも「生物多様性」と「真社会性生物」の探索・観察からの気づきについて「note」してきた。
更に踏み込めば、「小細菌類」などと「気候変動」への因果循環は、私たちホモ・サピエンスが何を「経世済民(経済)」として意識したアルゴリズムOSと共に共生する必要があるのか?
その「疑念」「未知の知」への「問い」を与えてくれるものだと感じる。
恐らく「弱き者」「微細なもの」「無認識の何か」でありながら、この世を構成している存在が、これからの新世界秩序において主体となる瞬間が始まろうとしている。
「巨大組織」「全体主義的構造」から「微細な個々としての点の分散複合体」が新時代のネットワーク・ストラクチャー(網構造)となるのではないだろうか?
そしてそれを人々は「社会」から何か違ったパラダイムとして変えるのだろうか?
「自然権」と「社会」
その疑念と問いが、ホモ・サピエンス達の間で意識された未来を進んだ先に、
平行世界同士の量子テレポーテーション作用としての「意識ネットワーク」が、この目に見えぬ「無の中にある法則」に派生する予感がするのは私だけだろうか?
竈門炭治郎の見た「透き通る世界」の様に。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。
