【オタクがモテる国?】イーロンマスク氏は日本民族における『社会的スティグマの象徴・オタク』の救世主か?
日本人就職氷河期男性のオタクを代表して、私も語らせてもらう。
そもそもそれを、他国の実業家の言葉を借りてから報道している時点で、日本国は、日本国のオタク達の価値をどれだけ蔑ろにして来たか?
絶望的なまでに差別を受けて虐げられた存在を、私たちの様なオタクは受けて来た。
日本国における、欧米フェミニズムのカルト的なジャッジメントによって我々オタク達は「キモい」「ウザい」と踏みにじされ、蹴飛ばされる、ストレス発散の対象の様に扱われてきた様に感じる。
そしてそれを語ろうものなら「被害妄想だ」とか「社会人になれない、自己責任だ」とか宣われる。
カルト新宗教とスパイ天国として、日本人男性達をある種、労働差別化した支配政策を構築してきた事実は、今漸く国際社会が知るところとなり、メディアに蔓延していた「ルッキズム・性搾取ビジネス」も徐々に隠しきれない外圧による開国をこれまでの歴史を踏襲するが如く、日本列島に生息する我々の遺伝子プログラム、家族・血族社会は生きている。
それも間も無く、何れかの形に変容しながら終焉に向かうだろう。
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SF的妄想を実転しようとする事こそ「想像力」であって、正直既に存在していることを正しく正解する試験や、資格はただ「隷属」「支配」に適した能力に過ぎない。
戦後日本国社会は何故かその存在ばかりを好み続けて来た。高学歴或いは、言いなりになる人材を見つけて、そこに利権や投資組織を雁字搦めに絡めて身動きが取れぬ、傀儡組織構造の一部に取り込んできたのだ。
未だに、日本人受賞者が一人も輩出されていない「ノーベル経済学賞」のここ数年の動きは明らかに「日本の失われた30年」に対するアンチテーゼであり、日本国が民族崩壊寸前になるまで、絶望的経済衰退を招いた根源に対する答えは、既に国際社会が示している。それでも尚日本国政府・行政はそのシステム構造を変えようとはせず、頑なにその既存秩序の踏襲に固執して規模を拡大したまま進もうとする「タイタニック号」の様相を呈している。
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恐らく、その目的が果たされた頃合いなのだろう。
日本国政府は、戦後日本国の戦争責任を日本国民に償わせたのだ。そして政府関係者は存続して、日本国民はツケを払わされたという意味では、琉球・沖縄の人々と日本国民は変わりはないだろう。
「左翼」だ「右翼」だの話ではない。「日本国」という構造自体が日本国民の見えざる次世代への子孫繁栄への当たり前に在るべき基本的人権や生存権としての男女の営み、人間関係、生態系システムを構造破壊するように働き続けた結果が現状の「少子化」と「貧困」「経済衰退」の絶体絶命な負のスパイラル地獄を形成している。
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もう私の世代は「犠牲・終焉」だろうから、これから先の世代に「希望を生きる選択・勇気」が出会う世界線を期待したい。
いよいよ、「SFそのもの」が地球人類において「現実化」する。
完全に「オタクファースト」であり、その「妄想的で自由・独創的な問い」が「AI」にとっての原動力・価値になる。
つまり戦後日本国、バブル崩壊ごろまでに存在し、「オタク」としてキモがられていたものにこそ「真の価値創造」が存在してたことに、日本政府も企業も教育機関も、日本人社会にあった未来を育む上で「レアな遺伝子たち」を見殺しにしてきたのだろう。
もう、風前の灯だ。
それでもきっと日本国と日本人社会にはその遺伝子を紡ぐ事は果たされずに、国際社会に、グローバリズムに洗脳されたまま時を重ね、終着地点に辿り着くだろう。
かつて偉大な「オタク発祥だった日本人という民族遺伝子」が存在していたと。
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私は、ある意味「真のオタク最終世代」として「生き証人」として「note」出来た事を喜ばしく思っている。
私が10代の頃、「オタク」がこんな風に認められる時代が到来するなどと思いもしなかった。それほどまでに全てが「絶望の国・日本」だったから。
「日本語・日本列島」の閉鎖的で差別的な圧力が、教育・メディア・社会至る所に存在し、救いだったはずの「経済」が「東西冷戦&バブル崩壊」によって死滅し、「カルト新宗教」や「カルチャー」が日本を世紀末の絶望へと誘った。
今それを振り返れば、「エヴァ」や「X」「小室ファミリー」が旋風として吹き荒れた事も納得がゆく。
私はギリギリで「田中芳樹氏」の作品たちに触れ合えた事が、内なる支えだったのだと思う。
彼がリアルタイムで活躍していた「ラノベ」と呼ばれる前の「オタクSF小説時代」に思春期を過ごせたこと、そこに私が胸を躍らせて本屋に新刊を買いに行く事があった事を、今はとても喜ばしく思う。
もしほんの少し、それが違っていたら?田中芳樹氏の言葉が存在していなかったら?私は全く違った人生を送っていただろうが、恐らくその人生の先に私は既にこの地球上に存在していなかった気がする。
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さぁ、西暦2025年があと僅かで終わろうとしている。
地球人類にとって、数千年、或いは数万年規模で歴史的な転換点だったと記憶されるであろう年だったと感じる。
見えざるものが本物の時代に。意識や力であり、価値であり、つながりで在る事への集合的無意識と、現実的な社会構造作用が入り混じり変容へのカオスを模様を描いている。
きっと日本国にある真のオタク「田中芳樹氏」までは、シリコンバレーの起業家達も到達していない様に感じる。
そして恐らくその感性は「東西文明をつなぎ合わせる意識の隙間風」の様な作用を生む事になる。
出版社・メディア・そしてオタク達。
子々孫々へ、生きることの中で己が今果たせることを果たし切った先に、目に見えぬ意識領域・迎えがやってくることを私は今、実感している。
地球人類の因果律の中で、日本民族の遺伝子総体として生命が子孫へ継承維持可能かどうか?残された猶予はたとえあったとしても僅かだろう。
ユリアン・ミンツはカリンと共に、未来を紡ぐ事はできたのだろうか?
アッテンボローは、ポプランは、未来にその新たな家族と共に再会を果たす事は出来たのだろうか?
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ご愛読、いつもありがとうございます。
これからも、そしてこれまでも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくための、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この地球で、真核細胞生物・哺乳類・人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
共に、今を、未来へ紡ぐための未知の意識変容を描いていける事を嬉しく感じています。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。